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気温上昇「1.5度」に抑えても海面は最大3メートル上昇 WMO、2000年間上がり続けると危機感

2023.03.01

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 世界が努力目標にしている「産業革命前からの気温上昇1.5度」を達成しても今後2000年間にわたり海面上昇が続いて上昇幅は最大3メートルにもなる――。このように予測する報告書を世界気象機関(WMO)が公表した。気候変動抑制のための国際枠組み「パリ協定」の目標である「2度未満」でも最大約6メートルに達するという。国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は最悪の場合、今世紀末までに1メートル以上上昇すると予測しているが、 WMOの今回の報告書は人類にとっていずれは大幅な海面上昇が避けられないことを示唆する衝撃的な内容だ。

 1メートルの海面上昇でも、低地の島国である「小島嶼(とうしょ)国」にとっては国土存続の危機だ。日本も砂浜の9割以上が失われるとされる。世界各国はそれぞれの国が二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス削減計画に基づいて対策を進めているものの、「1.5度」達成は容易ではないとされる。

 このため温室効果ガス削減対策と同時に、気候変動の影響を極力軽減する「適応策」が極めて重要になっている。WMOの報告書を受け、国連のグテーレス事務総長は安全保障理事会の席上「(海面上昇は)標高の低い世界の沿岸地域に住む9億人近くにとって深刻な状態だ」などと述べ、強い危機感を表明した。

産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えても今後2000年間にわたり海面上昇が続いて上昇幅は約2~3メートルになると予測するWMOの報告書の表紙(WMO提供)
産業革命前からの気温上昇を1.5度に抑えても今後2000年間にわたり海面上昇が続いて上昇幅は約2~3メートルになると予測するWMOの報告書の表紙(WMO提供)

上昇速度は年々加速、氷床や氷河の融解が主な要因

 地球の長い歴史の中では過去何度も大幅な海面上昇が起きているが、ここ数千年は大きな変化はなかったとされてきた。しかしIPCCは、地球の温暖化に伴って海水が膨張したり北極や南極の氷床が溶けたりして上昇率は高まっている、と何度も指摘、警告してきた。

 WMOの「世界的な海面上昇と影響」と題した今回の報告書は、世界の海面は1900年以降、それ以前の少なくとも3000年間より早い速度で上昇しており、沿岸の水位計や衛星による観測結果から1901年から2018年までの間に0.2メートル上昇した、と明記した。

南極域では氷床や氷河、氷山が溶け続けている(Photo by: Gonzalo Bertolotto、WMO提供)
南極域では氷床や氷河、氷山が溶け続けている(Photo by: Gonzalo Bertolotto、WMO提供)

 また、上昇の速度は1901~71年は平均で年1.3ミリだったが、1971~2006年は年1.9ミリになり、さらに2013~22年は年4.5ミリになって年々加速しているとのデータを示し、「少なくとも1971年以降は人為的な影響が海面上昇の主要因である可能性が極めて高い」と指摘している。

 さらに、1971~2018年の海面上昇の要因の半分は温暖化による海水の熱膨張だったが、06~18年は氷床や氷河の融解が主な要因になっている、と指摘した。そして米航空宇宙局(NASA)の研究を引用し、南極の氷床の融解により今後も海面は上昇するリスクが高いとしている。

海面上昇の速度が加速していることを示すグラフ(WMO提供)
海面上昇の速度が加速していることを示すグラフ(WMO提供)

5度上がると最大22メートルにも及ぶと予測

 IPCCが2021年8月に公表した第1作業部会の報告書は、2100年までに気温上昇を「2度未満」に抑えるシナリオ(SSP1-2.6シナリオ)でも2081~2100年には、1995~2014年の平均海面水位より0.32~0.62メートル上昇すると予測した。さらに各国が化石燃料依存から脱却せずに温室効果ガス排出削減対策を進めない最悪シナリオ(SSP5-8.5シナリオ)では、2100年までに0.63~1.01メートルも上昇すると予測した。つまり各国の対策が十分進んでいない現状では、今世紀末には世界の平均海面は1メートル以上も上昇してしまう恐れがあるという予測だ。

今後の温室効果ガスの対策の違いによるシナリオごとに予想される海面上昇(IPCC提供)
今後の温室効果ガスの対策の違いによるシナリオごとに予想される海面上昇(IPCC提供)

 パリ協定は、2015年の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)で採択され、16年に発効した。同協定は、今世紀末の世界の気温上昇を産業革命前と比べて「2度未満」、できれば「1.5度」に抑える目標を掲げた。そして発展途上国を含む全ての国が自主目標を設けて温室効果ガス削減対策に取り組む、と定めている。

 しかし世界の平均気温は既に1度以上上昇している。危機感が高まって2021年秋に開かれたCOP26では、各国が気温上昇を1.5度に抑える努力をすることで合意。「1.5度」が事実上、国際社会が目指す目標になった。

 WMOの報告書は、今後2000年間の海面上昇について、気温上昇幅を1.5度に抑えても約2~3メートル、2度以内でも約2~6メートルに達すると予測。これが5度まで上がってしまうと何と約19~22メートルにも及ぶと予測した。来世紀以降の地球の未来を見通した海面上昇予測は、これまでのIPCC報告書にもなかった衝撃的データだ。

浸水被害の損失資産額は14.2兆米ドルとの試算も

 WMOの報告書は、海面上昇が続いた場合の深刻な影響についても多くのデータを分析して予測。海面上昇は2100年以降も続いて小島嶼国の国土存続のほか、各国沿岸の生態系やそこに住む人々、インフラに深刻な影響をもたらすと強調している。小島嶼国は南太平洋のツバルやインド洋のモルディブなどで、国連が公表している小島嶼開発途上国(SIDS)リストには太平洋、カリブ、アフリカ沿岸地域など38カ国の国連加盟国のほか、非国連加盟国が含まれている。

 そして、0.15メートル海面上昇すると「100年に1度」の規模の大きな浸水被害に遭う人口は、2020年時点より約20%増加し、0.75メートル上昇で20年時点の2倍、1.4メートル上昇では同3倍にも膨れ上がると予測した。温室効果ガスの排出削減に失敗した場合に、浸水被害を受ける地域の損失資産額は8.8~14.2兆米ドルになると試算している。

 昨年11月にエジプトで開かれたCOP27では、海面上昇により最悪国土消失という甚大な被害を受ける小島嶼国を中心とした発展途上国が存在感を示した。

 COP27の大きなテーマは気候変動により途上国に生じた「損失と被害」だった。会議は難航の末、「損失と被害」に対する基金を創設することで合意した。この基金は国土を脅かされるという強い危機感を持った小島嶼国が、約30年も前に先進国が主に排出してきた温室効果ガスによる気候変動被害を補償する制度を求めたことにさかのぼる。

海面上昇により国土消失の恐れがあるインド洋に位置する小島嶼国モルディブ(Photo by:Ahmed Naiil、WMO提供)
海面上昇により国土消失の恐れがあるインド洋に位置する小島嶼国モルディブ(Photo by:Ahmed Naiil、WMO提供)

「地球上の10人に1人が危険」と事務総長

 国連のグテーレス事務総長はWMOの報告書公表を受け、2月14日に開かれた海面上昇の世界的影響に関する安全保障理事会で国際法や人権擁護の国際的枠組みを使って対応する必要性を強調した。

 この中でグテーレス氏はまず、「世界の海面は1900年以降、過去3000年間のどの世紀よりも速い速度で上昇している。バングラデシュ、中国、インド、オランダなどの国は危険にさらされている。標高の低い沿岸地域に住む9億人近くの人々は特に危険で、その人数は地球上の10人に1人に相当する」すると発言した。

 そして「私たちの世界は住みやすい未来に必要な『1.5度』(目標)という温暖化対策の限界を急速に超え、現在の対策では今世紀末までに2.8度上昇してしまう」と述べた。そして各国に温室効果ガス削減対策のための緊急の行動と、海面上昇により甚大な被害を受ける小島嶼国などの発展途上国に対する資金援助を求めている。

 グテーレス氏の説明によると、南極では年間平均1500億トンの氷塊が、グリーンランドでは同2700億トンの氷塊がそれぞれ失われているという。

WMOの報告書を受けて国連・安全保障理事会の討論で発言するグテーレス事務総長(写真中央)(Photo by:Loey Felipe、国連提供)
WMOの報告書を受けて国連・安全保障理事会の討論で発言するグテーレス事務総長(写真中央)(Photo by:Loey Felipe、国連提供)

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