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月面機スリム「ピンポイント着陸」を確認 今後の“復活”へ高まる望み

2024.01.26

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 日本初の月面着陸に成功した実証機「スリム」について、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は25日、当初の目標から約55メートルずれた場所に着陸しており、100メートル級の誤差を目指した世界初の「ピンポイント着陸」を達成していたと発表した。着陸直前に主エンジン1基が異常で停止したものの、機体は自動で姿勢制御を続けた。上空で分離した小型ロボットは、月面でスリムの撮影に成功した。スリムはいったん活動を終えたが、時間が経てば太陽電池に日光が当たり、再起動できる望みがあるという。

小型ロボット「レブ2」が撮影したスリム。姿勢が計画から外れて転倒し、太陽電池を上でなく西(右)に向けて静止している。中央部の横線はノイズ(JAXA、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学提供)
小型ロボット「レブ2」が撮影したスリム。姿勢が計画から外れて転倒し、太陽電池を上でなく西(右)に向けて静止している。中央部の横線はノイズ(JAXA、タカラトミー、ソニーグループ、同志社大学提供)

「新しい探査へ、扉を開いた」

 スリムは20日午前零時20分、世界5カ国目となる月面着陸を達成。ただ機体の太陽電池で発電できず、搭載したバッテリーが消耗したため同3時頃にいったん活動を終えた。活動中に地上で受信したデータを分析した結果、当初の目標地点から約55メートル東に着陸したことが判明。従来の月面着陸機で数キロ以上だった目標の誤差を大幅に下回る、100メートル級のピンポイント着陸に成功したことを確認した。

会見でスリムの模型を示しながら説明する坂井氏=25日、東京都千代田区
会見でスリムの模型を示しながら説明する坂井氏=25日、東京都千代田区

 スリムは降下中の高度約50メートルで、月面の岩などの個々の障害物を自動で避けて着陸するよう作動し始めた。この時点での位置誤差は大きく見積もって10メートル、推定3~4メートルほどだったといい、これを実質的な誤差とみることができる。

 25日、都内で会見した坂井真一郎プロジェクトマネージャは「信じられないほど、大きな飛躍のように思われる。ただわれわれの見込みでは、正常に着陸すれば10回中、7回くらいは10メートルの精度が出ると見込んでいた。3~4メートルなら(見込みより)少しよかったことになる。10メートルで特に驚くことはない」と説明した。

 目標の着陸地点は低緯度の平原「神酒(みき)の海」にある「シオリクレーター」付近の、半径100メートルの円内の傾斜地だった。坂井氏は「安全な場所への着陸が考えられてきた従来なら、考えられないことだ。一方、スリムは100メートルないし10メートルの精度で着陸できた。スポーツ選手が記録を破るとその後、続けざまに(他の選手も)記録が伸びることがあるそうだ。同様にスリムの後、新しい探査をしようと思う人たちが現れるのでは。新しい扉を開いたのかもしれない」と話した。

エンジン故障も、異常対応モードで粘り抜く

高度50メートル付近で撮影した月面。中央に、スリムから脱落した円すい形のエンジンノズルが写っている(JAXA提供)
高度50メートル付近で撮影した月面。中央に、スリムから脱落した円すい形のエンジンノズルが写っている(JAXA提供)

 高度約50メートルで、2基の主エンジンの1基が推力を喪失したことが分かった。航法用カメラが、スリムから脱落したエンジンノズルが月面に落ちている様子を捉えていた。直前まで正常に作動していたことなどから、スリムチームはエンジン以外の何らかの要因が異常を招いたとみて、解明を目指す。

 主エンジン1基だけが作動する状態となったことを、搭載ソフトウェアが検知。すぐに異常対応モードに移行し、機体の位置のずれを抑えるよう姿勢を自動制御しながら降下を続けた。ただ、水平方向の速度や機体の姿勢が計画を外れてしまったため、計画通りに太陽電池のある面を上に向けて静止することはできなかった。

 高度約5メートルで2体の小型ロボット「レブ1」「レブ2」を分離し、いずれも月面で活動した。このうち中央大学などが開発したレブ1は飛び跳ねて月面を移動し、地球との通信にも成功。タカラトミーなどのレブ2は計画通りに変形して移動し、さらに月面のスリムを撮影できた。画像には、スリムが転倒して静止している様子が明確に写っている。レブ1とレブ2により、日本初の月面ロボットが実現した。月面を飛び跳ねる移動、地上の指示によらない自律した動作などが、世界初になったという。

 レブ2の愛称は「ソラキュー」。JAXAが科学技術振興機構(JST)から「イノベーションハブ構築支援事業(太陽系フロンティア開拓による人類の生存圏・活動領域拡大に向けたオープンイノベーションハブ)」を受託し、小型ロボット技術、制御技術について共同で行う契約をタカラトミーと結んで実現。今回の月面でのスリム撮影に結実している。

 スリムが搭載した科学観測用の分光カメラも試験的に動作させ、月面の画像が地上に届いている。

スリムが着陸後、分光カメラで撮影した月面(JAXA提供)
スリムが着陸後、分光カメラで撮影した月面(JAXA提供)

「この成果をカタパルトに、惑星探査拡大へ」

 スリムは独自の「2段階着陸」を実施する計画だった。まず1本の「主脚」で月面に接地し、次に残り4本の足も使い、傾斜地に倒れ込んで静止するもの。しかし主エンジンの異常が引き金となって計画通りに着陸しなかったため、結果的にこの着陸方式は実証に至らなかった。

 月の昼間は、地球の2週間ほどに相当する長さがあり、着陸地点では来月1日の日没まで続く。スリムの太陽電池は西を向いており、今後“昼過ぎ”となり太陽光が西から当たるようになれば発電し、スリムが再起動できる可能性があるという。ただ、仮に太陽電池が機能しても、他の搭載機器が昼の高温に耐えて生き延びているかは、未知数という。

 JAXA宇宙科学研究所の國中均所長は「ピンポイント着陸技術の獲得は大きなステップ。(資源として使える水の氷があるともいわれる)月の極域や、(JAXAの火星衛星探査計画の)MMXでの衛星フォボスへの着陸に応用できる。宇宙研はこの成果をカタパルト(射出装置)にして、惑星探査を拡大させたい」と強調した。

 20日の会見で着陸の点数を問われ「ぎりぎり合格の60点」とした國中氏。5日経ち、一連の状況説明に続いて再び同じ質問を受けると「分光カメラとレブ1、レブ2が動いたので、各1点加算して63点」と応じた。相変わらずの辛口評価だが、この日は安堵(あんど)がうかがえる笑顔もみられた。

 スリムはエンジントラブルにも堪えてピンポイント着陸を実現し、計画の主目的を達成した。小型ロボットも作動し、既に画期的成果を上げたことは疑いない。今後もし太陽電池が復活すれば、分光カメラを本格作動させ、地下のマントルから月面にむき出しになった「かんらん石」の組成が分析できる。月の起源の謎に迫るという、この観測にまで到達できるだろうか。スリム復活の期待がいよいよ、膨らんできた。

会見後、撮影に応じる國中氏(左から2人目)、坂井氏(3人目)と、小型ロボットの担当者ら=25日、東京都千代田区
会見後、撮影に応じる國中氏(左から2人目)、坂井氏(3人目)と、小型ロボットの担当者ら=25日、東京都千代田区

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