車のシートやお皿を洗うスポンジなどに幅広く使われているポリウレタン。廃棄後に国内で処分するには埋め立てや焼却しかないとされていたが、二酸化炭素(CO2)を含む水である「炭酸水」で簡単にリサイクルする方法の確立に長崎大学が産学連携で挑んでいる。欧州ではリサイクルへの取り組みが始まったが、用いる薬剤が有毒で扱いにくい問題が潜む。体積が大きく厄介者のポリウレタンをリサイクルできれば、環境負荷を大幅に低減することができそうだ。
用途が広い材料だが処理が面倒
ポリウレタンは石油などを原料とするイソシアネート化合物と、複数の水酸基を持つポリオール化合物を重合させた材料で、ゴムのように伸びる性質を持つ。天然ゴムと違って染色も可能で、温度や湿度に強いため、車のシートや競技場の床、マットレス、枕、ラケット、建築用の断熱材や家庭用スポンジといった非常に広い用途がある。一方、分子同士が橋を架けるように強固につながる「架橋構造」をしているため処理が面倒だ。加熱しただけでは崩れにくく、簡単に再生しないためにリサイクルには向かないとされてきた。
欧米でのリサイクルは薬剤でポリウレタン中のウレタン結合を分解した上で、ポリオールを回収するという煩雑な方法を採っている。これは反応の中で中和塩を排出するというデメリットもあり、リサイクルのためにかえって廃棄物が生じるという矛盾があった。
環境負荷への影響を憂慮する欧州は自動車生産に用いる材料の再利用・再生利用を8割程度まで上げる目標を掲げるが、ポリウレタンのリサイクル無しにこの目標を達成できない。しかし、前述の方法では「環境に優しいリサイクル」とはいえない。リサイクルという目的達成のために環境負荷をかけるのは悪手だ。
高校生でも使えるような「やさしい」酸
長崎大学大学院工学研究科の本九町卓(もとくちょう・すぐる)助教(高分子化学・環境材料学)は、ポリウレタンをはじめとしたゴムを専門とする恩師の下で研究を始めた。約10年前からはゴム類だけでなく、炭酸水による様々な化学反応を研究してきた。そんな折、ポリウレタンはリサイクルが難しいと聞き、研究しようと決めた。本九町助教は「従来法は環境負荷がかかることが課題だから、高校生でも使えるような『やさしい』酸の一種である炭酸を使ってみよう」と思った。
研究を始めたものの、日本ではゴミの回収は自治体に任されているため、ポリウレタンを効率的に集めるためには大学で研究が完結できず、自治体や企業の協力が不可欠だった。ポリウレタン製品を製造している化学メーカーのアーケム(東京都港区)と組み、産学連携によるリサイクルシステム確立に取り組んだ。
まず、回収されたポリウレタン製品を粉砕する。粉末状のポリウレタンに、水にセ氏230度、超臨界圧力以下の6.9メガパスカル(約70気圧)以上の圧力をかけて炭酸水にしたものを混ぜ合わせると、約30分で元の形状が壊れ、ポリオールとイソシアネートの原料であるアミンができる。また、この一連の反応で使用した水とCO2は再利用できると考えられる。
本九町助教は「溶媒にも溶けにくいポリウレタンは劇薬でしか加工できないと考えられていたので、逆転の発想をしてみた」のだという。回収率は9割を超えた。
高い純度 再利用もできるポリウレタン精製
今年3月、ポリウレタンを分解して得られたポリオールが再度ポリウレタン製品を生成できる品質を満たしていることも確認できた。今後は自治体に委ねられている家庭ゴミのポリウレタンを回収するにはどのような方法が考えられるか、より多くの企業と連携する予定だ。
本九町助教は「産業廃棄物だけでなく、マットレスなど家庭からも大きな体積で出るポリウレタンをリサイクルできる仕組みができれば、ゴミ全体の量をかなり減らせるのではないか」と話す。ゴミ処理費用にかかる税金は年々増加している。住民の課税負担だけでなく、環境への負担を減らすためにも、この研究が泡のように膨らみ、私たちの暮らしが豊かになることに期待したい。
関連リンク
- 長崎大学プレスリリース「「フォームタイムス」に長崎大学大学院工学研究科本九町卓助教の第72回高分子討論会(香川大学にて開催)でのプラスチックのケミカルリサイクルに関する発表内容が記事として掲載されました」
- 公益財団法人 ポリウレタン国際技術振興財団「ポリウレタンの炭酸を用いた環境に優しいケミカルリサイクルの開拓」
- アーケム プレスリリース(2023年9月28日)「ケミカルリサイクルによりポリウレタンフォームからポリウレタンフォームへの再生技術を発表」
- EU「中古自動車に関する規制(ELV規制)」