「重力はないけど、重いたすきを引き継ぎます」――。油井亀美也(ゆい・きみや)さん(55)が国際宇宙ステーション(ISS)に到着し、3月から滞在していた同期の大西卓哉さん(49)と合流。史上4回目の複数日本人宇宙同時滞在が実現した。油井さんは「新たな歴史を作り、未来は明るいと思える話題をたくさん届けたい」と、自身2度目となった長期滞在への意欲を語った。大西さんはISS船長の任務や油井さんへの引き継ぎを終え、日本時間10日未明、無事に地上に帰還。リハビリや医学検査を続けている。油井さんの地球出発から、大西さん帰還までの動きを追った。

同期2人、ふわり浮かんでハイタッチ
油井さんと米露3人の宇宙飛行士を乗せた米スペースX社の宇宙船「クルードラゴン」11号機は2日午前零時43分、米フロリダ州のケネディ宇宙センターから、同社の大型ロケット「ファルコン9」に搭載され打ち上げられた。約10分後にロケットから分離されて打ち上げは成功。自動で飛行を続け同日午後3時27分、高度約約430キロのISSにドッキングした。

結合部の気密性などの確認を経て扉が開き、同日午後5時過ぎ、2番目に油井さんが満面の笑みでISSに姿を見せた。待ち受けた大西さんと抱き合いハイタッチを交わし、再会を喜んだ。日本人宇宙同時滞在は2010年の野口聡一さん(60)と山崎直子さん(54)、21年の星出彰彦さん(56)と野口さん、また同年に旅行者としてISSに滞在した実業家の前澤友作さん(49)と平野陽三さん(39)に続き、4回目となった。
4人の到着により、ISSは一時的に11人が滞在する大所帯となった。歓迎式典で油井さんは「皆さんと一緒に、この長期滞在を最高のものにしたい」と語った。
半年ほどの滞在期間中、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は日本実験棟「きぼう」を活用し、次のような実験を計画している。将来の有人探査に向け、二酸化炭素を除去する技術を確かめる▽無重力で精密機器に生じる誤差を調べる▽飛行士が使う情報端末やカメラ、ドローン型撮影ロボットの作動を確かめる▽無重力が植物の細胞分裂に与える影響を調べる▽火災に備え、無重力での固体材料の燃え方を調べる▽惑星ができた過程を理解するため、コンドリュールと呼ばれる微粒子ができる過程を炉の中で再現する▽融点が2000度以上の物質を炉の中で浮かせて性質を調べる。このほか、国内外の若者のためのロボット競技会や公募実験、大学などの超小型衛星の放出、船外にカメラを晒(さら)しての撮影――なども計画。大半を油井さんが担当するとみられる。
油井さんは1970年、長野県生まれ。92年、防衛大学校理工学専攻卒業、航空自衛隊入隊。防衛省航空幕僚監部を経て2009年、JAXAの飛行士候補者に選抜された。15年、ISSに約5カ月滞在し、物資補給機「こうのとり」5号機をロボットアームで捕捉する作業や、実験装置の設置、多数の実験などを行った。16年11月から23年3月まで、JAXA宇宙飛行士グループ長を務めた。

「青春を全て賭けた場所」
大西さんと油井さんは同時滞在を記念し今月4日、都内のJAXA拠点に詰めかけた報道陣と中継で会見した。
大西さんは「短期でも油井さんと滞在でき、本当にうれしい。船長の大任をいただけたのは、JAXAの先輩が築き上げてきた信頼と、『きぼう』や『こうのとり』の運用といった、多大な貢献の結果だ。日本の信頼を少しでも積み上げたいとの思いで務め、何とか大役を果たせたのでは」と語った。
大西さんから特製のたすきを受け取った油井さんは「これ(たすき)には日本の宇宙開発の歴史や携わる方々、応援してくださる方々の思いも詰まっていて、無重力なのに本当に重い。日本の皆さんがISSの活動を見て、未来は明るいと思えるような話題をたくさん届けたい」と応じた。

米国は2030年にISSの運用を終える計画だ。記者が「ISSはまだもったいないと感じるか、あるいは寿命が近いと感じるか」と問うと、大西さんは「前回(自身の16年の長期滞在)に比べ、さほどメンテナンスが増えた印象はなく、個人的にはまだ全然使えると思う。しかし、それが最適解か。これからは(地球上空の)低軌道の利用を民間に渡し、宇宙産業を活性化させていくという課題がある。ISSの社会的役割は、終わりが近づいたと捉えている」とした。油井さんは「低軌道の活動は途切れさせられない重要なもの。ISSから次の民間ステーションへの(役割の)引き渡しが、たすきリレーのようにうまくいかねばならない」と付け加えた。

「自身にとってISSとは」との問いに、大西さんは米国の詩人、サミュエル・ウルマンの作品の一節『青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう』を引用。「私が飛行士としての青春を全て賭けた場所がこのISSであり、とても特別な存在だ」と吐露した。油井さんは「本当に私の心の希望。今回が多分、私の最後の滞在になるが、希望を皆さんにも感じてほしい」とした。
2人は引き継ぎの合間を縫って、SNSのX(旧ツイッター)で「写真コンテスト」を実施。2人がISS船内から日本上空を撮影した写真を並べて投稿し「あなたは、どちらが気に入りましたか?」と一般に呼びかけた。1万1200票もの投票があり、15%の差をつけ大西さんが勝利した。
なお、2人の同期にはもう一人、金井宣茂(のりしげ)さん(48)がいる。元海上自衛隊の潜水医。2017年12月~18年6月にISSに滞在し、各種の実験や船外活動、米物資補給機の捕捉などを担当した。
地上は「過酷な環境」? 帰還後すぐSNS投稿
大西さんの帰還を目前に控えた今月6日、船内でISS船長交代式が開かれた。大西さんは「ここは人類の前哨基地であり、科学技術を進歩させ探査を行う場所だ。指揮権を引き継ぐことは大変、うれしい」と話すと、後任のロシアのセルゲイ・リジコフさん(50)に船長の証である鍵を手渡した。リジコフさんは東西冷戦下の1975年にソ連(当時)のソユーズ宇宙船と米アポロ宇宙船がドッキングし、飛行士が交流した歴史に触れつつ、「私たちの美しい星では、残念ながら人々はいつでも互いに理解しあえるわけではないが、宇宙では効果的に協力できている」と言葉に力を込めた。

大西さんは4月19日から船長を務めていた。2014年の若田光一さん(62)、21年の星出さん以来、3人目の日本人だった。ISS現場責任者として飛行士を統括し、船内の状況や活動を把握するなどの重責を果たした。別れを惜しんだ後、往路と同じクルードラゴン10号機に米露の3人と搭乗。今月9日午前7時15分、ISSから離脱した。機体は徐々に降下して大気圏に突入。パラシュートを開いて10日午前零時33分、米カリフォルニア州サンディエゴ沖に着水した。

帰還するや、Xへの投稿を再開。「ベッドに横になっていると、自分の体がベッドにめり込んでいるように感じます」「(動画を添え)帰還後10時間くらいでこれくらい歩けるようになりましたが、体のバランスを取るのに必死です。こんな過酷な環境で生活してる皆さん、ほんとにすごい」などと、ユーモア交じりに自身の体調変化や医学検査などの体験をつづっている。
大西さんは1975年、東京都生まれ。98年、東京大学工学部航空宇宙工学科卒業、全日空入社。副操縦士を経て2009年、JAXAの飛行士候補者に選ばれた。11年、飛行士に認定。16年7~10月にISSに4カ月滞在し、米民間物資補給機「シグナス」6号機をロボットアームで捕捉する作業や船外活動の支援、きぼうの装置の充実に関する作業、多数の実験などを行った。20年、きぼうの運用管制を行うJAXAのフライトディレクタに認定され、地上から飛行士の活動を支えてもきた。今回が2度目の飛行だった。
「成功した失敗」現場率いたラベルさん死去

宇宙飛行士の動静を伝えるこのタイミングで、超大物の訃報が飛び込んできた。米航空宇宙局(NASA)などによると、1970年、飛行中に爆発が起きたものの地球への生還を果たした「アポロ13号」の船長を務めたジム・ラベルさんが7日、米イリノイ州レークフォレストで死去した。97歳だった。死因は公表されていないという。
1928年、米オハイオ州生まれ。海軍パイロットを経て、62年にNASAの宇宙飛行士に選ばれた。65年の「ジェミニ7号」で有人月飛行を見据えた14日間の飛行や、史上初となった別の有人宇宙船とのランデブー(速度を合わせ接近などをする飛行)に成功した。66年には「ジェミニ12号」に搭乗。68年に「アポロ8号」で初の月上空周回飛行を実現した。
アポロ13号は1969年の11、12号に続いて月面を目指したものの、打ち上げの2日後に機械船の酸素タンクが爆発した。月面着陸を断念し、ラベルさんら3人の飛行士は月着陸船にいったん退避。飲み水や電力の消費を極力抑え、船内の低温に耐えるなど工夫を重ねて過ごした。爆発から3日あまり後、地球に生還した。

重大な危機に瀕しながらも飛行士の命が守られたことで、この事故は「成功した失敗」と語り継がれている。大西さんが学生時代に見て、宇宙飛行士の職業を強く意識するようになったという映画「アポロ13」(1995年、米)にも描かれた。
アポロ13号の印象が強いラベルさんだが、ジェミニ7号の無重力の船内で排泄(はいせつ)物が袋から飛散し、悩まされたというエピソードも強烈だ。しかもこの時、歯ブラシ1本を船内で紛失し、残る1本を同乗のフランク・ボーマンさんと共用したという。宇宙開発の先人の努力と苦労を振り返るにつけ、敬意を抱かずにはいられない。
関連リンク
- JAXAプレスリリース「油井亀美也宇宙飛行士の国際宇宙ステーション長期滞在開始」
- 同「国際宇宙ステーション長期滞在クルー 大西卓哉宇宙飛行士搭乗のクルードラゴン宇宙船(Crew-10)帰還」
- JAXA「油井亀美也」
- X(旧ツイッター)の油井さんのアカウント
- JAXA「大西卓哉」
- Xの大西さんのアカウント
- NASA「Acting NASA Administrator Reflects on Legacy of Astronaut Jim Lovell」(NASA長官代行がラベルさんの功績を振り返る=英文)