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しづ心なく…花の散るのもオートファジー 奈良先端大など仕組み解明

2024.03.19

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ

 平安の歌人、紀友則(きのとものり)が詠んだ一首。古今和歌集に収められ、小倉百人一首でもお馴染みだ。「日の光がのどかに降り注ぐ春の日に、桜はなぜ、落ち着いた心もなく、散っていくのだろう」といった意味だが、その答えは令和の世に出た。「オートファジーが働いているから」。細胞内の老廃物を細胞自ら分解する仕組みで、日本人がノーベル賞を受賞したことで知られる。これが、花が散る仕組みまでも握っていることを、奈良先端科学技術大学院大学、理化学研究所などの研究グループが解き明かした。

“しづ心なく”散り、水面を埋める桜の花びら。2005年4月、東京・千鳥ケ淵で筆者撮影
“しづ心なく”散り、水面を埋める桜の花びら。2005年4月、東京・千鳥ケ淵で筆者撮影

細胞の重要なメンテナンス機能

 オートファジーは、細胞内の古くなったタンパク質や細胞小器官を、細胞自ら分解(自食作用)して再利用する仕組み。真核細胞に備わり、細胞内を浄化し、またアミノ酸などの必要な分子を作って細胞を存続させている。動植物が健康を保つために欠かせない、細胞の重要なメンテナンス機能の一つだ。老廃物は時間と共に何となく壊れていくのではなく、細胞が積極的に壊している。ギリシャ語でオートは自分、ファジーは食べるの意。東京工業大学栄誉教授の大隅良典さんが1988年に酵母のオートファジーの観察に成功。93年に関連遺伝子14種類を特定し、2016年にノーベル生理学・医学賞を単独受賞している。

 動物のオートファジーでは、細胞内に二重膜でできた小胞「オートファゴソーム」ができ、古いタンパク質などを取り込む。これが酵素の入った小器官「リソソーム」と融合し、中身が分解される。がんや神経変性疾患などさまざまな病気を抑え、また発生や分化、老化、免疫の仕組みで重要な役割を持つ。一方、植物ではオートファゴソームが水や栄養素、廃棄物などを貯蔵する「液胞」と融合し、中身が分解されている。

 植物では、生涯にわたり体を作り続けることからも、オートファジーが非常に重要だ。穀類や花卉(かき=花の咲く草)植物で、オートファジーを制御する遺伝子が非常に多いことが分かっている。また、花びらが古くなる過程で細胞小器官などが液胞に取り込まれ、部分的に分解される様子も観察されている。このため、花が散るのにもオートファジーが働いているとみられてはきたが、未解明だった。

花が咲くことの研究は多いが…いざ実験

 そこで奈良先端大先端科学技術研究科准教授の山口暢俊さん(植物生理学)らの研究グループは、実験によく用いられるモデル植物のシロイヌナズナを使って研究した。山口さんは「なぜ桜が散るのだろうかと、思いませんか。この基本を解明したくて、研究を始めました」と語る。私たちも「考えてみると、いったいどうして」と不思議に思うことが、先端研究の現場のモチベーションになっている。花が咲くことに関する研究は多い一方、その後に起こる現象はさほど研究されてこなかったという。

普通のシロイヌナズナ(左)に比べ、ジャスモン酸が作れない変異体は花が散るのが遅く、長持ちしている(奈良先端科学技術大学院大学提供)
普通のシロイヌナズナ(左)に比べ、ジャスモン酸が作れない変異体は花が散るのが遅く、長持ちしている(奈良先端科学技術大学院大学提供)

 注目したのは植物ホルモンの一種「ジャスモン酸」だ。葉が虫に食べられると合成され、他の部分に移って虫が苦手な物質を作り被害拡大を抑えるという、面白い物質。高校の生物の教科書にも載っている。老化を促す機能もあり、これが作れない変異体は花が散るのが遅いことから、鍵を握っていると考えられた。

 普通のシロイヌナズナを調べると、散る直前の花びらの根元に、ジャスモン酸に加え、物質を酸化し損傷させる“老化物質”の活性酸素もたまっていた。一方、ジャスモン酸を作れないようにした変異体では、花びらの根元にジャスモン酸がたまらない上に、活性酸素も明らかにたまりにくくなっていた。

 花びらの根元の細胞を顕微鏡で観察した。普通のシロイヌナズナでは、花が散る直前に不要物が全て分解され、液胞に何も残っていなかった。しかし変異体では液胞に不要物がみられ、新陳代謝に異常があることが分かった。正常ならば花が散る過程で、オートファジーが働いていることがうかがえた。

シロイヌナズナの花びらの根元の細胞。左は普通の株で、白い液胞の中に目立つ物質はない。右はジャスモン酸を作れないようにした変異体で、液胞の中に丸い不要物がある(奈良先端大提供)
シロイヌナズナの花びらの根元の細胞。左は普通の株で、白い液胞の中に目立つ物質はない。右はジャスモン酸を作れないようにした変異体で、液胞の中に丸い不要物がある(奈良先端大提供)

「ジャスモン酸」引き金、遺伝子が次々に働き…

 次に、花が散るまでの遺伝子の働き方を調べ、次のような過程を解明した。(1)花が咲く頃、花びらにジャスモン酸が作られ始め、たまっていく。(2)これを受け、花びらの根元で、ストレスへの応答に関わるとされる「ANAC(アナック、エーナック)102遺伝子」が働く。(3)これを受けてオートファジーを制御する遺伝子が働き、花が散る。

 また、オートファジーを制御する遺伝子の変異体では、花が散るのが遅くなった。遺伝子を花びらの根元で人工的に作らせてオートファジーを起こし、花を散らすことにも成功した。

 普通のシロイヌナズナと、ジャスモン酸が働かない変異体を比べた。オートファゴソームに関わる遺伝子が作るタンパク質に、目印として緑色蛍光タンパク質(GFP)を融合させて使った。普通の株では、花が散る時期が近づくとオートファゴソームがいったん作られ、GFPの蛍光が増加。その後、散る直前にオートファゴソームが液胞へ移り、中身とともに分解され、蛍光は見えなくなった。一方、変異体では、花が散る直前のはずの時期を過ぎても蛍光が見え続けた。オートファゴソームがたまっており、つまりオートファジーが起こっていないことを示している。

花の変化と、オートファゴソームに関わる遺伝子が作るタンパク質(ATG8a、GFPを融合させた)の関係。普通の株(野生型)では散る時期が近づくとタンパク質が増え、散る直前に見えなくなった。変異体では、散るはずの時期を過ぎても見え続けた(奈良先端大提供)
花の変化と、オートファゴソームに関わる遺伝子が作るタンパク質(ATG8a、GFPを融合させた)の関係。普通の株(野生型)では散る時期が近づくとタンパク質が増え、散る直前に見えなくなった。変異体では、散るはずの時期を過ぎても見え続けた(奈良先端大提供)

 一連の結果から、花が散るのは、ジャスモン酸を引き金とするオートファジーの仕組みによることを解明した。研究グループは奈良先端大、理研、トリニティ・カレッジ・ダブリン(アイルランド)、かずさDNA研究所、名古屋大学、中部大学で構成。成果は英科学誌「ネイチャーコミュニケーションズ」に2月6日掲載され、奈良先端大などが同8日に発表している。

お花屋さんもお客さんも喜ぶ成果に

 ただ、今回の成果をもってしても、素朴な疑問が残る。花が咲くのは、虫を引き寄せて受粉するためとされる。ではなぜオートファジーで、わざわざ花を散らす必要があるのだろう。放っておくわけにはいかないのか。山口さんに尋ねると「はっきりとは分からないが…要らなくなった部分は切り落としておかないと(その部分に余計に)栄養を取られてしまうからでは。栄養を回収して糖分などを体の他の部分に送ってから、花が散っているのだろう」との見立てを語ってくれた。

「誰もが知る現象を解明できた」と語る山口さん(オンライン取材画面から)
「誰もが知る現象を解明できた」と語る山口さん(オンライン取材画面から)

 今回、直接解明したのはシロイヌナズナだが、多くの花が同様の仕組みで散っていると考えられるという。山口さんは「他の植物でも検証を進めたい。また、実際に栄養を回収するところも確認できれば、花が散る理由の理解が深まりそうだ」と、研究の展望を語る。

 自然界の素朴な疑問を解いたこの成果は、私たちの知的好奇心を満たしただけでなく、将来的には農芸分野に役立ちそうだ。例えばオートファジーを遅らせることで花が散るのを遅らせれば、産地から離れた場所の花屋さんは助かるだろう。お客さんも買ってから長期間、花を楽しめそうだ。農作物でも、収穫期を調整して効率化を図るといった活用が考えられるという。

 日本人は自然の情景を数限りなく文学の題材にしてきたが、現代科学の目で見ると、その味わい方も変わってくるのでは。折しも、お花見シーズンが目前だ。今年は桜を眺めつつこの研究成果を思い起こし、オートファジーについて考えることになるかもしれない。ただ、それでお酒やお重がうまくなるかマズくなるか…筆者は責任を持てないが。

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