音楽は耳で聴いて楽しむもの、と考えがちだが、見たり、触れたりして感じる新しい音楽の楽しみ方が提案されている。また、誰もが簡単に演奏できる楽器を使えば、より音楽が身近になる。新しい音楽体験を実現する「共遊楽器」を研究している金箱淳一さんに聞いた。
音を「聞く」から、音を「利く」へ
「最近、『音を利く』という表現を使うようにしています。『利き酒』という言葉がありますが、これにはお酒を味だけでなく、香りや色、のどごしなども含めて、五感を使って楽しむという意味があります。例えば、コンサートでは、出演者のパフォーマンスだけでなくステージ上の照明、大型スピーカーによる振動なども、観客が楽しむための重要な要素です。『音を利く』には、聴覚以外のさまざまな感覚も使って、総合的に音を楽しむという意味を込めています」
そう語るのは、産業技術大学院大学の金箱淳一さんだ。金箱さんは、身体特性や感覚特性にかかわらず、誰もが共に音を「利く」ことができる「共遊楽器」の研究に取り組んでいる。「共遊楽器」とは、楽器だけでなく、その楽しみ方までも含んだ概念だ。
金箱さんがつくった主な「共遊楽器」
拍手を見る
音に触る
目と肌で
音を光や振動に変えて伝える
「研究のきっかけは、玩具メーカーで働いていたとき、目や耳に障害のある子どもたちも一緒に遊ぶことができる『共遊玩具』を知ったことです。同じように、誰もが一緒に楽しめる楽器があればいいなと思いついたんです」(金箱さん)
耳に障害があっても音を「見える」ようにすることで、音を感じることができる。それを実現したのが、拍手で光る「クラップ・ライト」だ。「観客席が暗いコンサート会場などでは拍手や手拍子の動きが見えず、空間の盛り上がりが分かりにくい。そこで拍手を目で見えるようすれば、耳に障害がある人が音を『利く』ことができると思いつくりました」(金箱さん)
さらに、音を振動に変えて肌で感じられる「タッチ・ザ・サウンド・ピクニック」を考案した。マイクで拾った音が、その大きさや種類によって異なる振動で手のひらに伝わってくる。「映画鑑賞などで字幕を読んで内容をとらえていた人が、これを使うことでセリフの抑揚まで伝わり、より深く理解できるかもしれないと、喜んでいました」と金箱さん。
「耳に障害のない人でも、イヤーマフ(防音用の耳あて)で聞こえる音を小さくして、タッチ・ザ・サウンド・ピクニックで音を振動として感じてみると、これまで気づいていなかった音の存在に気づくことがあります」。五感を使って音を「利く」ことが障害の有無に関係なく新しい体験を生み出すと、金箱さんは強調する。
音楽を共有することで、新しい体験に
「『音楽の本質は共有である』という、世界的なピアニストの言葉がありますが、同じ空間で音楽を一緒に楽しむことで一体感が生まれます。『共遊楽器』を使えば、障害の有無や言葉の違いを越えて音楽を共有することができ、新しいコミュニケーションが生まれます」(金箱さん)
その一つが「ビブラションカホン3.0」。ペルーの伝統的な打楽器カホンを模したもので、1人が叩いた音が一緒に演奏している人に楽器を通して振動として伝わる。さらに音を光として見えるようにし、演奏者が同じタイミングで叩いたときは光がつながるなど変化をつけた。目と肌で相手の音を感じながら、一緒に音楽を創り上げる楽しみが味わえる。さらに「ラタタップ」では、より多くの人と同時に演奏できるようになった。
こうした新しい楽器は、人々の声を聞くことで生まれてきているという。「技術を使えば、道具を使う人の特性にあわせていくことができます。また、技術を使うことで人間の可能性を広げることもできます。音楽だけでなく、新しい感覚を発見できるような道具もつくっていきたいと考えています」と、金箱さんの夢は、音楽以外の領域にも、大きく広がっている。
金箱淳一(かねばこ・じゅんいち)
1984年長野県 北佐久郡浅科村(現:佐久市)生まれの楽器インタフェース研究者 / Haptic Designer。博士(感性科学)。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了後、玩具会社の企画、女子美術大学助手、慶應義塾大学大学院研究員、産業技術大学院大学助教を経て、2019年4月からは神戸芸術工科大学助教。障害の有無にかかわらず、共に音楽を楽しむためのインタフェース「共遊楽器(造語)」を研究している。