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ビッグデータでスポーツが変わる!

2019.03.29

2018年パシフィック・リーグ最多勝、埼玉西武ライオンズの多和田真三郎 投手 (画像提供:西武ライオンズ)
2018年パシフィック・リーグ最多勝、埼玉西武ライオンズの多和田真三郎 投手 (画像提供:西武ライオンズ)

スポーツの世界でデータ活用が広がり、それまで感覚的に捉えられていたプレーが明確な数値で“見える”ようになった。蓄積されたビッグデータの解析が進み、スポーツが進化している。

スポーツ界を変えるシステムの誕生

かつて日本のドラマやアニメには「スポ根(スポーツ根性もの)」というジャンルがあった。この言葉が象徴する通り、当時のスポーツ界では「努力と根性」が最優先され、技術も「感覚」に頼る傾向が少なからずあった。しかし今、スポーツ界が大きく変わり始めている。

転機となったのは、イチロー選手がアメリカのメジャーリーグに移籍した2001年頃。早くからデータを重視する野球を進めてきたメジャーリーグが日本でも身近になり、日本のプロ野球界でもデータ活用が盛んになっていったといわれている。

テレビで野球観戦をしていても、最近はデータ活用が進んでいることがよく分かる。以前は、野球中継の画面に表示されるのは、ボールカウント(ボール・ストライクの判定)と得点、球速程度だった。それが今では、投球結果はピッチャーが投げた直後に、9分割されたストライクゾーン上に詳しく表示される。ホームランの飛距離も正確に分かるようになった。

このように、試合中のプレーは瞬時にデータ化され、リアルタイムで配信されている。これを可能にしたツールの一つが、デンマークのトラックマン社が開発した「トラックマン」というシステムだ。ミサイルの追尾システムとして軍事目的で開発された技術を応用した弾道測定器で、球場に設置したカメラから、ピッチャーが投げたボールを追尾(トラック)することができる。投球データであれば、ボールの回転数や変化の大きさ、ピッチャーがボールを離した位置(リリースポイント)などを、打撃データであれば、打球の速度や角度、飛距離などを、それぞれ取得できる。つまり、これまで感覚頼りだった部分の「見える化」が可能になった。

「トラッキングシステム」と呼ばれるこのシステムは、スポーツ界に革命を起こすともいわれている。だが、重要なのは大量のデータをプレーや戦略に生かすことだ。選手や球団によってビッグデータが使われだしたことで、スポーツは今まさに進化を遂げようとしている。

データスタジアムが開発した「ベースボールアナライザー」。自チーム、相手チームの投球、打球の分析が可能で、プロ野球球団だけでなくアマチュアチームでも広く使われている。 画像提供:データスタジアム
データスタジアムが開発した「ベースボールアナライザー」。自チーム、相手チームの投球、打球の分析が可能で、プロ野球球団だけでなくアマチュアチームでも広く使われている。 画像提供:データスタジアム
「ベースボールアナライザー」の投球分析画面。どこにどんな種類のボールを投げたかを分析。
「ベースボールアナライザー」の投球分析画面。どこにどんな種類のボールを投げたかを分析。
「ベースボールアナライザー」の配球チャート画面。ピッチャーが投げたコース、打席結果を一覧で確認できる。 画像提供:データスタジアム
「ベースボールアナライザー」の配球チャート画面。ピッチャーが投げたコース、打席結果を一覧で確認できる。 画像提供:データスタジアム
アマチュアでも活用されている野球・ソフトボールの投球用トラッキングシステム「ラプソード」。 画像提供:データスタジアム
アマチュアでも活用されている野球・ソフトボールの投球用トラッキングシステム「ラプソード」。 画像提供:データスタジアム
ラプソードで取得できるデータ。球速や回転数などの情報をリアルタイムで取得することができる。 画像提供:データスタジアム
ラプソードで取得できるデータ。球速や回転数などの情報をリアルタイムで取得することができる。 画像提供:データスタジアム

データを詳細に分析、プレーを読み解く

ピッチャーならば防御率や奪三振数、バッターならば打率や出塁数など、野球には選手の成績をあらわすさまざまな指標がある。これらの数字は、試合経過を記録したスコアブックの内容をもとに算出されている。

「もともと野球には、プレー結果をスコアブックに記録し、蓄積したデータを分析して戦略に生かす文化がありました。それらの作業をデジタル化して、データ分析や情報の抽出を容易にするためのツールが『ベースボールアナライザー』です」

そう語るのは、日本のスポーツデータ分析のパイオニアである、データスタジアムの久永啓さん。ベースボールアナライザーとは、同社が野球のデータ分析のために開発したアプリケーションだ。ピッチャーが投げる、バッターが打つ、野手がボールを捕るといった一つひとつのプレーを、野球に精通したスタッフが映像を見ながらシステムに入力。球種(ストレート、カーブなど)や配球(インコース、アウトコースなど)、打球の方向や結果(ライトフライ、ダブルプレーなど)まで詳細にデータ化していく。

積み重ねたデータを分析することで、どんな球種でストライクをとるのか、逆に打たれやすい球種は何なのかなど、選手一人ひとりの特性を知ることができる。

もともとプロ球団が主なユーザーだったベースボールアナライザーは、改良を重ねたこともあり、現在は多くのアマチュアチームにも利用されている。2018年に行われた都市対抗野球大会では、出場32チーム中19チームがベースボールアナライザーを使用していたという。ほかにも、投球の回転数などを取得できる簡易トラッキングシステム「ラプソード」は高校野球で広く導入され、トレーニングや指導に生かされるなど、データ活用の流れがアマチュアにも広がりはじめている。

ビッグデータはスポーツにどう貢献するのか

データスタジアムでは、こうして蓄積したビッグデータを専属のアナリストが独自に分析している。ビッグデータはスポーツの発展にどのように貢献していくのだろうか。

「長期的に見て、選手の育成強化に貢献できると考えています。特に注目しているのがフィジカル(身体的)データです。プレー中の動きを捉えた画像や、運動量を数値化したデータなど、客観的な情報を提示することで新しい視点が生まれる可能性があります。例えば、試合中の運動量が多かった選手には次の練習で負荷を減らすなど、選手一人ひとりのコンディション調整にも役立つと考えています」

プロ野球は、IT戦略でどう変わったか

2018シーズンにパシフィック・リーグで優勝を果たした埼玉西武ライオンズは、IT戦略室を立ち上げ、データ活用を推進してきた。IT(Information Technology:情報技術)戦略は、チームの強化にどのように役立てられているのか。

IT活用でマイナスをゼロに、さらにプラスに

市川 徹さん 株式会社西武ライオンズ 球団本部 チーム統括部 企画室長
市川 徹さん
株式会社西武ライオンズ
球団本部 チーム統括部 企画室長

西武ライオンズIT戦略室(現企画室)は、2つの目的をもって2017年9月に設立された。1つ目の目的は、煩雑な裏方業務を効率化して情報共有を進めること。チームには、選手やコーチ、トレーナーなど多数のスタッフがいるが、以前は情報共有が効率的に行われていなかった。そこで、チームの全員にタブレット端末を配り、アプリケーション上で情報共有できる仕組みをつくった。

2つ目の目的は、最新のテクノロジーを生かしてチームの強化をはかることだ。ホームスタジアムには複数のカメラが設置され、2016年から敵味方双方のプレーをさまざまな角度から映像化している。同じ年の6月に「トラックマン」を導入してからは、データの蓄積がさらに進んだ。IT戦略室の立ち上げメンバーだった市川徹さんは、これらのデータをチーム強化に活用するという大役を任された。

「第一の目的が“マイナスをゼロにする”だとすれば、第二の目的は“ゼロをプラスにする”取り組みです。今までのやり方を変えることや、ITの導入に戸惑いを示す人もいましたが、選手はほぼ全員が『システムを導入して良かった』と答えてくれています。選手たちは特に映像データをよく使っているようで、記録された動きと自分の感覚のズレを確かめるように、何度も繰り返し映像を見ています。また、対戦相手の映像を自分のタイミングで見られると好評です。野手の方が試合に出る頻度が高いので、データをよく使っている傾向があるように思います」

埼玉西武ライオンズのホームスタジアム(メットライフドーム)に設置されたトラックマンのカメラ。 (画像提供:西武ライオンズ)
埼玉西武ライオンズのホームスタジアム(メットライフドーム)に設置されたトラックマンのカメラ。 (画像提供:西武ライオンズ)

チーム編成や体調管理にも生かす

IT戦略室を立ち上げて1年以上が経ち、新たなデータ活用の可能性も見えてきた。

「現時点では、配球の参考にするなど、主に戦術面でデータを活用しています。今後は、怪我の前後にあらわれる兆候をいち早く捉えて、選手に休息をとらせて故障を防ぐなど、トレーニングや指導にデータを活用したいです。そこに、体から取得できるさまざまな情報(バイタルデータ)を組み合わせる研究も進めています。将来的には、アマチュア選手のデータを取得してドラフトの参考にするなど、チーム編成にも役立てられれば面白いと思います」

2018年、埼玉西武ライオンズは10年ぶりにパシフィック・リーグを制したが、市川さんは「IT戦略室としての貢献は0%だったと思うようにしています」と振り返る。「これで満足したら終わりですから。今もっとも大切なのは、データ活用の流れを現場に浸透させることです。今はデータをよく知る元プロ野球選手に『翻訳者』となってもらい、現場でのデータ活用を橋渡ししていますが、いずれは現場が自ら活用するようになってほしいと思っています」と語る。

ロボット、IT、医療など、さまざまな分野の学会やセミナーに足を運び、情報収集にも積極的な市川さん。来年に迫った東京オリンピック・パラリンピックは「最新テクノロジーのショーケース」だと語る。「今年こそ日本一」を合言葉に、テクノロジーの活用を推進し、さらなるチーム強化に努めている。

あらゆるスポーツで進むデータ活用
動きが見えると、サッカーはもっと面白い!

ピッチ上の動きを捉えるトラッキングシステム

サッカーは選手とボールがめまぐるしく動くため、データ化の難しいスポーツの一つだ。Jリーグでは、2015年から選手やボール、審判の動きを捉えるため、スウェーデンのカイロンヘゴ社の「トラキャブ」というシステムを導入している。

このシステムは野球で使われているトラックマンと同様のトラッキングシステムで、スタジアムに設置したカメラで選手の動きを追う仕組みになっている。選手一人ひとりの走行距離やスピード、移動した軌跡などのデータ化が可能だ。選手やチームにとっては、プレースタイルや戦術の見直しなどに役立ち、ファンにとっては、プレーの理解が深まり観戦が面白くなるメリットがある。

人の目でデータの価値をより高める

データスタジアムでは「トラキャブ」に加え、独自の入力システムを活用し、人の目で見て1試合に約2000ものプレーを入力する。映像で捉えた情報だけではプレーを正しく判断できないため、人の目で判別する必要があるからだ。

「各スタジアムにトラッキングシステムが設置されたことで、ピッチ上にいる22人の位置情報については自動的に取得できるようになりました。しかし、選手から選手へボールが渡った情報はシステムで取得できても、それが意図的なパスなのか、危険回避のクリアなのかは、人でなければ判断ができません。人の目を組み合わせることで、データの価値が高められています。海外と比べても、精度には自信がありますね」(久永さん)

スタジアム全体を撮影することができる「トラキャブ」。欧州のリーグ、クラブも導入している。 画像提供:データスタジアム
スタジアム全体を撮影することができる「トラキャブ」。欧州のリーグ、クラブも導入している。 画像提供:データスタジアム
サッカーデータ&映像分析ソフト「フットボールアナライザー」。選手やボールの位置を表示する画面。エリアごとのプレー数を表示する機能などもある。 画像提供:データスタジアム
サッカーデータ&映像分析ソフト「フットボールアナライザー」。選手やボールの位置を表示する画面。エリアごとのプレー数を表示する機能などもある。 画像提供:データスタジアム

データ活用はラグビー日本代表の活躍も支えた

ボール周辺のプレーも分析

今秋、日本でワールドカップが開催されることで注目を集めているラグビーもまた、データ活用が進むスポーツの一つ。データスタジアムでは独自に開発したソフトウエア「データスクラム」を使って、さまざまなプレーについてデータを蓄積している。ボールタッチの状況分析はもちろん、タックルや、タックル後のボールの取り合い(ブレイクダウン)など、ボールの周辺で選手が入り乱れる場面の動きも追いかける。

2015年に行われたワールドカップ・イングランド大会では、対戦相手国のデータ収集やチームの戦略・戦術分析のサポートに役立てられ、データ活用が日本代表の大躍進を陰で支えた。

ラグビー用のデータ・映像閲覧ソフトウエア「データスクラム」。気になるエリア、時間、選手のプレーを抽出して、その映像だけを見ることもできる。 (画像提供:データスタジアム)
ラグビー用のデータ・映像閲覧ソフトウエア「データスクラム」。気になるエリア、時間、選手のプレーを抽出して、その映像だけを見ることもできる。 (画像提供:データスタジアム)

ビッグデータが生みだす、スポーツとの新しい関係

分かりやすく、面白くなったスポーツ

プロアマ問わず、あらゆるスポーツでデータ活用が進む今、蓄積・分析されたデータは、ファンにとっても貴重な情報となっている。プレーや戦略が詳しく、そして分かりやすくなり、観戦の幅が広がった。

データスタジアムでは、野球やサッカー、ラグビーなどのプレーデータを分析し、テレビやインターネットなどのメディアに情報を提供している。

プロ野球の試合の様子を1球ごとにインターネット配信する『一球速報』というサービスでは、球種や打撃結果だけではなく、ピッチャーの表情など試合の雰囲気が分かるような情報も伝えている。中継を見られない環境でも、球場の臨場感を楽しむことができる。

データ分析でスポーツに貢献できる

データ活用が加速度的に進む中で、人々とスポーツのかかわり方も変わりつつあると久永さんは語る。

「データ活用が進む今、求められているのは情報を分析する力です。例えば、野球部やサッカー部があるように、データを読むのが好きな生徒のために『分析部』があってもよいと思うのです。データ分析を通じてスポーツに貢献することもできると考えています」

久永 啓(ひさなが・けい)
データスタジアム株式会社 フットボール事業部 アナリスト。サンフレッチェ広島でアカデミーコーチ・プロチーム分析担当コーチを務めたのち、データスタジアムで育成年代からプロレベルまでの分析サポートを担当。また、スポーツアナリスト育成やチーム/競技団体の分析体制構築の推進等、スポーツアナリティクス発展の基盤強化にも取り組んでいる。

徹底したデータ分析で高校野球も変わる

データ部員とともに甲子園へ!

膳所高校野球班の選手たち。
膳所高校野球班の選手たち。

2018年3月に行われた第90回記念選抜高校野球大会に、滋賀県立膳所高等学校が21世紀枠で甲子園出場を果たした。初戦の日本航空高等学校石川戦で残念ながら敗退したものの、膳所高校の守備位置が大きな話題となった。本来ならば遊撃手のいる位置には三塁手が立ち、遊撃手は二塁後方に立つという守備位置で、三遊間に飛んだ打球を見事アウトに。このユニークな守備位置には、「データ部員」によるデータ分析が生かされている。

「本校野球班(野球部)では、『打球が飛んでくる場所にあらかじめ移動しておけば、下手でも捕れる』という監督の発案により、数年前から打者ごとに守備位置を変える戦略をとっています。しかし、選手たちは一般的な守備位置にこだわってしまい、はじめは戦略通りに動くことができませんでした。そこで、選手が自信を持って動けるように、根拠となるデータを示すことにしました。そのために募集したのがデータ部員です」(清水部長)

2017年春にデータ収集と分析を専門に行う部員を募集したところ、それほど野球好きではないが数字を扱うことが好きな野津風太さんと、カープ女子の髙見遙香さんの、2人の2年生が入部した。彼らは、ほぼ毎週のように滋賀県内で行われる試合に足を運び、打球方向の記録を取って、分析データをまとめた。データ分析やシステムの構築については、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校の強みを生かして、滋賀大学のデータサイエンス学部に指導してもらった。

「データ部員が集めてくれたデータのおかげで、試合中の選手たちの動きは明らかに変わりました。練習後のミーティングではデータを見ながら選手同士で何時間も守備位置を検証するなど、選手側の大きな変化には驚きました。データ部員は今、動画解析ソフトを独自に作ろうとしています。さらに最近では『膳所高校だけでなく、滋賀県の全校、全試合のデータを一括管理するようなシステムを作りたい』と話すなど、野球をきっかけに彼らの世界が広がっていることを嬉しく思っています」(清水部長)

2018年度には4人の1年生が入部して6人になったデータ部員。(上段左から、田中彩音さん、筧敢太さん、野津風太さん、下段左から、樋口真有伽さん、松本優花さん、髙見遙香さん) 画像提供:膳所高校
2018年度には4人の1年生が入部して6人になったデータ部員。(上段左から、田中彩音さん、筧敢太さん、野津風太さん、下段左から、樋口真有伽さん、松本優花さん、髙見遙香さん) 画像提供:膳所高校
清水雄介 滋賀県立膳所高等学校 野球部部長 画像提供:膳所高校
清水雄介 滋賀県立膳所高等学校 野球部部長 画像提供:膳所高校

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