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悪玉脂質をつくる腸内細菌が肥満や高血糖を悪化 理研が仕組み解明、新たな治療に道

2023.01.25

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト

 人間の腸の中には無数の「腸内細菌」がいる。種類や数ははっきりしないが、種類は500~1000、数は40兆とも100兆とも言われる。その総重量は推定で1~2キログラムにもなるという。この細菌は人間が合成できない多様な物質を産生して私たちの健康維持に大きく寄与する一方、細菌のバランスが崩れるとさまざまな病気に影響することが明らかになっている。

 今や腸内細菌は健康を考える上で重要なキーワードだ。腸内環境を整える「腸活」という言葉もよく聞かれる。最近では糖尿病などの生活習慣病につながる肥満や高血糖と関連する腸内細菌の種類なども分かってきたが、これらの細菌がどのような仕組みで健康を悪化させるかはほとんど分かっていなかった。現在多くの国内研究機関がこうした謎の解明に挑戦している。

 理化学研究所(理研)は大学の研究者とも連携してこの分野でも多くの研究成果を上げており、18日、健康に悪影響を与える「悪玉脂質」であるトランス脂肪酸を産生する特定の腸内細菌が肥満を悪化させることを突き止めた、と発表した。この細菌を取り除くことができれば肥満や高血糖の改善が可能で、新しい治療につながる可能性もあるという。

高脂肪食を摂取すると腸内細菌が悪玉脂質(トランス脂肪酸)を過剰産生し、肥満・高血糖を悪化させる仕組みの概念図(理研提供)
高脂肪食を摂取すると腸内細菌が悪玉脂質(トランス脂肪酸)を過剰産生し、肥満・高血糖を悪化させる仕組みの概念図(理研提供)

肥満マウスの腸から単離した細菌に注目

 今回研究成果を発表したのは理研生命医科学研究センター粘膜システム研究チームの大野博司チームリーダーや竹内直志特別研究員(当時、現・客員研究員)らの研究グループ。大野チームリーダーは理研で生活習慣病における腸内細菌の役割を解明する研究を続けてきた。

理研生命医科学研究センターがある理研横浜キャンパス(横浜市鶴見区)の一部(理研生命医科学研究センター提供)
理研生命医科学研究センターがある理研横浜キャンパス(横浜市鶴見区)の一部(理研生命医科学研究センター提供)
大野博司氏(理研生命医科学研究センター提供)
大野博司氏(理研生命医科学研究センター提供)

 研究グループによると、腸内細菌は食事成分の一部を代謝して低分子化合物を産生する。このため食事がもたらす健康や病気と密接に関係している。例えば、肉などに含まれるリン脂質は腸内細菌によって代謝された後に体内に吸収され、動脈硬化を悪化させる物質に変換されることが知られている。

 大野チームリーダーらは、腸内細菌による産生物質に着目することで肥満や高血糖などと腸内細菌を結ぶ新しい仕組みを見つけられると考えた。そして肥満・高血糖の実験マウスから単離された「Fusimonas intestini(FI)」という細菌に注目した。肥満の糖尿病患者と健常人それぞれ34人の便を調べたところ、患者がFI菌を持っている率は健常人よりも約2倍も高く、保菌者のFI菌数は空腹時血糖値や肥満度(BMI)と相関関係を示した。

 また、無菌状態のマウスに大腸菌だけを定着させたマウスと、FI菌と大腸菌の両方を定着させたマウスの両群に通常の食事と高脂肪食をそれぞれ与える実験を行った。その結果、FI菌があるマウスは大腸菌だけのマウスと比べ、高脂肪食を与えた時に体重と脂肪重量が目立って増加して血中コレステロール値が悪化。血糖値も悪化する傾向になることが分かった。

腸内細菌のFI菌があるマウスは、ないマウスと比べて内臓脂肪の重量が増加していた(理研提供)
腸内細菌のFI菌があるマウスは、ないマウスと比べて内臓脂肪の重量が増加していた(理研提供)

 研究グループはさらに、FI菌が多くあるマウスを詳しく調べると、トランス脂肪酸の一種の「エライジン酸」などが増加していたことなども判明した。トランス脂肪酸はLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を増加させて血管などに悪影響を与えることが分かっている。

 大野チームリーダーらはこのほかにも実験を重ねた。そして一連の実験の解析結果から次のような仕組みを明らかにした。「高脂質食を多く摂取すると腸内細菌のFI菌が悪玉脂質を代謝物として産生する。これが腸管の機能(腸管バリア機能)に悪影響を与えて肥満や高血糖という代謝疾患を悪化させる」

歯周病や多発性硬化症を悪化させる仕組みも論文発表

 大野チームリーダーは今回の研究成果に先立って腸内細菌が歯周病や多発性硬化症を悪化させることも明らかにしている。2021年には新潟大学大学院医歯学総合研究科の山崎和久教授(当時)らと共同で肥満による腸内細菌の変化が歯周病を悪化させる仕組みを解明し、同年6月に米国の微生物学会誌に論文を発表している。

 歯周病は細菌感染によって引き起こされる炎症性疾患で、進行すると歯を支える骨が溶けてしまう。30歳以上の成人の約80%がかかっていると言われている。食生活とも関連する生活習慣病の一つとされ、侮れない歯の病気だ。日本臨床歯周病学会によると、口の中には400~700種類の細菌がいて、歯垢1ミリグラムに約10億個もの細菌が住みついているという。

 山崎教授や大野チームリーダーらの研究グループは、肥満になると歯周病が悪化する傾向があることに注目し、その原因の解明研究に挑んだ。実験ではまず、高脂肪食を与えて肥満になったマウスの腸内細菌を普通のマウスに移植した。すると普通のマウスも歯周病が重症化しやすいことが判明。腸内細菌の構成変化が歯周病の悪化に関わっていることも分かった。

 研究グループはまた、肥満マウスの腸内細菌叢(腸内フローラ)ではプリン体を尿酸に分解する「プリン代謝」が盛んに行われていて、その結果、尿酸値が上昇して歯周組織の炎症をひどくしていることを明らかにしている。この研究は歯の病気に腸内細菌が関係していることを初めて示したとして、21年の発表当時に注目を集めた。

 大野チームリーダーはこのほか、腸内細菌が自己免疫性の中枢神経系炎症である多発性硬化症の発症や進行を促進することも明らかにし、20年に英科学誌「ネイチャー」に論文発表している。多発性硬化症の発症原因は十分解明されていないが、この研究は特定の腸内細菌が免疫機構にも悪さをする重要な仕組みを明らかにしている。

特定の腸内細菌の相乗効果により中枢神経系の炎症が増悪させる関係の概念図(理研生命医科学研究センター提供)
特定の腸内細菌の相乗効果により中枢神経系の炎症が増悪させる関係の概念図(理研生命医科学研究センター提供)

多くの研究機関が病気や健康との関係を解明

 理研は腸内細菌や腸内フローラとさまざまな病気との関係をいち早く重点研究分野に設定した。そして健康維持や病気と深い関係がある免疫機構と腸内フローラとの間で、支え合うように相互の制御が行われていることを8年以上前に明らかにしている。細菌と免疫との関係は健康維持や病気予防や治療に重要な要素だ。こうした成果はデータ公開や研究連携を通じて多くの大学などでの関連研究に影響を与えてきた。

 最近の研究成果例では、理研と連携した大阪大学が日本人集団の腸内細菌の詳しいゲノム配列をデータベース化して公開した。この中には海苔や納豆といった日本食特有の遺伝子情報も含まれるなど興味深い発見があった。日本人の腸内細菌と食事、病気との関係を明らかにする今後の研究に寄与する成果だ。

 これに先立って2020年頃には理研の研究グループが腸内細菌のパターンをデータベース化している。約2万人の便のサンプルを集めて解析した大規模研究の結果で、日本人は性別、年齢、生活習慣などの違いにより、パターンは大きく9つに分けられ、地域差もあり、同じものを食べても味付けや生活習慣で腸内細菌は異なってくるという。

 このほか、ここ数年発表された成果を紹介すると、名古屋大学の研究グループは、腸内細菌の増減がパーキンソン病の進行に関わっている可能性があることを明らかにした。また大阪大学と東京工業大学の共同研究グループは、大腸がんの発症に関連する複数の腸内細菌を特定している。

 京都大学の研究グル-プは、腸内細菌がつくる代謝物が糖尿病を予防したり症状を抑えたりする働きがあることを突き止めている。発表時点ではどの細菌かは特定できていなかったが、他の研究機関も同じような研究を進めている。今後の研究の進展によっては国民病である糖尿病を減らすという医療課題の解決に大きく貢献するかもしれない。

腸内細菌叢と免疫系の間の双方向制御の仕組み(理研提供)
腸内細菌叢と免疫系の間の双方向制御の仕組み(理研提供)

 大野チームリーダーは1983年千葉大学医学部卒。臨床経験を経て薬学のほか、免疫学、分子生物学も学び、ドイツ・ケルン大学では遺伝子欠損させたノックアウトマウスをつくる先端技術を会得した。約20年間、腸内細菌の研究を行っている。理研に「免疫・アレルギー科学総合研究センター」ができたころからだ。

 積み重ねた知識や実験スキルを生かし、自ら若手研究者を率いて多くの成果を発表してきた経験から次のように話している。

 「さまざまな病気で腸内細菌の組成が正常な範囲から逸脱していることが明らかになってきたが、それが病気の発症や病態とどのような因果関係にあるかが明らかになった例は少ない。こうした関係について詳細な仕組みを解明するためには(地道な)マウスなどの動物実験が不可欠だ。私たちは1型糖尿病の発症を抑える腸内細菌などを明らかにしているが、今後こうした研究がさらに進めば腸内細菌を人為的に操作することにより、さまざまな病気の発症予防や治療につながる日が来ると期待している」 

厚労省や学会も「腸活」の勧め

 腸内細菌は人間の健康に悪影響を与えるか、健康維持に欠かせないかによって悪玉菌と善玉菌があり、そのどちらとも言えない中間の菌(日和見菌)もある。悪玉菌や善玉菌が人体にどのような影響を及ぼすかは多くの研究でだんだん分かってきた。そして腸内で悪玉菌を減らし、善玉菌を増やすために腸内環境を整える「腸活」の大切さも多くの人が知るようになった。

 厚生労働省も「e-ヘルスネット」などを通じて好ましい食生活や生活習慣を示して腸活を勧めている。臨床、基礎分野を問わずさまざまな学会や生活習慣病に関係する財団、協会も腸内細菌研究や腸活に高い関心を寄せている。2019年6月には「腸内細菌学会」もできた。

 e-ヘルスネットで「腸内細菌と健康」を解説した城西大学薬学部の清水純教授によると、腸内細菌で一番多いのは中間の菌で、次いで善玉菌。悪玉菌は少数だ。少数だが脂質中心の食事や不規則な生活、さらにストレスや便秘などによって増える。ビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌は乳酸や酢酸などをつくり、腸内を酸性にすることで悪玉菌の増殖を抑制する。さらに腸の運動も活発にし、食中毒菌や病原菌による感染の予防や発がん性を持つ物質の産生を抑える腸内環境をつくるという。

 人間は腸の中に数え切れないほどいる細菌と共生している。その共生関係はさまざまな研究で次第に明らかになってきた。清水教授はe-ヘルスネットでの解説の最後に「健康づくりはお腹の中の同居人である腸内細菌の状態をよく知り、仲良くすることが大切だ」と強調している。

厚生労働省の「e-ヘルスネット」の一部(厚生労働省提供)
厚生労働省の「e-ヘルスネット」の一部(厚生労働省提供)

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