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南海トラフ地震の1週間以内に別の巨大地震、最大で「平常時の3600倍起きやすい」 東北大などが試算

2023.01.17

飯田和樹 / ライター

 近い将来に発生する可能性が高いとされる「南海トラフ地震」について、巨大地震発生から1週間以内にさらに別の巨大地震(後発地震)が発生する確率は平時の約100〜3600倍になることが、東北大学、京都大学、東京大学の研究チームの試算で明らかになった。研究チームは「南海トラフ地域は世界の他地域と比べて巨大地震の連続発生確率が大きい可能性があることを示せた」としている。

 南海トラフ地震は、駿河湾から日向灘沖にかけての陸のプレートとその下に沈み込むフィリピン海プレートの境界を震源域として発生する海溝型地震。過去の事例を見ると、概ね100〜150年程度の間隔で繰り返し大規模な地震が発生している。前回の南海トラフ地震(1944年の昭和東南海地震、1946年の昭和南海地震)からすでに80年近くが経過しており、国は今後30年以内の発生確率を70〜80%と予測している。

南海トラフ地震の想定震源域と昭和東南海地震・昭和南海地震の主要震源域(東北大のプレスリリースより)
南海トラフ地震の想定震源域と昭和東南海地震・昭和南海地震の主要震源域(東北大のプレスリリースより)

「半割れ」のケースを想定

 過去、南海トラフ地震の発生の仕方を振り返ると、マグニチュード(M)8級以上の地震が時間差で発生するケースが知られている。たとえば昭和南海地震は昭和東南海地震のおよそ2年後に発生しているほか、1854年の安政南海地震は安政東南海地震のおよそ32時間後に発生している。

1月11日に行われた気象庁の「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の定例会見。中央は平田直会長(東京大名誉教授)。臨時情報が発表されるような異変があった場合は、評価検討会の臨時会見が開かれることになっている(飯田和樹撮影)
1月11日に行われた気象庁の「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の定例会見。中央は平田直会長(東京大名誉教授)。臨時情報が発表されるような異変があった場合は、評価検討会の臨時会見が開かれることになっている(飯田和樹撮影)

 こうした知見を背景に、国は2019年5月から、普段より南海トラフ地震が発生しやすくなったと考えられる場合に「南海トラフ臨時情報(臨時情報)」を発表し、国民に警戒を促す仕組みを導入した。地震が発生しやすくなったと考えられるケースには「M8.0以上の地震が起こった場合(半割れケース)」「M7.0以上8.0未満の地震が起こった場合(一部割れケース)」「異常な地殻変動が観測された場合(ゆっくりすべりケース)」の3ケース。この中でも後発地震が発生する確率が最も高いと考えられているのが、昭和や安政の南海トラフ地震と同じ半割れケースで、このケースで臨時情報が発表されると事前避難を含む防災対応が求められる。

南海トラフ地震臨時情報が発表される3つのケース。今回の試算は一番上の半割れケースを対象に行われた(東北大のプレスリリースより)
南海トラフ地震臨時情報が発表される3つのケース。今回の試算は一番上の半割れケースを対象に行われた(東北大のプレスリリースより)

 しかし、半割れケースの時に、実際にどのぐらい巨大地震が連続発生しやすくなるのかを具体的に計算して確率で示したものはなかった。このため、研究チームは、過去100年超の世界の地震統計データと1361年以降に発生した南海トラフ地震の発生履歴を組み合わせることで、南海トラフ巨大地震が連続発生する確率を算出した。

「地震直後であればあるほど危ない」

 この結果、世界の統計データで計算すると3年以内にM8.0以上の巨大地震が連続発生する確率が5.3〜18%であるのに対し、南海トラフ地域は3年以内に4.3〜96%になることが分かった。この数字をベースに、さらに短い期間の後発地震が発生する確率を計算し、それが平常時に比べてどのくらい巨大地震が起こりやすくなっているかを調べたところ、最初の地震から▽6時間以内=1300〜7万倍▽12時間以内=860〜4万倍▽1日以内=460〜2万1000倍▽3日以内=200〜7900倍▽1週間以内=99〜3600倍▽2週間以内=54〜2000倍▽1カ月以内=28〜910倍▽3年以内=1.3〜29倍――となった。

上段は先発地震からの経過時間ごとの後発地震発生確率。下段は平時に比べてどのくらい確率が上昇しているかを示している(東北大のプレスリリースより)
上段は先発地震からの経過時間ごとの後発地震発生確率。下段は平時に比べてどのくらい確率が上昇しているかを示している(東北大のプレスリリースより)

 この結果について、福島さんは「地震直後であればあるほど危ないということを認識してほしい。とはいえ、先発の巨大地震によってさまざまな混乱が生じていることも考えられるので、先発地震が起こった後に後発地震に備えるのは難しいと思う。だからこそ、事前準備の重要性を訴えたい」と話している。

 今回の研究成果をまとめた論文は科学誌「サイエンティフィック・リポーツ」に10日に掲載された。

不確実性を含む情報を防災に役立てるために

 「普通の地震学者はこういう数字を出そうと考えなかったと思う」

今回の試算を行うに至った経緯について語る東北大学の福島洋准教授
今回の試算を行うに至った経緯について語る東北大学の福島洋准教授

 研究チームの中心となった福島さんはそう語る。にもかかわらず、なぜ、福島さんらはこのような試算に取り組んだのか。

 現在の臨時情報の仕組みが導入される前の2016年末〜2018年2月にかけて、福島さんら東北大学災害科学国際研究所の研究者たちは有志の勉強会を開いて「不確実性を含む地震発生の見通しに関する情報をどのようにしたら社会がうまく活用して防災・減災につなげられるのか」について議論してきた。

 たとえば、南海トラフ地震の東半分で巨大地震が起きた後、西半分で巨大地震が起きる可能性が高くなることは、地震学者にとっては自明の理だ。しかし、発生の規模や日時などが分かるわけではなく、不確実性を含む地震発生の見通しにすぎない。この曖昧な情報を防災に役立てるためにはどのようなことが必要なのかを、時には外部からジャーナリストなどを招いて話を聞くなどして考えてきたという。

実践的な対応計画の作成支援も

 この勉強会はその後、「現象評価研究班」「対応行動体系化班」「社会影響研究班」からなる研究プロジェクトに発展する。プロジェクトの目的は、「地方自治体や企業などの組織向けに臨時情報発表時のための実践的な対応計画の作成を支援する資料(支援パッケージ)」を作ることで、今回の試算もその一環として行われた。

 福島さんは「地震学者や専門知識を持つジャーナリストなどが続発する可能性について持っている相場観を、自治体などで計画を作成する担当者の人たちにもわかりやすく理解してもらうためにこのような数字を算出した」と語る。

 なお、今回の試算も盛り込んだ支援パッケージ(全8章、104ページ)は1月12日から東北大学災害科学国際研究所のホームページで公開されている。

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