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まるで生き物! 合成高分子が自ら穴の中へ 配列読み出しに道開く 東大

2023.08.04

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 化学の世界は似たような片仮名の分子が多いなどして、とかく難しそうだ。が、それらを特有のキャラクターとして捉え、彼らの働きを頭でイメージできるとグッと身近に感じられることがある。そんな具合に、これぞ「まるで生き物みたい!」と驚いた研究成果があるので、ご紹介したい。

 合成高分子を「多孔性金属錯体(MOF)」と呼ばれる材料の小さな穴に通すことで、高分子の単位部品であるモノマーの配列(種類や並び順)を識別することに成功したと、東京大学の研究グループが発表した。モノマーの種類によって、海の生き物のアナゴのように“ひとりでに”穴に入っていくものといかないものがあり、それによって配列を識別できた。研究を進め、合成高分子のモノマー配列の読み出し(シーケンシング)技術として確立すれば、素材開発に役立つほか、将来的には新たな情報記憶メディアの開発につながる可能性もあるという。

研究の概要。高分子のモノマー配列によっては、MOFの穴の中に自ら入っていく。まるで生き物みたいだ(東京大学提供)
研究の概要。高分子のモノマー配列によっては、MOFの穴の中に自ら入っていく。まるで生き物みたいだ(東京大学提供)

生物にヒント得て、いざ実験

 高分子はモノマーが数多く連結した長いひも状の巨大分子。ナイロンやポリエステル、ポリエチレンなど聞き覚えがあるものも多く、衣類や容器、合成ゴム、接着剤、化粧品をはじめ、日常生活をすっかり支えている。これらは人類が生み出した合成高分子。天然高分子にはでんぷんやタンパク質、DNAやRNA、天然ゴム、ダイヤモンドなどがある。

 ポリは「たくさんの」を意味する接頭辞で、例えばモノマー「スチレン」が多数つながった分子が高分子「ポリスチレン」。高分子の集合体の物質が「ポリマー」。ただ、高分子とポリマーを同様の意味として使う向きもあるようだ。

 高分子は一般にひも状だが玉のように絡み合っているため、中のモノマー配列を読み取るのは難しい。一方、生物の細胞内では、タンパク質のリボソームが細長いRNAを小さな穴の中に捉え、モノマー配列である塩基配列、つまり遺伝情報を精密に読み出している。東京大学大学院工学系研究科の細野暢彦准教授(高分子化学)らの研究グループは、こうした生物の営みにヒントを得て、合成高分子のモノマー配列のシーケンシングを夢見て実験に挑んだ。

 合成高分子を通す穴を持つ材料として、着目したのがMOF。金属イオンに有機分子が結合したもので、格子状の骨格が、よくジャングルジムに例えられる。骨格の隙間の小さな穴に、二酸化炭素やメタンなどのガスを閉じ込められるため、優れた吸着剤として注目されている。京都大学の北川進特別教授が1997年に開発した。

ミミズ?アナゴ?「想像できないことが起こる」

 細野准教授らは高分子を通しやすい穴の形を考え、骨格がジャングルジムではなく“ハチの巣トンネル”タイプのMOFを選んだ。原料は鉄イオンと、ペットボトルなどに使われるテレフタル酸。この鉄イオンが、トンネル状の穴の中の壁にポツポツと周期的に配置してある。このMOFは分子を取り込むと格子が変化し、穴が大きくなることが知られている。もし、このMOFが特定のモノマーを穴に取り込み、別のものを取り込まなければ、シーケンシングの道が開けるかもしれない。

実験で使った“ハチの巣トンネル”タイプのMOF。穴の中の壁に鉄イオンが並んでおり、特定の分子を受け入れて穴が大きくなる(東京大学提供)
実験で使った“ハチの巣トンネル”タイプのMOF。穴の中の壁に鉄イオンが並んでおり、特定の分子を受け入れて穴が大きくなる(東京大学提供)

 実験でまず、このMOFに合成樹脂として使われるポリスチレンを取り込ませようとしたが、穴が大きくならず入らなかった。ところが次に、ポリスチレンと構造や組成が実にそっくりだが、特定箇所の炭素原子1個が窒素原子に置き換わったモノマー「4-ビニルピリジン」の高分子で試すと、穴が大きくなり、取り込まれることを発見した。この時、穴の中の鉄イオンと、4-ビニルピリジンの窒素原子がうまく引き合い結合することで、穴が大きくなることが分かった。つまり、このMOFはスチレンを拒み、4-ビニルピリジンは受け入れ、両者を識別しているのだ。

 一体どうやって、高分子がMOFの穴に入っていくのだろう。「ミミズのように這(は)っていくわけではないですよね」と筆者が尋ねると、細野准教授は「いや、ミミズのように這っていきますよ」と応じ、驚かされた。「想像しにくいでしょう。でもそれが起こることが、この研究の一番のホットポイント。われわれは、穴に入っていくのでアナゴだと言うことが多いですが。実際に見てはいないが、イメージは『生き物みたい』です」

 作業はさほど難しくなく、溶液に高分子を溶かしておき、粉末状のMOFを入れ、150度に加熱する。そしてしばらく経つと、4-ビニルピリジンが穴に入っていくという。まるで、鉄イオンが4-ビニルピリジンに「おいでおいで」と手招きしているようだ。

 ここで素朴な疑問。MOFの穴が小さいと高分子が入れないので、窒素原子が鉄イオンに結合できず、穴が大きくならない。となると、最初に高分子はどうやって入っていくのだろう。細野准教授は「それは鶏が先か卵が先かで、実はよく分かっていません。最初に末端のいくつかの分子だけ結合が起こり、穴が開くのかもしれません」と説明する。

モノマーを精密に識別、さらに…

 次に、4-ビニルピリジンにそっくりだが、窒素原子の位置が異なり(構造異性体)、分子構造の中で奥まった所にある「2-ビニルピリジン」の高分子で試した。すると、窒素原子は穴の壁にある鉄イオンから離れていて結合できず、2-ビニルピリジンは穴に入らなかった。結合するか否か、穴が大きくなるか否かは、モノマーの中の窒素原子の位置が鍵を握り、MOFがモノマーを実に精密に識別していることが分かった。

ここまでの実験結果。4-ビニルピリジンの高分子の場合だけ、MOFの穴が大きくなり(large-pore)取り込まれた。窒素原子(N)の位置が鍵を握っている(東京大学提供)
ここまでの実験結果。4-ビニルピリジンの高分子の場合だけ、MOFの穴が大きくなり(large-pore)取り込まれた。窒素原子(N)の位置が鍵を握っている(東京大学提供)

 さらに実験を続けた。先の実験で穴に入らなかったスチレンと、穴に入った4-ビニルピリジンが混在した「コポリマー」(複数種類のモノマーからなる高分子)を使った。これらが不規則につながった「ランダムコポリマー」では、スチレンの割合が高い場合は穴に入らないが、4-ビニルピリジンの割合が50%を超すと、急に穴が大きくなって入った。詳しく調べたところ、鉄イオンが4-ビニルピリジンを認識したためだと分かった。「MOFの穴で合成高分子のモノマー配列が認識できることを、初めて実証した大発見です」と細野准教授。

スチレンと4-ビニルピリジンが混在したランダムコポリマーは、4-ビニルピリジンの割合が50%を超すとMOFの穴に入った(東京大学提供)
スチレンと4-ビニルピリジンが混在したランダムコポリマーは、4-ビニルピリジンの割合が50%を超すとMOFの穴に入った(東京大学提供)

 コポリマーには、ランダムコポリマーのほか、1種類のモノマーでできた「ホモポリマー」が2種類つながった「ブロックコポリマー」がある。これまでは、両者が混ざると識別や分離が難しかった。

ホモポリマーと、2種類のコポリマー(東京大学提供)
ホモポリマーと、2種類のコポリマー(東京大学提供)

 スチレンと4-ビニルピリジンの割合をそろえたランダムコポリマーとブロックコポリマーを用意。これらが混ざった溶液にMOFを加えると、ブロックコポリマーだけが穴に入った。4-ビニルピリジンの割合がわずか20%ほどでも、ブロックコポリマーは穴に入ったが、ランダムコポリマーは入らないという違いが生じ、両者を簡単に分離できた。

 これらの成果は6月21日に国際化学誌「ケム」の電子版に掲載され、東京大学が同22日に発表している。

高分子やMOFの用途に新たな道

 天然高分子であるDNAのシーケンシング技術は普及しているが、合成高分子では難しかった。細野准教授は「合成高分子がMOFの穴に入ることを利用し、高分子の世界で新しいことができそうだ。今回の成果は、合成高分子のモノマーシーケンシングの実現に迫るブレークスルー(突破口)となった」と話す。

 ただ今回の成果は、あらかじめモノマー配列が分かっているものを識別できたという段階。配列が分からないものから配列の情報を取り出せてこそ、モノマーシーケンシングと呼べる。これから研究を進め、多彩なモノマーに対応する必要もある。技術が確立すれば、高分子素材の開発や高純度化、高機能化に利用できそうだ。プラスチックの分別にも役立つ期待があるという。主に吸着剤として研究されてきたMOFの、新たな用途に道を開くことにもなるだろう。

 細野准教授はさらに「配列をピタリと読めれば、情報記憶媒体としても応用できます」と語る。次世代の情報ストレージ技術として、DNAの塩基配列を使う「DNAストレージ」の研究が世界的に進んでいるが、その合成高分子版といえそうだ。「DNAではモノマーを4種類しか使わないが、合成高分子なら100種類超が使え、理論的には圧倒的に情報容量が多くなります。遠い未来かもしれないが、われわれの生活を一変させる情報革新ができると信じています」と力説する。

 安価な衣料の原料であるナイロンやポリエステルが開発されたのが、1940年頃。その後もプラスチックが木材や金属、ガラスに代わって普及するなどして、合成高分子は生活に不可欠になっている。未来の人類は、今のわれわれが思いもしない方法で高分子に頼って暮らすことになるのかもしれない。

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