生命科学やバイオテクノロジーを活用した芸術表現である「バイオアート」。アーティストの清水陽子さんは、生物や自然界の現象を作品のテーマにしている。科学と芸術が融合した世界は、どこにつながっていくのだろう。
自然界のメカニズムの美しさを伝えたい
「私たちの身の回りは、いろいろな自然現象にあふれています。普段は意識することのない現象やその裏側にある法則を、アートとして視覚化することで多くの人に感じてもらいたい」。これまで多くのバイオアート作品を発表してきた清水さんは、作品にこめる思いを語る。
小さいころから生き物や自然に興味があり、その姿や現象を「美しい」と感じることが多かったという。大学で生物化学を学んだのち、「自分が好きなこの美しい世界をたくさんの人に伝えたい」という思いが芽生え、科学と芸術が融合した作品を制作し始めた。
科学と芸術はとても似ている
小・中学生時代をニューヨーク近郊で過ごした。科学と芸術が最初に結びついたのは、現代アートに身近に触れていたそのころだった。「ニューヨークでは『アートにはいろいろな表現があるんだ』という発見がありました。そして、アートの『アイデアを探求して新しい価値を生み出す』という点が、科学と似ていると感じています」
清水さんは、「目に見えない現象をどう視覚化すれば、見る人に楽しく伝わるか」と突き詰めて考え、素材や手法などの組み合わせを変えながら実験を積み重ねて作品を生み出す。その過程は、創作活動でもあり、研究活動でもあるといえるだろう。
作品も生き物のように変化し発展していく
「クリーンルーム」と名付けられた一連の作品は、自身にとっても象徴的なものだという。ギャラリー内に設置したラボの中で、シャーレで培養した細胞を展示。カラフルなシャーレの中で細胞群が増殖し、さまざまなパターンのコロニー(集落)を形成して衰退するまでを見せることで、人間が誕生するずっと以前から存在し、繰り返されてきた生命の営みを表現した。「この作品は対象物が生きているので、展示期間中も常に流動して変化します。アート作品というと、完成され、固定されたものと思われがちですが、私の作品はこうした『一期一会』のものがほとんどです」
企業や大学、自治体との協働で社会の活性化へ
近年では、企業や大学、自治体などと共に進めるアートプロジェクトへの参加も増えている。2018年5月に行われた「東京外かん松戸インターチェンジ開通プレイベント」では、責任者として、人工物であるトンネルの中に、富士山麓の森の自然を感じられる映像と音の空間を創り出した。「協働する科学者がもつ知見や技術の良いところを引き出し、どんなふうにアートとして表現していくかを考え、実現していきました。科学と芸術が融合すると、たくさんの人が楽しめる場所を生み出せると感じました」と振り返る。
今後も産学官民をつなぐコラボレーションに力を入れていきたいという。「こうした活動によって、地域を巻き込んだ新しい社会の仕組みが形成され、社会全体の活性化につながっていけば良いと考えています」
やってみよう! Gravitropism(グラビトロピズム)重力屈性による植物操作
清水さんに家庭などで簡単にできる作品を紹介してもらった。「植物には重力を感じて茎や根を決まった方向に成長させる性質(重力屈性)があります。この作品は、チューリップの球根を空中で逆さまに栽培して、その性質を視覚化したものです。どの植物にもみられる現象ですが、チューリップのように茎が1本でまっすぐなものだと変化がわかりやすいと思います。家庭でも、チューリップの鉢を横に倒しておくと、1〜2日で茎が曲がってくる様子が観察できますよ」
清水陽子(しみず・ようこ)
大学で生物化学を学び、現在は「科学と芸術の融合が新たな可能性と想像を超えた世界をひらく」をテーマにした作品を制作。国内外の展覧会などで発表している。
動画:バイオアートで見えてくる自然界の営み
清水陽子さんのインタビューの様子を動画で視聴できます。(MP4形式 44MB 5分49秒 )