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「海洋熱波」が「最も暑い夏」をもたらしたと気象庁など分析 今夏も危険な高温続くと予測

2024.07.26

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 北日本が昨年「過去最も暑い夏」になったのは、三陸沖などの海面の温度が記録的に高くなる「海洋熱波」が影響した可能性が高い、とする分析結果を気象庁や東京大学などの研究グループが発表した。海面水温の極端な高温により、低い位置の雲の形成が妨げられて日射が増したほか、水蒸気が増えるという複数の気象要因が重なって危険な高温をもたらしているという。

 研究グループによると、日本近海の温度は世界平均より地球温暖化に伴う上昇率が高い。海面水温が高い状態は今も続いており、気象庁は今夏も危険な暑さが続くと予測している。海面水温は簡単には下がらないとみられ、日本の異常な暑さは夏の恒例になると心配される。

左は2023年夏(6~8月)の平均の海面水温を1991~2020年の平均と比べた平年差、右は23年夏の気温の平年差を、それぞれ表した図(気象庁や東京大学などの研究グループ提供)
左は2023年夏(6~8月)の平均の海面水温を1991~2020年の平均と比べた平年差、右は23年夏の気温の平年差を、それぞれ表した図(気象庁や東京大学などの研究グループ提供)

海面水温は100年間で平均1.28度上昇

 海洋熱波は過去の記録と比較して、その時期としては異常に高く、極端な高温が数日から数カ月持続する現象。「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」の最新の第6次評価報告書で地球温暖化に伴う海洋熱波の頻度や強度が増大すると分析されていた。

 気象庁によると、日本周辺の海面水温を過去100年の推移で見ると平均1.28度上昇している。特に近年は日本近海の暖かい海域が広がったために台風の強度が強くなっているとの指摘もあった。

 研究グループは、気象庁の「異常気象分析検討会」会長を務める東京大学先端科学技術研究センターの中村尚教授のほか、同庁気象研究所、北海道大学、海洋研究開発機構の研究者らで構成した。

 昨年の夏の日本の平均気温は1898年の統計開始以降で最も高くなった。北日本は1946年の統計開始以降で最も暑い夏となり、特に太平洋側で異常な高温になっている。

 気象庁の検討会は、北日本の高温の原因を議論した昨年8月に開かれた会合で、周辺海域での海面水温の異常な高温状態が影響した可能性を指摘した。しかし、高温をもたらした詳しい過程は明らかにしていなかった。今回、中村教授らは改めて北日本近海の持続的な海洋熱波が大気の高温状態に与える影響について詳しく調査、分析した。

中村尚教授(防災学術連携体提供)
中村尚教授(防災学術連携体提供)

気象要因が複雑に絡んで異常高温に

 中村教授らは今回、 過去の海面水温の平年差や気温の平年差などのさまざまなデータを用いて改めて詳しく調査、分析した。

 その結果、昨年は高度約3000メートル以下の低い大気の気温が過去と比べて際立って高く、特に地表付近で平年差が最大となっていたことから、昨年夏の異常高温は、上空の大気循環の変動のほか大気と接する海洋側の要因も関係があることが判明。海面水温は黒潮の流れが北上して冷たい親潮が後退し、三陸沖から北海道沖にかけて海洋熱波が発生したことが分かった。

 さらに、この海洋熱波により海面付近の大気が不安定になり、北日本の夏に見られる大気下層の雲(下層雲)の量が場所によって20%程度減少した。このために地表に届く日射量が増えて海面水温がさらに上昇。大気を加熱したほか海面から水蒸気量も増えて熱がこもる温室効果が高まったという。

 昨夏の北日本を中心とした異常な暑さは、こうした気象要因が複雑に絡んでいたことが明らかになった。中村教授ら研究グループは「地球温暖化の進行に伴って異常高温のリスクが高まっている。近海の海洋熱波が地上の異常高温に与える影響について理解を深め、その予測精度を高めることは気候変動対策の観点から重要だ」と強調している。

 一連の研究は科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム」などの支援を受けて行い、論文は7月19日の英科学誌「サイエンティフィックリポーツ」に掲載された。

2023年夏(6~8月)の平均の下層雲の量を過去の量と比べた平年差(気象庁や東京大学などの研究グループ提供)
2023年夏(6~8月)の平均の下層雲の量を過去の量と比べた平年差(気象庁や東京大学などの研究グループ提供)
左は大気が海洋に加熱されたことを示す図。右は海面での蒸発が活発化していることを示す図(気象庁や東京大学などの研究グループ提供)
左は大気が海洋に加熱されたことを示す図。右は海面での蒸発が活発化していることを示す図(気象庁や東京大学などの研究グループ提供)

10月まで酷暑続く見込み

 気象庁や異常気象分析検討会会長の中村教授によると、今夏も海洋熱波は最強レベルで続いている。暑さのピークは7月下旬から8月上旬と予想されているが、同庁が7月23日に発表した10月までの3カ月予報では、「ラニーニャ現象」が発生する可能性が高いことなどから、9、10月も高温が続いて厳しい残暑になる見込みだ。

 同庁の分析結果による予測では、ラニーニャ現象の影響で海面水温は西部太平洋熱帯域で高く、中・東部太平洋赤道域で低い。インド洋熱帯域では東部を中心に高い。このため、東南アジア付近を中心に積乱雲の発生が多くなる。これらの影響で太平洋高気圧が日本の南東で強く、偏西風は日本付近では平年より北寄りを流れる。このために日本付近は暖かい空気に覆われやすいという。

 実際に日本列島は7月下旬に入ると、強まった太平洋高気圧に覆われて連日猛烈な暑さに見舞われている。例えば22日を見ると、全国914の観測点のうち、今年最多の288地点で最高気温35度以上の猛暑日となった。この日は山梨県甲州市で39.6度、甲府市で39.4度、栃木県佐野市で39.1度など40度に迫る危険な暑さになった。22日以降も連日高温が続き、「熱中症警戒アラート」が全国各地に頻繁に出されている。

 このままの気圧配置などが続くと「過去最も暑い夏」だった昨年を上回る凄まじい酷暑が続く可能性があり、「40度超え」の記録が複数出るかもしれないと予測する気象の専門家は少なくない。救急医学が専門で熱中症問題に詳しい日本医科大学の横堀将司教授は「今や熱中症被害は災害級を超えた超災害級になっている」と警告し、命を守る対策の重要性を強調している。

 今夏も予測される高温は日本だけでなく、世界的な傾向だ。世界気象機関(WMO)は北半球の多くの地域を襲う熱波は夏の日常になり、今夏を含めた今後5年は昨年よりさらに暑くなる可能性を指摘している。

8~10月に予想される海洋と大気の特徴(気象庁提供)
8~10月に予想される海洋と大気の特徴(気象庁提供)
横堀将司教授(防災学術連携体提供)
横堀将司教授(防災学術連携体提供)

高い海面水温は台風や豪雨にも影響

 海面水温が高くなる傾向は日本だけではない。海外からの報道によると、ここ数年世界的な傾向のようだ。英BBC放送は5月に世界の平均海面水温は過去1年更新し続けていると報じた。これまで世界中の気象の専門家は海面水温の異常な高さは気温を高めるだけでなく、台風や各地の豪雨を強めると指摘してきた。

 海面水温が高いと海水の蒸発が増えて多くの水蒸気が発生する。分かりやすいこのメカニズムにより、台風などの熱帯低気圧の勢力が強まったり、水蒸気が大気で冷やされて線状降水帯が発生したりするという。気象庁や多くの専門家によると、近年国内で線状降水帯が多発しているのも日本近海の海面水温の上昇と関係があるという。

 地球温暖化や気候変動により日本や世界の気象はその異常度を増して、世界中で熱波や豪雨による被害が頻発している。中村教授は「今年の夏も猛暑や豪雨による気象災害のリスクが高まっている」と指摘し、「命を守るための備え」の徹底を呼びかけている。

7月25日の日本近海の海面水温を平年と比べた図(気象庁提供)
7月25日の日本近海の海面水温を平年と比べた図(気象庁提供)

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