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再挑戦実る H3ロケット2号機打ち上げ成功、宇宙開発利用の新エースに

2024.02.19

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 新世代大型ロケット「H3」2号機が17日午前9時22分55秒、鹿児島県の種子島宇宙センターから打ち上げられた。小型衛星2基を所定の軌道に投入、さらに大型衛星に見立てた重りを予定通りに分離し、打ち上げは成功した。2001年から運用中の「H2A」の後継機だが、昨年3月の1号機失敗を受け、対策を講じて臨んだ。地球観測や安全保障、測位、通信など官民の衛星利用は、H2Aが誕生した今世紀初頭から大きく進展している。新エンジンを搭載し、コスト低減を進めたH3が、日本の宇宙開発利用の新たな主軸となる。

打ち上げられるH3ロケット2号機=17日、鹿児島県南種子町の種子島宇宙センター(JAXA提供)

「ようやく産声」「満点」笑顔の開発責任者

 H3は同センターの吉信第2射点から打ち上げられた。約5分後に1段、2段機体を分離した。初号機が実行できなかった2段エンジンの燃焼を11分7秒にわたり正常に行った後、キヤノン電子の衛星「CE-SAT-IE(シーイーサットワンイー)」と、宇宙システム開発利用推進機構などの「TIRSAT(ティーアイアールサット)」を相次ぎ軌道投入。さらに1時間20分あまり慣性飛行した後、2段エンジンに再着火し27秒間燃焼した。打ち上げの1時間48分14秒後、重りを分離した。

 会見した宇宙航空研究開発機構(JAXA)の山川宏理事長は「こんなにうれしい日はなく、ホッとした日もない。日本の宇宙活動の自律性、国際競争力の確保に向けて大きく前進した。非常に大きな一歩となった」と述べた。

 JAXAのH3開発責任者、岡田匡史プロジェクトマネージャは「ようやくH3がオギャーと産声を上げることができた。今日だけの話だが、重い肩の荷が下りた。これからが勝負で、宇宙の軌道から事業の軌道に乗るようしっかり育てていきたい」と笑顔を見せた。点数を問われると「満点です」と胸を張った。

 2号機についてJAXAは事前に、H3開発の検証を目的とし、打ち上げ成功または失敗と明示する発表はしない方針を示していた。結果的に順調に飛行し、ペイロード(衛星などの積み荷)を全て計画通りに運んだことから、会見で成否について念を押された岡田氏は「成功しました」と応じた。

会見で笑顔を見せる三菱重工業の新津真行H3プロジェクトマネージャー(左)と、JAXAの岡田匡史プロジェクトマネージャ=17日、種子島宇宙センター(オンライン取材画面から)

1号機失敗、3つの原因シナリオ全てに対策

 1号機は昨年3月7日に打ち上げられたものの、2段エンジンに着火できず失敗。搭載した地球観測衛星「だいち3号」を喪失した。原因は2段エンジンの電気系統の異常。22年ぶりの新大型ロケットはデビューからつまずき、日本の宇宙開発利用に深刻な打撃となった。

H3ロケット1号機の飛翔。1段エンジンは正常だったが…=昨年3月7日(サイエンスポータル編集部 腰高直樹撮影)

 JAXAや三菱重工業などが原因の究明を進め、異常の発生シナリオを(1)エンジンの着火装置でショートが発生した、(2)着火装置への通電で過電流が発生した、(3)計算機からの指示を受けてエンジン周りのさまざまな制御をする装置の2系統のうち一方で過電流が起き、トラブルに備えたもう一方にまで波及した――の3通りにまで絞り込んだ。昨年10月、文部科学省の宇宙開発利用部会がこうした内容の報告書を決定した。報告書は失敗の背景に、長年使ってきた装置の実績を重視したことや、対策や確認の不足があったとも指摘している。

 政府やJAXAは原因を1つにまで絞り込むのを待たず、H3の早期運用を優先すべきだと判断。2号機では3つのシナリオ全てに再発防止を施した。具体的には(1)着火装置の部品の絶縁や検査の強化、(2)トランジスタに加わる電圧が定格内となるよう部品を選ぶ、(3)原因の可能性がある部品「定電圧ダイオード」はなくても問題ないため、回路から削除する――ことを反映している。

 なお、原因となった疑いがあり共通する要素について、H2Aにも同じ対策を施しており、昨年9月と先月12日に打ち上げが連続成功している。

性能向上と低コスト化の両立目指す

 H3はH2Aと、2020年に運用を終了した強化型「H2B」の後継機。2段式の液体燃料ロケットで、1、2号機の全長は57メートル、衛星を除く重さ422トン。H3の最大能力はH2Bの6トンを上回る、6.5トン以上(静止遷移軌道、赤道での打ち上げに換算)。JAXAと三菱重工業が共同開発し、これまでの開発費は2197億円だ。

 1段エンジンを新開発したほか、宇宙専用部品ではなく自動車などに使われる民生品を多用するといった工夫で、効率化を進めた。H2Aの基本型で約100億円とされる、打ち上げ費用の半減を目指した。性能向上と低コスト化を両立し、政府の衛星のほか近年、大型化が進んだ商業衛星の搭載を可能とした。科学目的の探査機、国際宇宙ステーション(ISS)や建設予定の月周回基地へ向かう物資補給機にも対応する。

CE-SAT-IEの分離を確認し、沸く管制室=17日、種子島宇宙センター(JAXA提供)

 H3はH2A、小型の固体燃料ロケット「イプシロン」とともに、政府の基幹ロケットを構成する。1、2号機は試験機としてJAXAが打ち上げたが、将来的にはH2Aと同様に三菱重工業に移管し、商業打ち上げ市場に投入する。

 政府の宇宙基本計画工程表によると、H3は来年度に地球観測衛星「だいち4号」、防衛通信衛星、準天頂衛星の3回の打ち上げを計画。H2Aは来年度に情報収集衛星、温室効果ガス・水循環観測技術衛星をそれぞれ打ち上げ、退役する。

開発の目玉、1段エンジンは1号機から“成功”

 1号機の失敗後、原因となった2段の電気系統に注目が集まってきたが、H3の開発をおさらいすると、最大の目玉は設計思想を転換した1段エンジン「LE9」だった。このLE9自体は、1号機でも正常に機能し“成功”している。2段エンジンに用いてきた日本独自の燃焼方式「エキスパンダーブリード」を1段に初採用したものだ。H2Aの1段エンジンの「2段燃焼」に比べ、燃費をわずかに犠牲にする代わりに、仕組みを簡素化した。

 どちらの方式も、燃料の液体水素と液体酸素をポンプで加圧して燃焼室に送り、発生したガスをノズルから出すという基本は同じ。2段燃焼では水素をまず副燃焼室で燃やし、そのガスでポンプを動かした後、燃焼室に送り、つまり2段階で燃やす。燃料を無駄なく使い燃費は良いが、制御は極めて複雑だ。

 一方、エキスパンダーブリードではまず、水素を燃焼室の熱で膨張(エキスパンド)させてポンプを動かす。副燃焼室がないので部品数が2割以上減り、コスト削減と信頼性向上が図れる。しかもトラブル時に爆発する心配が、極めて少ないという。ただ、ポンプを動かした水素は燃焼室に送らず、ノズルから出して(ブリード)捨ててしまう。こうして燃費を3%だけ犠牲にするのと引き換えに、制御は容易になる。

LE9エンジン(三菱重工業提供)と、エキスパンダーブリードのおよその仕組み(JAXA、三菱重工業の資料や取材を基に作成)

 H3の開発は2014年にスタート。当初は20年度の打ち上げを目指したが、大詰めに近づいたと思われた20年5月の燃焼試験でLE9の燃焼室に多数の小さな穴が生じるなどし、また22年1月にはタービンに異常な振動が見つかったと発表し、延期を繰り返した。1段エンジンは地上の重力に打ち勝って機体を上昇させるため、2段とは桁違いの能力が必要だ。1号機は打ち上げとしては失敗したものの、LE9が見事に仕事をやり切ったことは本来、特筆に値することだった。

 1号機の打ち上げを現地で取材した筆者は、打ち上げ失敗自体より、1段ではなく、開発要素が少ないはずの2段でつまずいたことが意外で、“狐につままれた”ような心境に陥ったのを覚えている。

失敗受け、大型衛星搭載は見送り

 1号機の失敗を受け、政府やJAXAは2号機の計画を大幅に見直した。

 H3の機体構成には、1段エンジン(LE9)や固体補助ロケットブースターの基数などによるバリエーションがある。変更前の2号機は、1段エンジン3基、ブースターなしという最小構成とし、地球観測衛星「だいち4号」を搭載する計画だった。これを改め、1号機と全く同じ1段エンジン2基、ブースター2基とした。1号機の飛行データを最大限に活用でき、またこの構成が幅広い衛星に対応できるためだ。

 仮に打ち上げに失敗しても大型衛星を再び失わないよう、だいち4号の搭載は見送り、代わりに金属製のダミーの重りにした。一方で、H3の飛行実証という2号機の目的に影響しない範囲で利用の機会を設けることとし、小型衛星2基を“失敗時の補償なし”の条件で無償で相乗りさせた。小型衛星2基とそれらをロケットに載せるための構造物、重り(約2.6トン)を足した重さは、だいち3号(約3トン)とほぼ同じにした。

2段機体の上部に取り付けられた重り(中央の柱状のもの)。左下に小型衛星のCE-SAT-IE、右下にTIRSATも取り付けられている=今月5日、種子島宇宙センター(JAXA提供)

 基幹ロケットでは、イプシロンの最終6号機も2022年10月、打ち上げに失敗。さらに昨年7月には、開発中の改良型「イプシロンS」2段機体の燃焼試験中に爆発が発生している。今回、H3がようやく成功したことで、基幹ロケット開発が立ち直りの端緒をつかんだものと信じたい。

ロケット開発の苦闘、欧米でも

アリアン6の想像図(アリアンスペース社提供)

 大型ロケット開発に苦しむのは、日本だけではない。欧州では、世界の商業打ち上げ市場を牽引(けんいん)してきた「アリアン5」が昨年7月に運用を終了。だが、2020年の初打ち上げを予定していた後継機「アリアン6」が延期を繰り返し、今夏へとずれ込んだという。設計変更やコロナ禍が影響し、エンジンの燃焼試験にも時間がかかるなどしたためだ。

 米国でも「アトラス5」などを運用するユナイテッド・ローンチ・アライアンス社の「バルカン」が、先月8日にようやく初打ち上げを果たした。アトラス5のエンジンはロシア製だが依存脱却を図り、バルカンでは米ブルーオリジン社製を採用したものの、開発に時間がかかった。

 こうしたロケット開発の困難について、岡田氏は「大規模システムを作る作業であり、スケジュールを立てるのが難しい。(H3初打ち上げ)延期の原因となったLE9の開発では、初期の研究段階をもっとしっかりした方がよかったと思う。ただ最初にクリアできず、後から課題が見えてくることもある」と胸の内を明かす。

ロケット不足の世界市場、H3開発は日本の責務

 市場では近年、低コスト化を徹底した米スペースX社の「ファルコン9」が台頭し、2017年には1段機体の再利用も実現。今や圧倒的シェアを占め“商業ロケットの王者”となった。一方、H3をはじめとする日本の基幹ロケットは、ファルコン9とは立ち位置がやや異なることに留意したい。

 安全保障や防災に役立つ衛星を含め、政府の衛星や探査機、宇宙船を、外国に頼らず自国の力で打ち上げることが、基幹ロケットの最重要の役割だ。ただ、その存続のためには、ロケットを高頻度に打ち上げて関連産業を維持する必要があり、官需だけでは足りない。市場=ビジネスに参入し、商業衛星や外国の衛星の打ち上げを積極的に受注することが不可欠だ。コストを低減したH3開発の重要な狙いの一つが、ここにある。

 日本の大型ロケットの打ち上げ成功率は、H2AとH2Bを合わせ約98%と世界トップ級。悪天候以外の理由による延期が少ないことも、有力なアピール材料となってきた。H2Aはこれまでに韓国やカナダ、アラブ首長国連邦(UAE)、英国の衛星や探査機を打ち上げ、世界に信頼を広げつつある。H3はこうした実績を引き継ぎ、地道に成功を重ねていくことが重要だ。

 多数の衛星を連携させる「コンステレーション」をはじめ近年、衛星の利用が飛躍的に進んでいる。にもかかわらず、2022年2月のウクライナ侵攻以降、それまでメジャーな存在だった「ソユーズ」「プロトン」といったロシアの機体が利用できなくなり、世界市場のロケット不足が深刻さを増している。安定して利用できるロケットが切実に求められる中、H3が技術を磨きつつ世界の需要に応えていくことは、科学技術立国・日本の責務である。

H3ロケット2号機の機体上部にはReturn To Flight(リターン・トゥ・フライト、再開飛行)の頭文字「RTF」が貼り付けられた。文字は、一般から寄せられた応援メッセージで埋め尽くされた=先月16日、種子島宇宙センター(JAXA提供)

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