海底を掘削する地球深部探査船「ちきゅう」の内部を、運用する海洋研究開発機構(JAMSTEC)が報道陣に公開した。科学目的で世界最高の掘削能力を持ち、地震や環境、生命など多彩な分野の研究に貢献してきた。2011年の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)が巨大地震となり、大きな津波を生じた詳しい仕組みなどの解明を目指し、新たに3カ月半に及ぶ国際調査へと出航した。
威容を誇る海上の“街”
静岡市のJR東海道線清水駅前からタクシーに乗り、運転手さんに「ちきゅうお願いします」と伝えてみた。通じるかどうか心配したが、「ここも地球だ」などと不審を抱かれることはなく、ちきゅうが待つ清水港の埠頭(ふとう)へと走り出した。10分あまりで、山積みのコンテナ群の向こうに、威容を誇る探査船が姿を見せた。
集合してくる記者の誰もが、巨大な姿に圧倒されていた。居合わせたある記者は、人気アニメの巨大ロボットのようだと言ったが、筆者は同作に登場する白い宇宙空母に、姿を重ね合わせた。登録を事前に済ませており、許可証を首にぶら下げ、いざ乗船した。
ちきゅうは海底下を深く掘削し、地層の試料を採取する科学探査船で、2005年に就航した。試料の分析などを通じ、地震や津波、噴火、地滑りなどの災害、気候や海洋変動の仕組み、海底下の生命圏といった、地球や生命をめぐる人類の理解を深めてきた。全長は東海道新幹線1編成(16両)の半分ほどの210メートル。この船のシンボルともいえる中央の青いやぐらは、船底からの高さが、30階建てビル相当の130メートルという。つなぐと計10キロもの長さに及ぶパイプを搭載。清水港を事実上、母港として活動している。
船上は広大だ。やぐらの下にある掘削作業フロアのほか、採取した試料をすぐに処理し分析するための研究区画、居住区画などもある。公式資料は「海の上の研究所」と形容するが、乗船者が生活を共にしており「街」という印象すらある。航海が長期に及ぶため、数十日ごとにヘリコプターを使って交代する。
海底をより深く掘るため、科学目的で初めて採用したのが「ライザー掘削」。パイプを二重にし、特殊な泥水を、船上から先端のドリルの方向へ送り込み、船上に戻して循環させる。泥水の調合を変えることで、地層の圧力や地質の変化に耐えて深くまで掘る仕組みだ。この方法で、水深2.5キロ以下の海底下を7キロまで掘削できる。ライザー掘削という呼び名は、泥水が上がってくる(英語のrise)仕組みに由来する。ただし今回の国際調査では、掘削地点の水深が7キロに及ぶため、ライザー掘削は行わないという。
日米欧などが主導し21カ国が参画する「国際深海科学掘削計画(IODP)」の主力船の一つとして調査を続け、世界の科学界の期待に応えてきた。IODPで採取した試料は、JAMSTECと高知大学が運営する高知コアセンター(南国市)など、世界3カ所で管理している。なおIODPの枠組みは米国の探査船の退役などを受け、今月末で終了するという。
世界の研究者が注目する日本海溝
ちきゅうは6日、IODPの第405次航海へと、清水港から旅立った。行き先は宮城県沖約260~280キロの日本海溝付近。研究テーマは「日本海溝巨大地震・津波発生過程の時空間変化の追跡」。地震の翌年、2012年に実施した第343次航海「東北地方太平洋沖地震調査掘削」の“続編”となる。
「東北地方太平洋沖地震は人類が経験し、マグニチュード9を計測し(断層の)掘削もできた唯一の地震であり、世界中の地震学者、地質学者が注目している。地震国のみならず、国際的に非常に重要なテーマだ」。出航を翌日に控えた5日、今回の航海の共同首席研究者の一人、JAMSTECの小平秀一理事は船上で言葉に力を込めた。
日米欧など10カ国の研究者計50人ほどが前半組と後半組に分かれ、10月末にヘリコプターを使い交代で乗船し調査や研究に従事する。12月20日、清水に帰港する。
従来説を覆し巨大化した地震、津波
地震は仕組みにより大きく分けて、海の「海溝型地震」と陸の「活断層地震」がある。東北地方太平洋沖地震は前者で、地球の表面を覆うプレート(岩板)のうち、海側の太平洋プレートが、陸側の北米プレートの下に沈み込む境界の日本海溝に沿って発生した「プレート境界地震」だった。
海溝型の巨大地震はプレート境界面の深い領域が固着する一方、海側プレートが沈み込み続けるためにひずみを蓄積し、ある時点で耐えきれなくなり一気に解放し、滑ることで起こる。一方、境界面の浅い領域は固着しないため滑らないと、従来は考えられていた。ところが東北地方太平洋沖地震では、その浅い領域まで大きく滑り、海底が大きく動いて大量の海水を押し上げ、巨大津波が生じた。
前回、第343次航海ではこの地震を起こしたプレート境界から試料を直接、掘り出して分析した。その結果、断層部分は主に、滑りやすく水分の多い粘土でできていたことを突き止めた。蓄積していたひずみが地震でほぼ全て解放されたことや、断層が滑って生じた摩擦熱も捉えた。つまり、境界面の深い領域にとどまらず浅い部分まで滑り、しかも摩擦熱で粘土の水分が膨張したため、滑りやすくなったのだ。このように、地震や津波が巨大化した仕組みを浮かび上がらせたのが、当時の成果だった。
「浅い領域」滑った仕組み、決着目指す
12年が経ち、ちきゅうは今回の第405次航海で前回の調査地点を再訪、地震を起こした断層にアクセスする。主な目的は巨大化の詳しい仕組みや、次の地震に向けた海溝付近の変化の理解だ。
共同首席研究者の一人で、筑波大学の氏家恒太郎教授などによると、プレート境界の浅い領域が大きく滑った原因をめぐっては、2つの説がある。一つは、浅い領域も固着してひずみをため、限界に達したというもの。もう一つは、浅い領域は固着していなかったが、深い領域の固着がはがれ、その破壊が浅い領域まで“付き合って”連動したというもの。2つの説は「固着説」「非固着説」とも呼ばれる。「どちらが正しいか決着させるのが、今回の目的の一つだ」(氏家教授)という。
またJAMSTEC高知コア研究所の濱田洋平主任研究員は「(地震の後)日本海溝はもう次の地震に向かっていると考えられる。断層にどの程度、力がかかり始めているのかを調べ、どんな準備過程を経ているのか明らかにしたい」と説明する。
今回は、前回も掘削した海溝の陸側の海底下950メートルに加え、海側、つまり北米プレートに沈み込む前の太平洋プレートも450メートルにわたり掘削する。「沈み込むと地層はどう変わっていくのか、ビフォーアフターを比較したい。滑りやすい地層の厚さも明らかにしたい」と氏家教授。
採取した試料を調べる手法も、多彩で興味深い。例えば、岩盤にかかる力の向きは、試料の、導電率の部分的な違いを手がかりに推定できるという。岩盤の強度は、掘削のドリルにかかるトルク(回すための力)から把握できる。試料に力を加える実験により、摩擦の性質も調べる。掘削した穴に温度計を設置し、岩盤の固さに影響を与える水の流れを把握するという。
今回の成果は、日本海溝はもとより世界のプレート境界について、もちろん各地で特徴の差や違いがあるにせよ、一般的な理解を深めそうだ。地震学や防災の知見につながるだけでなく、生きた地球の姿を描き出すことになる。ちきゅうが航海を続けて得られることの積み重ねは、地球の縮図のようになっていくのだろう。この船がデビューした当時は「随分、大胆な命名だ」と感じたが、取材を通じ、そこに込められた思いが分かった気がした。
関連リンク
- 海洋研究開発機構「地球深部探査船ちきゅう」
- 同「東北地方太平洋沖地震後の時空間変化を捉える IODP第405次研究航海」