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民間ロケット「カイロス」初号機失敗 宇宙利用“先兵”に厳しい試練

2024.03.14

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 宇宙開発ベンチャー企業「スペースワン」(東京都港区)の小型ロケット「カイロス」初号機が13日、同社の発射場「スペースポート紀伊」(和歌山県串本町)から打ち上げられたが、直後に爆発し失敗した。飛行中断処置が行われたといい、搭載した政府の小型実証衛星は失われた。同社によると負傷者はいない。原因は不明で、飛行データなどを基に今後、解明を進める。日本の民間宇宙利用の“先兵”の一つとして期待されたが、技術の壁を認識する事態となった。

打ち上げられるカイロス初号機=13日午前、和歌山県串本町(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)
打ち上げられるカイロス初号機=13日午前、和歌山県串本町(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)

わずか5秒で爆発、政府の実証衛星喪失

 カイロスは13日午前11時1分12秒に打ち上げられ上昇したものの、わずか約5秒で爆発。機体の破片が落下し火災が発生した。飛行の中断は、搭載した自律飛行安全システムが作動したため。このシステムが機体の状態や飛行に何らかの異常が発生したと判断し、飛行経路や地上の安全確保のために機体を爆破させたとみられる。

 カイロスは3段構成の小型固体燃料ロケットで、全長約18メートル、重さ約23トン。3段燃焼終了後、衛星の軌道投入精度を高めるために作動する液体燃料の推進系「PBS」を搭載している。打ち上げ能力は太陽同期軌道(高度500キロ)に150キロ。

 一方、政府の基幹ロケット「イプシロン」は全長約26メートル、重さ約95トンの3段固体燃料ロケットでPBSを搭載可能。能力はほぼ同じ軌道に590キロ(PBS搭載)。スペースワンにはキヤノン電子、清水建設などと共にIHIエアロスペース(東京都江東区)が出資している。同社はイプシロンをはじめ固体燃料ロケット開発や製造に深く関与してきたことから、一回り小さいものの、カイロスには共通する技術要素が多いとみられる。

 今回成功すれば、民間の独力では国内初の衛星打ち上げになると期待されていた。喪失したのは、政府の情報収集衛星に不測の事態が発生した際に代替となる「短期打ち上げ型小型衛星」の実証機。運用する内閣衛星情報センターによると、開発費と予定されていた運用費を合わせ約30億円だった。

打ち上げ後、間もなく機体が爆発して破片が落下。地上で火災が発生した(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)
打ち上げ後、間もなく機体が爆発して破片が落下。地上で火災が発生した(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)

「失敗という言葉は使わない」

 会見したスペースワンの豊田正和社長は「衛星を託したお客様や皆様の期待に十分お応えできず、深くお詫び申し上げる。打ち上げまで到達したが、ミッション達成が困難と判断し中断した。結果を前向きに捉えて次の挑戦に臨みたい。一刻も早く原因を究明し、再発防止策を明らかにする。小型ロケットにより宇宙サービスの拡大に貢献したく、一層精進していく」とした。

 自律飛行安全システムは飛行中、経路や速度、機体各部の状態、同システム自体が正常かの判断を続ける。いずれかに異常があれば、計画した地域を逸脱しないように飛行を中断して落下する。いわば自爆装置だ。

 政府の基幹ロケットであるイプシロンや、大型の液体燃料ロケット「H3」は、同様の事態となった場合に地上から機体に指令破壊信号を送る。これに対しカイロスには機体が自ら判断する仕組みが備わっている。今回はこれが作動し「機体の破片は全て発射場敷地内に落下し、第三者に損害を与えなかった。安全な飛行中断ができた」(豊田社長)という。

 豊田社長は「失敗という言葉は使わない。一つ一つの試みの中に新しいデータ、経験があり、全てが新しい挑戦の糧だ。ステップを明確にしてどこまで進むかを明確にしていきたい。これは会社の文化だ。諦めず前に進む」と強調した。

見学場所で捉えられた打ち上げの様子。煙が立ち上り、機体の破片が落下している(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)
見学場所で捉えられた打ち上げの様子。煙が立ち上り、機体の破片が落下している(スペースポート紀伊周辺地域協議会提供)

「良さを消さず、素早い立ち直りを」

 小型衛星の開発や利用に詳しい東京大学大学院工学系研究科の中須賀真一教授は「期待していたが残念。しっかり受け止めつつ、しかし前を向かねばならない。(大型ロケット『ファルコン9』により商業打ち上げ市場で台頭する)米スペースX社も、当初は年3、4回と失敗し、めげずに繁栄につなげている」と、カイロスにエールを送る。2号機以降をめぐっては「大事なことは2つ。素早く立ち直り、次の打ち上げにつなげるスピード感を獲得してほしい。また、失敗するとシステムをこってり複雑にし、がんじがらめの安全をやる話になるが、それではカイロスの良さが失われる恐れがある。良さが消されないような修繕が大事だ」と注文をつける。

 今世紀に入り情報通信や地球観測、測位、安全保障をはじめ、多彩な分野で衛星利用が高度化。私たちの日常生活に不可欠の技術となっている。宇宙開発利用では米欧をはじめ世界各国で、政府の支援を背景に民間企業が力をつけている。世界の宇宙産業は2040年に年1兆ドル規模に拡大するとの予測があり、国内でも衛星やロケットの開発、運用などを手がける宇宙ベンチャーが育ちつつある。昨年4月にはアイスペース社(東京都中央区)の月面着陸機が失敗したものの、月面にあと一歩のところまで到達している。

 スペースワンもその一つで、カイロスは近年、利用が活発化している小型衛星を、契約から短期間、かつ低コストで高頻度に打ち上げることを目指し開発された。発射場も同社が自ら整備し、打ち上げまでこぎ着けたことは大きな到達点とみてよい。

 やや気になるのは同社が「失敗と呼ばない」と主張している点だ。前向きに挑戦を続けるマインドとしては心から賛同したいが、目指したのはあくまで、衛星の軌道投入だったはず。衛星を失った顧客からすれば、打ち上げ事業者には、しっかり失敗と位置づけて正対してほしいところだろう。今回は政府衛星で、税金が使われている。

 戦後日本の固体燃料ロケット技術は、糸川英夫氏が主導し1955年に実験に成功した、長さ23センチの「ペンシルロケット」で幕を開けた。現在の宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙科学研究所を軸に、地道に積み重ね、世界最高水準にまで高めた歴史がある。多分にその影響を受けたとみられるカイロスが失敗したことは大変、残念だ。自律飛行安全システムが何らかの原因で過剰に働いた可能性はあるだろうか。今後の原因究明を待ちたい。

 日本のロケットは近年、失敗やトラブルが目立つ。イプシロン最終6号機が2022年10月に打ち上げ失敗。さらに昨年7月には、開発中の改良型「イプシロンS」2段機体の燃焼試験中に爆発が発生した。H3は初号機が昨年3月に失敗した後、先月17日に2号機が成功している。失敗から立ち直る試練は長い目でみれば、強みになると信じたい。カイロスには次こそ、日本の技術の勢いを象徴する飛翔を見せてほしい。

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