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オートファジーによる細胞内分解の意義(水島 昇 氏 / 東京大学大学院医学系研究科 教授)

2014.09.25

水島 昇 氏 / 東京大学大学院医学系研究科 教授

科学技術振興機構(JST)の理事長定例記者説明会(2014年9月17日)から

入れ替わりは重要

東京大学大学院医学系研究科 教授 水島 昇 氏
水島 昇 氏

 例えば、紙のリサイクルは大事ですね。私が2年前まで勤めていた東京医科歯科大学は、私が卒業してから20年ぐらい、造っては壊しています。このようなリサイクルやスクラップアンドビルドは人間の社会にとって大事です。生物にとっても当然、とても重要です。

 われわれの人間は約60兆個の細胞からできていて、しかも細胞の中には小器官やタンパク質が入っています。すべての階層で入れ替えが起こっています。人間の入れ替えは会社や組織でも大事です。人が入れ替わることで、健全さが維持されます。細胞も入れ替わっていますし、細胞の中ではタンパク質も入れ替わっています。こういう入れ替わりによって、細胞の新鮮さや健全さが保たれています。

 私が研究している生物学は、細胞の中でどうやってタンパク質などが入れ替わっているかを追求してきました。一般の人は、細胞の中がスカスカというイメージを抱いていると思います。実際の細胞の中はびっしり詰まった状態です。タンパク質だらけです。私たちの細胞の中は、タンパク質や細胞内小器官が密集しています。密集したひとつひとつの分子がすべて健康でいることが、細胞の健康には必要なのです。

細胞の品質保つ術

 どうやって細胞を構成するタンパク質やミトコンドリアがいつもよい状態でいられて、適切に役割を果たせるか、が問題です。細胞の中の品質を保つには、ふたつの大きな方法があります。ひとつは、私たちが研究しているオートファジー(自食作用)で、もうひとつはユビキチン・プロテアソーム系です。

 ユビキチン・プロテアソーム系は、何を分解するか、いらない相手を見定めて1 個1 個分解する方法です。私が研究しているオートファジーはそうではなくて、オートファゴソームという袋で細胞の中を適当に取り囲んで、細胞の胃袋に当たるリソソームと融合して、内部の物質を消化して、出てくるアミノ酸などをもう一度、再利用する方法です。

 大きな違いのひとつは選択性です。プロテアソームは相手をきちっと認識していますが、オートファジーは選択性があまりありません。もうひとつは大きさの違いで、プロテアソームは小さい分解装置ですが、オートファジーは細胞内の大きな範囲、バクテリアとかミトコンドリアでも分解できます。選択性とサイズで大きな違いがあります。

飢餓で動く仕掛け

 オートファジーは、細胞の一部を袋で取り囲んで分解していく方法です。電子顕微鏡で簡単に見ることができます。細胞の胃袋に当たるリソソームが合体して融合すると、中に入っている消化酵素によって袋の中で分解されていきます。このオートファジーは普段も起こっていますが、栄養飢餓状態にすると、特別、活発になります。細胞は栄養がなくなると、自分の中でリサイクルを活発化して、自分の細胞内から栄養を取ろうとするわけです。

 私どもの研究は、オートファジーの仕組みを分子レベルで明らかにする研究と、オートファジーがどういう役割を体の中で果たしているか、の両面から進めています。分野を問わず、徹底的に研究しています。2008年にノーベル化学賞を受賞された下村脩先生のクラゲの緑色蛍光タンパク質(GFP)を使って、オートファゴソームを緑色に見えるようにしました。

 この細胞で実験をしますと、栄養がない培養液に移して飢餓状態にしたら、わずか30 分か1時間のうちに、細胞の中で自分を食べる袋のオートファゴソームができてくるのがわかります。細胞の中に、100個とか200個のオートファゴソームができてきます。私たちの細胞は非常に潔くて、外から栄養が来なければ、自分の細胞の中から栄養を取ろうと決断します。

緑に光るマウス作製

 私は、体の中で起きていることを知りたいと思い、培養細胞の実験とまったく同じことをマウスでやりました。遺伝子組み換えマウスを作って、オートファジーをGFPで光らせました。体のどこでいつオートファジーが起こっているか、一目でわかるようになりました。シャーレの実験だけでなく、マウスの体の実験でできるようになったのです。

 マウスにえさを一晩食べさせなくても、オートファジーが盛んになります。受精卵や急性膵炎などいろんなところで、オートファジーが起きていることもわかりました。私が作ったこのマウスは人気がありまして、既に世界の500以上の研究室に配っています。南極大陸を除く全大陸の研究室で使われており、「全大陸制覇」と言っています。

 オートファジーが本当に大事なことかを調べるため、いろんなノックアウトマウスで実験しました。その結果、オートファジーにはふたつの生理的役割があることがわかりました。ひとつは、分解産物をリサイクルして使うことです。栄養飢餓の時などです。もうひとつ大事なのは、細胞内の浄化、品質管理です。

危機をしのぐ原動力

 まず全身でオートファジーを起こせないマウスは生まれてくると、12時間で死亡してしまいます。このマウスは、血液とか組織とかのアミノ酸が不足していました。誕生の時は、非常に厳しい飢餓に直面します。普通なら、オートファジーで、自分の中で栄養素をつくることができますが、オートファジーができないマウスは栄養素をつくれなくて、早く死んでしまうひとつの理由だと思います。

 卵子が受精した時は、オートファジーが起きます。ほ乳類の場合は、受精してから母親の子宮に着床するまで1 週間程度かかります。その間、どこから栄養を取っているかというと、卵子のタンパク質を分解して栄養を確保しているのです。

 魚や鳥などの卵に比べて、ほ乳類の卵は小さい。それは子宮の壁にくっつけば、お母さんの栄養が取れるからです。しかし、ほ乳類の小さな卵といえども、子宮に着床するまでの1週間は、中で栄養を入れ替えながら過ごしているのです。このような誘導されて起こるオートファジーは、特別な状況の細胞内で起きることがわかりました。

 もうひとつ、細胞内をきれいにするという機能は必ずしも、たくさん起きる必要はなくて、いつも一定の割合で起きていることが大事だろうということわかってきました。それを示すひとつの例が、体は正常だが、神経細胞だけでオートファジーを起こさせないマウスです。遺伝子組み替えでつくりました。このマウスは異常な行動を示しますが、神経が変性していたり、神経細胞の中にごみがたくさんたまっていたりすることがわかりました。

ヒトの病気とも関連

 ヒトで初めてオートファジー遺伝子異常の病気が昨年見つかりました。生まれつき知的運動障害があるSENDA病です。20 歳ぐらいまでは症状があまり進行しません。30歳ぐらいになると、突然が悪化してパーキンソン病のような症状になり、寝たきりになる病気です。横浜市大の才津浩智准教授、松本直通教授、群馬大学の村松一洋助教らと共同研究したところ、オートファジーに関連する遺伝子のひとつに異常があることがわかりました。この細胞の血液細胞を取りますと、オートファジー活性が下がっていました。ヒトのオートファジー遺伝子異常疾患で初めてのケースです。

 細胞の中で入れ替えが起きるのは、タンパク質だけじゃなくて、細胞内小器官のミトコンドリアなどもあります。ミトコンドリアは普段から活性酸素を出します。少しはいいですが、たくさん出すようになると危険なので、その危険な、傷害されたミトコンドリアは、細胞内でいなくなってしまわないといけない。その役割もオートファジーがしていることがわかりました。残念ながら、海外のグループの研究結果です。

面白いことに、ミトコンドリアのオートファジーに必要な遺伝子はパーキンとPINK1です。これらふたつの遺伝子は家族性パーキンソン病の原因遺伝子です。つまり、パーキンとPINK1に変異があると、こういう危険なミトコンドリアが野放し状態になって、それが原因で神経細胞などを傷つけているだろうと考えられています。この仕組みはパーキンソン病の一部に関わるでしょう。活性酸素を出すミトコンドリアがたくさんいるということは、神経細胞死だけじゃなくて、がんの発生などにも重要だろうと考えています。

米国では臨床試験も

 細胞内の浄化作用はヒトの疾患と密接に関連することが考えられます。なぜなら、ヒトの多くの神経疾患、ハンチントン病やアルツハイマー病、パーキンソン病は細胞の中に異常なタンパク質やミトコンドリアが蓄積することが原因か、あるいは、特徴のひとつと言われているからです。

 こういうものを取り除くことができれば、根治と言わなくても、症状の進行を遅らせることができるわけです。私たちだけじゃなくて、世界中の研究者がオートファジーを活性化すれば、発症を遅らせることができるのではないかと考えて研究しています。動物モデルでは効果があることがわかってきました。

 オートファジーとがんの関連も注目されています。一見矛盾するようですが、ひとたびできてしまったがん細胞は、オートファジーを必要とするタイプがあることがわかってきました。オートファジーを阻害することで、がんを抑制できるんじゃないかとみられ、がんに対する臨床試験が米国で進んでいます。使われている薬はヒドロキシクロロキンとかクロロキン(マラリアの薬)など、細胞のリソソームの阻害剤で、難治性のがんには効きそうだと期待されています。

 神経の病気の時はオートファジーを活性化させて、がんの時はオートファジーを阻害するという治療戦略です。いずれも、今ある薬はまだ副作用が強すぎて、オートファジーだけに効きません。もっとオートファジーにだけ効くような薬が必要だろうと思っています。私たちの研究室も含めて、オートファジーの新しい測定法を開発しながら、そういう薬剤のスクリーニングをしています。

日本発で研究が急増

 どうして最近、オートファジー研究が盛んになってきたかを話します。すべての始まりは、ポスドク時代からお世話になった大隅良典先生(現・東京工業大学特任教授)が1991年に酵母でオートファジーを発見したことに尽きます。酵母は非常に単純なモデル生物ですが、この酵母が飢餓状態になると、オートファジーを起こして、飢餓状態をしのいでいることを大隅先生が発見しました。起こっていることは基本的に私たちの細胞と同じことです。

 酵母は遺伝学が簡単です。オートファジーを起こせない変異体が得られて、オートファジーに必要な遺伝子群が一気に取れました。そのころ、私は大隅先生の研究室に参加しました。この遺伝子は、酵母だけでなく、ほぼそっくり、植物やほ乳類にもあることがわかってきました。この間、非常に速くて、5年ぐらいです。ほ乳類だけを研究していたのでは、こういう発展はなかったでしょう。酵母というモデル生物に立ち返って、そこで研究したことによって、ほ乳類に戻って研究できるようになりました。

 今は、オートファジーの分子的な仕組みも、ほ乳類細胞で研究できるようになっています。まだわからないことがたくさんあります。私たちは、オートファジーを合い言葉にして、既存の分野にこだわらず、分野横断的な研究を続けています。当面は、縦割りの分野を絞らずに研究を続けていきたいと思っています。

 オートファジーの論文は2004年ぐらいから急増しています。この研究は日本が非常に活発です。オートファジー関連論文の被引用数は、上位5人のうち3人は日本人、私と大隅先生、大阪大学医学部の吉森保教授です。2人のアメリカ人が入っていますが、原著論文に限れば日本人が上位を独占しています。

講演後も質疑応答

 (ユビチキン・プロテアソームとの役割分担を聞かれて)プロテアソームは目的を持って、いらないものを除去します。オートファジーはかなり大きな容量で細胞の中を入れ替えていくというように違います。分解の量的な寄与は同じくらいだと考えられています。温泉の水をどのようにきれいにするか、によくたとえています。葉っぱが落ちているくらいなら、急いで手で拾って取り除いた方がよい。それがプロテアソームで、俊敏です。オートファジーは寿命が長い細胞でより重要です。神経細胞や肝臓細胞などがその代表例です。

 (橋渡し研究の可能性を聞かれて)橋渡しはオートファジー研究ではまだこれからです。日本の研究が世界を引っ張っていっていますが、非常に基礎的なところに集中していて、臨床の人たちとの連携が十分だったとは言えません。今は、周辺領域の先生方とコンタクトし、橋渡し研究にも入っていかなければ、と思っています。一方で、まだ基礎研究を留守にするわけにはいきません。私たち自身は基礎研究に軸足を置いて、広げることになると思います。

 (研究の当面の課題は)ヒトの組織で、オートファジーが正常かどうか、知る方法がほとんどない。それを知るバイオマーカーなどを入手して、測定法や診断方法の開発をしないといけません。まだほとんどありません。技術というよりも、知恵がありません。根本的なところに問題があります。

 (オートファジーの研究人口を聞かれて)コアにオートファジーをやっている研究者は世界で100人もいないと思います。アメリカは、いろんな分野の人がオートファジーをやっているケースがすごく多い。日本が足らないところです。日本が世界をリードした理由のひとつはオートファジーの基礎を固めていることです。外国の研究者は日本からの発表を基に研究を進めています。日本から出る論文のクオリティーは高いので、外国の人が信用しているということもあります。

講演する水島昇 氏・東京大学 教授
講演する水島昇 氏・東京大学 教授

(ジャーナリスト 小川 明)

東京大学大学院医学系研究科 教授 水島 昇 氏
水島 昇 氏
(みずしま のぼる)

水島 昇(みずしま のぼる)氏のプロフィール
1966年東京都新宿生まれ。武蔵高校卒、91年東京医科歯科大学医学部卒、内科の研修の後、同大学院博士課程を修了して医学博士。日本学術振興会特別研究員を経て、98~2004年、基礎生物学研究所(愛知県岡崎市)の大隅良典教授の研究室でオートファジーに没頭し、ほ乳類、ヒトへ対象を広げた。99~05年にJSTのさきがけ研究員を兼任。04年に東京都臨床医学研究所室長、06年に東京医科歯科大学教授、12年に東京大学大学院医学研究科教授。日本学術振興会賞や井上学術賞、武田医学賞などを受賞。

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