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スポーツを楽しめる世界を次の世代へ 「持続可能な開発目標(SDGs)」達成への貢献を目指す 東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会

2019.03.29

世界最大のスポーツイベントであるオリンピック・パラリンピック。56年ぶりの東京大会が、いよいよ目前に迫ってきた。
毎日のように関連ニュースが報道されるなど、すでに大きな盛り上がりを見せているが、東京2020組織委員会の運営計画に「持続可能性に配慮」という耳慣れない言葉が掲げられていることをご存知だろうか。「持続可能性」とは、環境をはじめとする地球上のあらゆる側面が、長期的に維持・発展していくことを意味する。
ではなぜ、オリンピック・パラリンピックで「持続可能性」に配慮する必要があるのか。
東京2020大会を、スポーツとは違った視点で見てみたい。

持続可能性への配慮と東京2020大会

オリンピック・パラリンピックは、スポーツの分野だけでなく経済・社会・環境など、多岐にわたって大きな影響力を持つ一大イベントだ。その影響は開催都市のみならず、開催国全体、さらには世界中にまで及ぶ。

今、世界には地球規模の社会課題が山積みだ。気候変動や人権問題など、今すぐ取り組むべき課題も少なくない。

そんな中、国際オリンピック委員会(IOC)は、2014年12月に「アジェンダ2020」を採択。オリンピックの未来戦略として40の提言がなされ、そのひとつとしてオリンピック競技大会のすべての側面で持続可能性を取り入れることした。

東京の場合は、2020年大会の開催都市として立候補した当初から、環境を優先する大会の実現を掲げていた。2013年9月に開催都市として選出された後、アジェンダ2020が採択されたこともあり、環境も含め広く「持続可能性」へ配慮し、大会運営に取り組むことになる。

※アジェンダ2020:オリンピックの中長期改革計画。開催都市による実施競技・種目の追加提案を認めるなど、改革案は40項目にわたる。

(©Tokyo 2020)
(©Tokyo 2020)

世界に広がる「持続可能性」への関心

こうした取り組みは、地球規模で広がっていく。2015年9月には、国連が「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)」を、2030年までの世界的な目標として掲げた。現在、日本でも企業や自治体、学校などが、それぞれの領域でSDGsの達成を目指して活発に取り組んでいる。

持続可能性に配慮した大会運営とは

「オリンピック・パラリンピックが持続可能性に配慮して大会運営する意義と、SDGsの目指すところは似ている」。そう教えてくれたのは、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会 持続可能性部長の荒田有紀さん。持続可能性に配慮したオリンピック・パラリンピックを運営することは、SDGs達成への貢献にもつながるという。

また、同時に荒田さんは「SDGsの17ゴールはとても分かりやすい言葉で書かれています。『持続可能性に配慮』と言われても抽象的で理解しづらいと思いますが、SDGsと結び付けることで、取り組みが伝わりやすくなると考えています」とも語る。SDGsの「エネルギーをみんなに そしてクリーンに(ゴール7)」や「人や国の不平等をなくそう(ゴール10)」などは、その代表例と言えるだろう。昨年11月には組織委員会と国連の間で、SDGsの推進に協力することで合意も交わされた。これはオリンピック・パラリンピック史上初めてのできごとだ。

持続可能な開発目標(SDGs)とは

2015年9月の国連総会で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な環境や社会を実現するための17のゴールと169のターゲットから構成される。「地球上の誰一人として取り残さない」を誓いに、発展途上国・先進国がともに取り組む普遍的な目標として、日本も積極的な姿勢を見せている。


重要性を理解してもらうことが第一歩

東京2020組織委員会は「持続可能性に配慮した運営計画」の中で、5つの主要テーマと目標を掲げている。「気候変動」、「資源管理」、「大気・水・緑・生物多様性等」、「人権・労働、公正な事業慣行」、「参加・協働、情報発信」。いずれもSDGsと深い関係を持つものだ。

目標達成に向けては、行政やパートナー企業の参加が欠かせない。荒田さんは、この運営計画について「ほとんどの人が賛成してくれる」と前置きしつつ、「いざ具体的に実行しようすると、会場がコンパクトなため場所の確保に制約があったり、大会を安全安心に楽しむためのセキュリティが厳しくなるなど、難しい場面も多々あります。その制約を取り除くため、国や東京都、パートナー企業などの関係者に、SDGs達成の重要性をまずは理解してもらうことが重要だと感じています」と語る。また、水素を活用した燃料電池自動車の運行など、最新の科学技術にも期待しているそうだ。

市民の「アクション」をレガシーに

オリンピック・パラリンピックの開催は、開催都市がまちづくりを推進するきっかけにもなる。たとえば1964年の東京大会では、開催を機に整備されたインフラや緑地などがレガシー(遺産)となり、大会後も東京、日本の発展を支えてきた。

今や世界有数の大都市として、不動の地位を得ている東京だが、地球規模の社会課題とは無縁ではない。だからこそ、今大会を現代の都市が抱える課題の解決策を世界中に示す絶好の機会として捉え、SDGsの達成に取り組んでいる。

その姿勢は、東京2020大会の持続可能性コンセプト「Be better, together(より良い未来へ、ともに進もう)」に表れている。「Be better」には、東京や日本のこれまでの取り組みを、さらに進めていこうという意思表示が、そして「together」には、市民に「プレーヤー」としてともに取り組んでほしいという、組織委員会からの願いがそれぞれ込められている。

「組織委員会は大会が終われば解散してしまいます。だからこそ、市民の皆さんの中にSDGs達成への『アクション』を、今大会のレガシーとして残すことが重要です。そのために、誰もが参加しやすい仕組みを考えています」(荒田さん)

スポーツを楽しめる世界を次の世代へ

オリンピック・パラリンピックには、人種や宗教、そして障害の有無を超えてさまざまな人々が参加する。そして大会は、参加するすべての人々の行動を変えるきっかけとなり得る。荒田さんは「スポーツを楽しむには、平和で安定した環境や社会が不可欠です。それが、オリンピック・パラリンピックが持続可能性に配慮し、SDGs達成への貢献を目指す意義です」と語ってくれた。

スポーツを楽しめる世界を次の世代へ。東京2020大会の挑戦が、2024年のフランス・パリ大会、2028年のアメリカ・ロサンゼルス大会、さらには世界中へと広がることを願いたい。

今日からできるSDGsへの貢献

「『持続可能な社会の実現』と聞くと、少し難しそうに感じますが、私たちが今からできることはたくさんあります。まずは、日々できることから心がけてみましょう」(荒田さん)

こまめに電気のスイッチを切る
こまめに電気のスイッチを切る
ゴミは正しく分別する
ゴミは正しく分別する
飲食店では食べきれる量を注文する
飲食店では食べきれる量を注文する
無駄に水を流さない
無駄に水を流さない
公共交通機関を利用する
公共交通機関を利用する
食材を「買い過ぎず」「使い切る」
食材を「買い過ぎず」「使い切る」

東京2020大会の挑戦

開催まで約1年半となった2019年3月時点で、どんな取り組みが計画、進行しているか、見てみよう。

事業者、選手、観客が協力して食品廃棄物を削減

事業者は、ICT技術等を活用し、最適な発注数を予測。日々の必要量の増減にも対応できる柔軟な仕入れ管理を目指す。また、提供するタイミングや量の最適化を図る。選手や観客などにも食品廃棄物対策の重要性を周知し、協力を促す。

※ICT:Information and Communication Technology(情報通信技術)

2012年のロンドン大会では、77日間で2,443tの食品廃棄物が出た(写真はイメージ)
2012年のロンドン大会では、77日間で2,443tの食品廃棄物が出た(写真はイメージ)

競技会場や選手村で使用する電力は100%再生可能エネルギーに

太陽光などの再生可能エネルギーは、発電時に地球温暖化の原因となるCOを排出しない。そこで大会後も使用される7会場に太陽光発電設備や太陽熱利用設備を導入。その他の施設でも再生可能エネルギーから作られた電力の利用を最大化するさまざまな取り組みにより、大会運営に必要な電力の100%を、再生可能エネルギーでまかなうことを目指す。

新国立競技場では、屋根の先端に薄型の太陽電池を設置することが計画されている(写真は太陽光パネルのイメージ)
新国立競技場では、屋根の先端に薄型の太陽電池を設置することが計画されている(写真は太陽光パネルのイメージ)

選手村を水素社会のモデルに

環境への負荷が少ない水素の活用を促進するため、選手村に水素ステーションを設置。燃料電池自動車のほか、パイプラインによって周辺の建物などへも水素を供給する。大会後、選手村が住宅街へと生まれ変わっても水素の供給を続け、水素社会の実現に向けたモデルとなることを目指す。

選手村内の巡回バスなど、大会車両には水素を燃料とする燃料電池自動車が使用される予定
選手村内の巡回バスなど、大会車両には水素を燃料とする燃料電池自動車が使用される予定

大会に必要な物品やサービスなどは持続可能性に配慮されたものを使用する

大会で使用する物品やサービスについて、原材料の採取から加工・流通などすべての過程で、環境への負荷が軽減されているか、携わる人の人権は守られているかなどの基準を設定。物品やサービスを供給する事業者に対しても、持続可能性への配慮を求めていく。

杜のスタジアム 新国立競技場

外観や屋根に積極的に木材を使用し、周囲の緑豊かな環境に溶け込んだ自然の温もりを演出。風を利用した観客席の温度調整、敷地内に降った雨水の有効利用、太陽光による発電など、自然の力を積極的に活用する。効率的にエネルギーを運用管理するシステムも導入し、環境に優しいスタジアムを目指す。

建設中の新国立競技場
建設中の新国立競技場

都市鉱山からつくる!みんなのメダルプロジェクト

大会で使用する約5,000個すべてのメダルを、市民から集めた使用済み携帯電話などの小型家電のリサイクルで製作するプロジェクト。2017年4月から回収を受け付け、必要な金属量を確保できる見込みとなったことから、2019年3月で回収受付を終了。回収された使用済み小型家電は分解され、混ざり合った金属片から金・銀・銅を抽出してメダル製造に使用される。

都市鉱山とは

家電などに含まれる金・銀・銅などの貴金属やレアメタル(希少金属)を都市にある鉱山に見立て、「都市鉱山」と呼ぶ。天然資源の少ない日本だが、都市鉱山の埋蔵量は世界有数である。

国民へ参加を促す周知ポスター (©Tokyo 2020)
国民へ参加を促す周知ポスター (©Tokyo 2020)

豊かな緑地と水辺環境を創り生物多様性を保全

競技会場等に植樹して緑地を創出することで、都市公園や樹林地、農地など既存の緑地とのつながりを持たせ、鳥や昆虫など生物の生息環境を保全。新たな緑地には、既存樹木との調和や連続性を意識し、地域に適した樹種を選定する。また、選手村や競技会場が隣接する海上公園においても、緑化や干潟、砂浜の拡充を進める。

国際的に重要な生息地の保全

カヌー(スラローム)会場に隣接する葛西海浜公園は、2018年10月に国際的に重要な湿地を守る「ラムサール条約」の保全対象リストに登録された。367haの干潟には、二枚貝類などの多くの生物が生息し、カモ類などの渡り鳥の飛来地となっている。

葛西海浜公園
葛西海浜公園

日本の木材活用リレー ~みんなで作る選手村ビレッジプラザ~

選手村の中心施設「ビレッジプラザ」を、全国63の自治体から無償で提供された国産木材で建設するプロジェクト。各地の木材を建物のさまざまな箇所に使用し、林業の再生など、持続可能な森林の保全に寄与する。大会後は解体して各自治体に木材を戻し、レガシーとして再度活用していく。

選手村ビレッジプラザの内観イメージ(上記イメージは、計画途中のものであり、今後変更となる可能性があります) (©Tokyo 2020)
選手村ビレッジプラザの内観イメージ(上記イメージは、計画途中のものであり、今後変更となる可能性があります) (©Tokyo 2020)

公共交通機関の利用を促しCO2の発生を抑制

観客が会場へアクセスする際には、鉄道やバスなどの公共交通機関を最大限活用してもらうよう、広報などに取り組む。鉄道駅から会場までの観客用シャトルバスは、低公害・低燃費車を積極的に運行する。

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