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VRで新しいアニメの表現を

2019.01.09

ゲームなどのエンターテインメント分野で身近になってきたVR。今後はスマートフォンのように、人々の生活に欠かせないツールになるのではと期待されている。さらに、現実世界では実現することが難しい表現ができるツールとしても注目されている。

VRの登場

VRとはVirtual Realityの略で「仮想現実」と訳され、現実ではない仮想の世界をあたかも現実の世界のように感じさせる技術や概念を指す。VRを体験するには、ヘッドマウントディスプレイと呼ばれるゴーグルのような機器を装着し、その中に投影される映像を見ることでその世界にいるような感覚を得る方法が一般的だ。「1990年代には産業や研究の分野でこの技術は知られていましたが、ヘッドマウントディスプレイなどの機器が高額で、誰もが気軽に楽しめるものではありませんでした。技術の進歩によりこうした機器の価格が下がり、家庭向けのヘッドマウントディスプレイが発売された2016年ごろから、VRが広く知られるようになってきました」と、日本で早くからVRの普及に取り組んできた近藤義仁さんは語る。

近藤さんは、VRを使ったコンテンツの開発などを手がける株式会社XVIの代表を務めている。小学生のころからパソコンに親しみ、プログラミング言語を覚えてゲームなどをつくっていたという。いつからか「漫画や映画のように、人がゲームの世界に入りこめるんじゃないか」という思いを抱くようになり、2013年にOCULUS社が発表したヘッドマウントディスプレイを体験したときにその思いが確信に変わった。「それまでの機器では得られなかった、バーチャルの世界に没入できたという実感がありました。同時に、この技術がもっと進んで誰もがVRを楽しめる時代がくる、と期待がふくらみました」

「VRが当たり前」の未来とは

現在は家庭用としてゲームなどを楽しむ人が多いが、「今後は、バーチャルの世界と現実の世界がより密接になってくるでしょう。ヘッドマウントディスプレイもどんどん小型化され、着けて外出することが当たり前になれば、人々の生活や 移動などの概念も大きく変わると思います」と近藤さん。VRでは、バーチャルの世界に自分のアバター(分身)をつくってほかの人と交流することが容易にできる。「アバターでコミュニケーションすることが当たり前になれば、会社に行かなくても会議ができるなど働き方が変わってくるでしょう。学校の授業もVRで受けられるようになりますね」(近藤さん)

※VRでは視界をすべて仮想の世界に置き換えるが、現実の世界に仮想の世界を重ね、その2つが融合した世界を体感させる技術(MR)が進歩している。MRはMixed Realityの略で、「複合現実」と訳される。ヘッドマウントディスプレイを通して見える現実の世界に仮想の世界でつくり出した情報が重なり、あたかもそこに存在するように感じたり、実際に触ったりすることができるようになる。

バーチャルの世界での存在感

(左)近藤義仁さん 株式会社XVI代表取締役社長 (右)三上昌史さん 株式会社シーエスレポーターズ Gugenka®事業統括
(左)近藤義仁さん 株式会社XVI代表取締役社長 (右)
三上昌史さん 株式会社シーエスレポーターズ Gugenka®事業統括

VRで人とコミュニケーションすることを多くの人が自然と受け止められるようになるには、VRの中のキャラクターの存在感も重要な要素だと近藤さんは指摘する。「キャラクターの目や眉の動きなどの表情や、視線を合わせるタイミングなどで、『本当にそこにいる』ように感じられるかどうかが分かれます。こうした存在感を生み出す表現力は当社が力を入れてきたところです」(近藤さん)

VRでアニメを作る

このXVIの技術を生かして登場したサービスが「AniCast®」だ。AniCastはVRで簡単にキャラクターをつくり、アニメのように動かすことができる。またそのキャラクターの動画を広く配信できるシステムだ。従来のアニメーション制作は、一枚一枚キャラクターの動きを描いていくため、人手も制作時間もかかる。一方AniCastでは、PCとヘッドマウントディスプレイ、手に装着するコントローラーを用意して、VRの中のキャラクターになりきって演技をするだけで動画ができあがる。

そして、VRのアプリ開発などを手がけるGugenka®の三上昌史さんとともにAniCastを使って生み出したキャラクター「東雲めぐ」の動画が話題となっている。動画はインターネット上のライブ配信サービスで 提供されている。「AniCastを使えば、動画を見ている人からの反応にリアルタイムで応じることも可能です。動画を見ている人は『東雲めぐ』と純粋にコミュニケーションがとれるという体験を楽しんでいます」(三上さん)

コントローラーを使ってVRで操作している様子。実際の手の動き(右)と、VRの中で見える手の動き(左)が連動し、直感的にVRの中のものを動かすことができる。 写真提供:XVI
コントローラーを使ってVRで操作している様子。実際の手の動き(右)と、VRの中で見える手の動き(左)が連動し、直感的にVRの中のものを動かすことができる。
写真提供:XVI
実際に配信された「東雲めぐ」の動画。動画を見ている人が描いたイラストをライブ配信中にAniCastへ取り込み、「東雲めぐ」が人形劇のように動かして見せている。写真提供:XVI※東雲めぐ ©︎Gugenka/AniCast®︎ XVI Inc.
実際に配信された「東雲めぐ」の動画。動画を見ている人が描いたイラストをライブ配信中にAniCastへ取り込み、「東雲めぐ」が人形劇のように動かして見せている。
写真提供:XVI
※東雲めぐ ©︎Gugenka/AniCast®︎ XVI Inc.

誰もが表現者になれる世界

AniCastはアニメーションの新しい楽しみ方をつくり、誰もがアニメーターになれる可能性を広げたといえるだろう。もともとVRは、アニメーションだけでなく何かを表現するツールとして優れていると、近藤さんと三上さんは強調する。「VRを使えば、自分の頭の中で思い描く世界を簡単に形にすることができます。また、自分がつくったものを多くの人に発表したり、自分がつくった世界にほかの人を呼ぶことも簡単にできます」(三上さん)。「私はプログラミング言語を知って、パソコンでやりたいことができる世界に興味をもち、新しいものをつくり出してきました。同じように、AniCastを使った子どもたちが、表現することやVRに興味をもって、さらに新しいものを生み出してくれたらうれしいですね」と近藤さんは期待を寄せる。

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