生物多様性が危機にあることを示す国内、国際2つの報告書が10月に入り相次いで発表された。
環境省と日本自然保護協会は、里山や里地に生息する鳥や蝶(チョウ)など身近な生物の個体数が急速に減少していることを示す報告書を1日に発表した。長期間にわたる大規模全国調査の一環の結果で、鳥類ではスズメやオナガなどの種が、また蝶類では国蝶のオオムラサキといった以前はなじみ深かった種が、絶滅危惧種認定基準以上の減少率であることが明らかになった。
また、世界自然保護基金(WWF)は生物多様性の豊かさを示す指数が、自然環境の損失や気候変動により過去50年で73%低下したとする報告書を10日に発表。生態系は回復不可能な状況に近づいているなどと強い危機感を示した。
気候変動や森林破壊・環境汚染といった人為的要因によって絶滅の危機に瀕している生物は増え続けている。国連・生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)が21日、11月1日までの日程でコロンビアのカリで始まった。2つの報告書はCOP16に向けて生物多様性の危機を具体的なデータで示した形だ。
北海道から沖縄まで325カ所を調査地に
10月1日に発表された「モニタリングサイト1000里地調査」は、環境省が実施主体、日本自然保護協会が事務局となって2005~22年度の長期間にわたり、北海道から沖縄県までの全国325カ所を調査地とした。
手間がかかる実際の調査は約5700人の市民調査員が中心になって行い、確認、記録された生物種は計4382種に上った。同省自然環境局生物多様性センターが調査で得たデータを解析した結果を報告書にまとめた。
その結果、鳥類では評価対象種106種のうち、15%の16種の個体数が年間3.6~14.1%急速に減少していた。最も年間減少率が高かったのは、尾が20センチを超えるオナガで14.1%。市街地の軒下に営巣する様子も見られたイワツバメが12.1%、里山で見かけることができたオオタカは5.2%、人家の近くに生息することで知られたスズメも3.6%、それぞれ減っていた。
また、蝶類では評価対象種103種のうち、33%の34種が年間3.7~22.0%減少していた。年間減少率が高かったのはクロセセリの22.0%。次いでスギタニルリシジミ20.2%、アオバセセリ18.4%それぞれ減少。馴染みのあるオオムラサキは10.4%、主に秋に群れで多数が飛ぶ姿を見ることができた茶色の小さなイチモンジセセリは6.9%、草原などで比較的よく見ることができたジャノメチョウは3.7%それぞれ減少していた。
「普通種」なのに絶滅危惧種並み
環境省によると、同省レッドリストの基準では「絶滅危惧Ⅱ類」は年間減少率3.5%以上。今回調査により、鳥類、蝶類ともその年間減少率は多くの種が絶滅危惧種の認定基準を上回る水準を示していた。今回減少傾向が示された多くの生物種は、以前は身近によく見ることができた「普通種」だった。
同省によると、これら鳥や蝶の種の減少は里山の荒廃が主原因だ。今回の調査ではサンゴの白化や海藻の減少など、気温の上昇などの気候変動の影響とみられる生態系の変化も多く確認された。また外来種の拡大による影響も一部で見られたという。
生息環境別に見ると、森林や山地ではなく、農地や草原、湿地など「開けた環境」(開放的な環境)に生息する種の減少が激しい。これらの場所では里山の荒廃やシカの食害などに加え、稲の害虫駆除に使われる農薬の影響が大きいと考えられるという。
鳥や蝶に見られる身近な生物種の減少について、環境省の担当者は「前回5年前の報告書でも減少傾向が示されていたが、その状況がさらに危機的になっていることが今回明らかになった」としている。里地、里山の中でも農地や草原、湿地などの環境に生息する鳥や蝶のほか植物種も減少していることから、これらの開けた環境の保全策が重要と指摘している。
里山の荒廃が進んでいるが、環境省と日本自然保護協会によると、市民による里山保全活動は活発に行われている。市民ボランティアによる水田、林、草原の管理や調査活動、普及教育活動などの活動事例は年々増加しているという。
アマゾンでは自然の回復が不可能な転換点に
WWFが発表した報告書の邦題は「生きている地球レポート2024―自然は危機に瀕している」。地球上の生物多様性の豊かさを示す指数は、哺乳類や鳥類、両生類など計5495種の生息密度や巣の数などから算出し、一つ一つの群れの規模や個体数の変化の傾向を「生きている地球指数(LPI)」として数値化している。報告書は「ロンドン動物学協会」(ZSL)が約3万5000の個体群に及ぶ分析をするなど実際の作業などを担当して作成した。
今回の報告書は、1970年から2020年までの50年の間にLPIは73%減少したという深刻な現状を明らかにしている。そしてこの中で「2030年に向けた今後5年間の各国政府や民間セクターの取り組みがかつてないほど重要になっている」と対策強化を求めている。
生息環境別LPIでは、河川や湖沼、湿地などの淡水域の減少率が85%と最大。ダム建設など移動経路を遮断するような生息地の悪化で、淡水魚や両生類が非常に高いストレスを受けている。陸域は69%、海域は56%の減少率でいずれも大きく減少していた。
地域別で最も減少したのは中南米・カリブ海の95%で、アフリカが76%。日本を含むアジア太平洋地域は60%だった。いずれも生息地の劣化や喪失が脅威になっているという。
具体的事例としてアマゾンの熱帯雨林の焼失について、報告書は「地球上の生物種の10%が存在し、2500億~3000億トンの炭素を蓄えているが、気候変動と森林破壊がアマゾンの降雨量の減少をもたらし、自然の回復は不可能な転換点に導こうとしている」としている。
COP16は保全資金援助めぐり議論難航も
WWFのキルステン・スフエイト事務局長は報告書の中で「危機は野生生物と生態系を極限まで追い詰めており、地球の生命維持システムの存在を脅かし、社会の不安定化を招く転換点に直面している」と指摘している。
2022年12月にカナダで開かれたCOP15では、2030年までに世界の陸と海の少なくとも30%を保護地域にするなどして保全することを柱とする23項目の国際目標を採択した。COP16ではこの目標達成に向けた各国の取り組み状況の評価が主な議題となる。
人類は地球というかけがえのない環境を多くの生物種と分かち合っている。生物多様性は人間を含む多種多様な生物が地球上で互いにつながっていることなどを示す概念で、これが失われると人間の存在も成り立たないなどとする考え方だ。
WWFは「今後5年」と期限を定めて国際社会に早急な取り組みを求めている。国連のグテーレス事務総長はCOP16の開会式に向けたビデオメッセージで「自然を破壊すると、紛争、飢餓、病気が悪化し、貧困、不平等、気候危機を助長し、持続可能な開発や文化遺産、国内総生産(GDP)が損なわれる。生物多様性を守るための国際枠組みは、地球とその生態系との関係を再構築することを約束しているが私たちはまだ軌道に乗っていない」などと述べ、COP16での成果に期待を寄せた。
◇11月8日追記
本文の一部を訂正しました。
7段落目)
誤「里山で見かけることができたオタカは5.2%」
正「里山で見かけることができたオオタカは5.2%」