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重力波望遠鏡「KAGRA」3年ぶりに観測再開 国際共同、実るか感度向上策

2023.05.25

草下健夫 / サイエンスポータル編集部

 宇宙のかなたから届くわずかな空間のゆがみ「重力波」を捉える観測施設「KAGRA(かぐら)」(岐阜県飛騨市)が25日未明、3年ぶりに国際共同観測を再開した。東京大学宇宙線研究所が明らかにした。ブラックホールなどの理解を目指す地下の巨大な望遠鏡だが、感度が足りず重力波をまだ捉えられていない。前回の観測を基に、予想以上に大きかった観測ノイズの原因を洗い出し、改善策を講じてきた。研究チームを率いる同研究所の梶田隆章教授は「来年春には、重力波の兆候を捉える感度を達成したい」と意気込む。

地下に建設された重力波望遠鏡「KAGRA」の俯瞰図。L字型トンネルの1辺は3キロ(東京大学宇宙線研究所提供)
地下に建設された重力波望遠鏡「KAGRA」の俯瞰図。L字型トンネルの1辺は3キロ(東京大学宇宙線研究所提供)

「時空のさざ波」神岡の山中で

 重力波は「時空のさざ波」などと表現される。物体の周りの空間は、その重力でゆがめられている。物体が動くとそのゆがみがさざ波のように、光速で周辺に広がっていくのが重力波だ。アインシュタインの一般相対性理論を基に、1916年に存在が予言された。

 ブラックホールのような重い天体の合体で生じる重力波を捉える試みが続き、2015年、米国の2つの観測施設からなる「LIGO(ライゴ)」が初検出。LIGOチームの3人は2017年、ノーベル物理学賞に輝いた。その後もLIGOと、欧州の「Virgo(バーゴ、ビルゴ)」が連携し、ブラックホール同士の合体や、一部の星の終末の姿である「中性子星」同士の合体、ブラックホールと中性子星の合体で生じた重力波を計90例、捉えてきた。

ブラックホールと中性子星が合体して重力波が発生する現象の概念図(オーストラリア・スウィンバーン工科大学カール・ノックス氏提供)
ブラックホールと中性子星が合体して重力波が発生する現象の概念図(オーストラリア・スウィンバーン工科大学カール・ノックス氏提供)

 重力波が来る方向を特定するには、複数の重力波望遠鏡を使った三角測量が必要。精度を高めるにはLIGOやVirgoに加え、なるべく離れた地域にもう1台が必要とされた。そこで東京大学が中心となり、飛騨市神岡町の山中、地下約200メートルにトンネルを掘り、KAGRAを建設した。1辺3キロのL字型の真ん中から2方向に発射したレーザー光が、それぞれ鏡に反射して戻るまでの時間差を基に、重力波を捉える仕組み。約164億円の建設費をかけ、2019年春に完成した。成果などの論文執筆には8カ国・地域の研究者約150人が参画している。KAGRAのKAは神岡のKA、GRAは重力を意味するGravity(グラビティー)などに由来し、神様に奉納する踊りである神楽も意識したという。

 梶田教授は「重力波の到来方向を調べるため、KAGRAが東アジアにあることが極めて大切だ。国際観測の必要性が長く認識されてきた」と説明する。梶田教授は素粒子ニュートリノの研究で2015年、ノーベル物理学賞を受賞している。

宇宙理解の新たなツール

 天文が好きなら、子供でも天体望遠鏡をのぞいたことがあるだろう。これは「天文学の父」ガリレオが17世紀に始めた可視光観測だが、20世紀に入るとX線や電波などや、さらに天体から飛来するニュートリノを捉える方法でも観測できるようになった。こうしたさまざまな観測手段の特質を持ち寄り、成果を連携させ、宇宙の知見を深める研究分野を「マルチメッセンジャー天文学」と呼ぶ。21世紀の今、新たにこれに加わったのが、KAGRAなどの重力波望遠鏡を使う「重力波天文学」だ。

KAGRAの3年ぶりの観測計画を報道陣に説明する梶田隆章教授=17日、東京都文京区の東京大学
KAGRAの3年ぶりの観測計画を報道陣に説明する梶田隆章教授=17日、東京都文京区の東京大学

 重力波で調べる宇宙の謎として、梶田教授は主に3つを挙げる。(1)金やプラチナなどの重い元素が、中性子星同士の合体を通じて作られることがほぼ分かってきた。さらに観測例を集めて確認したい。(2)実際に観測されるブラックホールは予想より重すぎており、それらがどのように作られるかを調べたい。(3)太陽の8倍以上の重さの星が最後に起こす「超新星爆発」の仕組みは、まだよく分かっていない。中心部で起きる現象について、重力波観測で物質の移動を調べ、ニュートリノ観測で温度を調べ、連携させて理解したい。

「そう簡単な代物ではない」

 KAGRAは完成後、LIGOやVirgoとの共同観測を目指して調整を進め、2020年3月に参加条件の感度を達成した。ところがコロナ禍のため、LIGOとVirgoがKAGRAの参加を待てずに観測を中断。これを受け、KAGRAはドイツの施設と20年4月に共同観測をしたが、やはりコロナで、わずか2週間で打ち切りとなった。この時、KAGRAの感度を妨げるノイズが予想以上に大きいことが判明した。原因を調べ、鏡を支える防振装置の再設置や調整、散乱光の対策、光学系の改善などを進めて感度を向上させ、共同観測の再開に備えてきた。

 共同観測は日本時間25日午前零時に再開した。計画ではKAGRAは、まず1カ月にわたり観測する。ただ現時点では、まだ実際に重力波が見える感度ではないという。1カ月の観測結果を受けた装置の再調整などを経て、来年春に復帰して3カ月間、観測する。この段階で、中性子星の合体による重力波の兆候を捉える感度とするのが目標だ。なお再開当初に観測するのはKAGRAとLIGOで、不具合が見つかったVirgoは当面、調整を続けるという。

 KAGRAの、LIGOやVirgoとの感度の差は現状では大きく、実績を重ねて先行する両者と肩を並べて観測するのは、まだまだ先のようだ。梶田教授は「LIGO、Virgoとも、感度を上げるのに相当に時間を食ってきた。当初思ったような感度を、そう簡単に出せる代物ではない。KAGRAは決して、他に比べて感度向上に長くかかってはいない。頑張るが、KAGRAだけが急速にというのはなかなか難しい」と思いを語る。

「LVK」の期待に応える日を

KAGRAのトンネル内。3キロにわたって直径80センチの真空のダクトが続いている(東京大学宇宙線研究所提供)
KAGRAのトンネル内。3キロにわたって直径80センチの真空のダクトが続いている(東京大学宇宙線研究所提供)

 2027年頃に始まる次の国際観測までにさらに感度を高め、KAGRAにより、重力波の到来方向を捉える精度の向上に貢献することを目指すという。

 KAGRAの建設が節目を迎えた2015年11月、筆者を含む報道陣が坑内を取材した。「本格観測に入れば1年以内にも重力波を捉える」といった期待を聴いた当時に比べると、率直に言って、今は研究者たちの言葉に何だか勢いがない。

 しかし、LIGOやVirgoの文書には「LIGO-Virgo-KAGRA (LVK) Collaboration(コラボレーション=共同研究)」とばっちり記され、もはや大きな期待を背負っている。ビッグサイエンスの達成のためには、困難や当初の見込み違いを必ずしもネガティブに捉えるべきではなく、また時に、改善の過程そのものが当該分野の修練につながる側面もある。アインシュタインが天から神岡に向けて微笑む日を待ちたい。

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