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南極で海氷面積の最小記録を更新、極地研など観測 今後の予測は海中データに期待

2022.06.21

茜灯里 / 作家・科学ジャーナリスト

 南極の海氷面積は2月に観測史上最小の212.8万平方キロを記録した、と国立極地研究所などが発表した。これまでの最小記録、2017年3月の約215万平方キロをわずかながら更新した。海氷の増減は今後どうなるか、予測に欠かせない海中データの収集体制が整いつつあり、関係者の期待が高まっている。

 海氷とは、海水が凍結して氷になったものだ。海面のある場所では厚いものが密集しているが、別の場所では薄いものが疎らにしかないなど、一定ではない。そこで、極地研などは海氷の密接度(海面に占める海氷の割合)が15%以上の領域を海氷面積と定義している。

 極地研と宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究チームは、1978年から人工衛星によって北極と南極の海氷面積を観測している。現在は、2012年に打ち上げられた水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W)の観測データを用いて、時間的、空間的変化を解析している。

 2021~22年シーズンは、21年10月頃から徐々に南極海の海氷面積の減少傾向が見られ、2000年代以降としては史上3番目程度の小ささで推移していた。年明け以降も減少傾向は継続し、南極の盛夏にあたる2月20日に年間を通じての最小値を更新した。

1980~2010年までの10年間ごとの平均海氷面積および2011~2022年の各年の南極海における海氷面積の1年間の変動グラフ。2022年は赤色で示されており、2月末(赤丸部分)に衛星観測史上最小になった(極地研/JAXA提供)
1980~2010年までの10年間ごとの平均海氷面積および2011~2022年の各年の南極海における海氷面積の1年間の変動グラフ。2022年は赤色で示されており、2月末(赤丸部分)に衛星観測史上最小になった(極地研/JAXA提供)
1979~2022年の各年の南極海における海氷域面積の最小値の変動。2022年2月末(赤丸部分)に、衛星観測史上最小になった(極地研/JAXA提供)
1979~2022年の各年の南極海における海氷域面積の最小値の変動。2022年2月末(赤丸部分)に、衛星観測史上最小になった(極地研/JAXA提供)

 直近10年間(2012~2021年)の年間最小面積の平均値は290.2万平方キロで、今回記録された最小面積は平均の約73.3%にすぎないという。南極海の海域別に見ると、2022年は2017年同様、ロス海の沿岸部における海氷の後退が顕著だった。

水循環変動観測衛星「しずく」がとらえた南極域での海氷の分布(白色部分、灰色が南極大陸、2022年2月20日)。橙色の線は2000年代の同時期の平均的な海氷縁の分布を示す(極地研/JAXA提供)
水循環変動観測衛星「しずく」がとらえた南極域での海氷の分布(白色部分、灰色が南極大陸、2022年2月20日)。橙色の線は2000年代の同時期の平均的な海氷縁の分布を示す(極地研/JAXA提供)

 南極の海氷の減少は地球温暖化が原因なのだろうか。国立極地研究所の榎本浩之教授(副所長)は「北極の海氷面積減少と比べて、南極の場合は一言で地球温暖化による気候変動のせいとは言えず、今まさに研究者が懸命に分析しています」と話す。

 「北極は過去30年間、地球温暖化の進行とともに海氷面積が減少していると明確に言えて、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)でも『2050年には、海氷が実質的に消失する年を迎える可能性が高い』とレポートしています。対して、南極では温暖化にも関わらず2014年までは海氷面積は増加傾向で、この年を境に急激に減少しています。IPCCでも、急減が長期傾向であるかどうかの見解は、まだできていません」(榎本教授)

 南極では冬季に大陸と同じくらいの面積の海氷が大陸の沿岸に現れる。冬季に海氷が多くできた年は、次の夏の海氷面積もシンクロして多くなる。

 気象の影響でも海氷面積は変化する。夏に嵐があると、海氷が大陸に吹き付けられた部分が減少する。気温が上がって大陸の氷床が溶けた水が海に入ると、その海域では海氷ができにくくなる場合もある。だから、海氷の減少が目立つ海域は、年によってまちまちだという。

 「南極の場合は、大気、海洋、氷床の相互作用を考える必要があります。温暖化が地球全体で起きる中で、南極に影響が現れるのは遅いとされてきましたが、今回の海氷面積の減少が『現れ』を示しているのかもしれません」(榎本教授)

 原因を精査するためには、どのようなブレイクスルーが必要なのだろうか。

 「観測衛星の画像の空間解像度や、解析するコンピューターの性能向上よりも先に、多面的にアプローチした観測データそのものが必要です。衛星の『しずく』が上空から海氷変動をモニターしているので、海中観測の充実が重要です。氷の間に浮かべられるフロート、海底に設置する係留系およびAUV(自律型海中ロボット)などでのデータ収集が期待されます」(榎本教授)

 南極周辺の海中観測は、日本、イギリス、ドイツ、ノルウェーなどがしのぎを削る分野だ。極地研の野木義史教授らの研究グループは2021年3月に、東京大学生産技術研究所附属海中観測実装工学研究センターの巻俊宏准教授らと開発したAUV『MONACA』による海氷裏面の全自動計測に成功しており、今年度中にも南極海の海中観測に投入される見込みだ。

結氷した北海道紋別港で全自動潜航中の自律型海中ロボット「MONACA」(東京大学/極地研提供)
結氷した北海道紋別港で全自動潜航中の自律型海中ロボット「MONACA」(東京大学/極地研提供)

 MONACAは、海氷や棚氷の下に入り込んで、全自動で航行しながら氷の裏面の形状を高精度に計測することができる。障害物を察知すると避けたり、ホバリング(その場で静止)したりすることも可能で、1500メートルの深さまで潜航できる。空からの画像データと海中観測データがそろったとき、南極の海氷研究はさらに進展するはずだ。

 榎本教授は、「現在でも極地研のADS(Arctic Data archive System)にアクセスすれば、専門家でなくても衛星観測データを見ることができる。南極、北極の海氷面積の季節変化や時間変化がわかるので、ぜひ自分で確認してみてほしい。さらに興味があれば、気圧配置や風速といった気象、海象も見ることができるので、自分で原因を考えたり予測したりする一助になる」と力を込める。

 海氷面積の減少のような気温上昇や気候変動の影響と見られる現象は、即座に地球温暖化と結びつけられがちだ。だが、研究者たちは「言い切ることができるのか」「本当にそれだけが原因なのか」と、慎重に真摯にデータと向き合っている。自分でも刻々と変わる衛星測定データを見ることで、我々も地球観測のダイナミックさと解析の難しさを知ることができるだろう。

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