科学記事や番組などで、生き物たちが厳しい自然界を巧みに生きる姿を知るにつけ、感心させられる。今度はごく小さなハチの一種が、自分の子孫を多く残そうと驚くような協力関係を築いていることが明らかになった。周囲で産卵するメスの数と血縁関係に応じてオス・メスを産み分けていることを、明治学院大学などの国際研究グループが発見したのだ。このようなタイプの生物が見つかったのは初めてという。
2%しかオスを産まない?“不可解”なハチ
一般に生物のメスが産む子のオス・メスの割合は、そのメスが最も効率よく自分の子孫を残せるよう進化する。一緒に育ったオスとメスとが交配する生物では、自分の息子同士が配偶相手を得るため競争するのを避けようと、オスを少なく産む。ただし、他のメスと一緒に産卵する場合は他人の息子との競争に備え、オスを多く産む。
ところが、他種のハチのさなぎに寄生する体長1~2ミリのハチ「メリトビア」は、他のメスと一緒に産卵した場合でも、たったの約2%しかオスを産まないことが知られてきた。その理由は全くの謎。他の寄生バチが生物一般と同様、単独だとオスを少なく、一緒に産卵するメスが増えるとオスを多く産むことからして、何とも不可解な存在だ。
なおハチのメスはオス・メスを産み分けられる。受精卵からメス、未受精卵からはオスが生まれる。交尾しなければ必ずオスが生まれる。交尾した場合は精子を体内に蓄え、産卵時に受精させるかどうかを選択し、受精させればメスが生まれる。
最も効率よく子孫を残す方法
謎の解明に挑んだのは、メリトビアの研究を長年続ける明治学院大学教養教育センター付属研究所研究員の安部淳さん(進化生物学)らのグループ。メリトビアが自然環境で他種のハチのさなぎに産卵して、生まれてくる子の性別などを調べた。
その結果、近くのさなぎに移動して産卵したメスは、一緒に産卵するメスの数を問わずほぼメスばかりを産んだ。ここまでは、従来理解されてきたメリトビアの様子と一致。ところが遠くへ飛んで分散すると、一緒に産卵するメスが増えるにつれてオスの割合を高めていることを突き止めた。DNAを調べると、近くで産卵したメス同士は血縁関係があったのに対し、遠くで産卵した場合は他人同士だった。
これまでの研究は自然環境ではなく実験室で行われたため、遠くへ分散するメスがおらず、オスの割合が高くなるケースが生じていなかったのだ。遠くで産卵する時は生物一般と同様に、競争のためオスを多く産んでいると考えられる。一方、近くで産む時には、息子ばかりか親戚のオス同士の競争を避けるため、協力してオスを少なく、メスを多く産んでいるようだ。
分散するかどうかでメス同士の血縁関係が変わることを想定した、数理モデルの解析も行った。今回の観察で得られたオス・メスの産み分けの比率によってこそ、それぞれのメスにとって最も効率よく子孫を残せることを理論的に確認した。
また、実験室内で遠くにいかないメリトビアについて、一緒に産卵するのが姉妹の場合と他人同士の場合とを比べたところ、産まれるオス・メスの割合に差はなかった。このことから、互いのにおいなどでは血縁関係を判断できていないとみられる。遠くへ分散した経験の有無で推定して、子のオス・メスを調節しているのだろう。
ちなみに、寄生されたさなぎは食べつくされて羽化できないという。自然界は厳しい。
生物の社会行動全般の理解も
子のオス・メスを、一緒にいるメスの数とそれらとの血縁関係に応じて産み分ける生物の確認は、世界初という。安部さんは「産卵するのはメスであり、オスは少数いればそのメスたちと交尾できる。だから、親たちがそれぞれメスをたくさん産めば、互いの子孫を効率よく増やせる。しかし他人同士だと、利己的にオスを多く産む。血縁者同士では、互いにウィン・ウィンの関係になるよう行動していることが分かった」と述べている。
研究グループは明治学院大学、理化学研究所、岐阜大学、慶應義塾大学、英オックスフォード大学で構成。成果は「米国科学アカデミー紀要」電子版に日本時間11日に掲載された。
今後は他にも血縁を基に産み分けるハチがいるかどうか、研究を続ける意向。また、メリトビアが遠くに分散したと認識する具体的な方法の解明も目指す。安部さんは「今回の発見はハチの産み分けの理解にとどまらず、生物がどんなときに利己的に、あるいは協力的に振る舞うのかという、社会行動全般の理解に応用できる」との見方も示している。
争ってばかりいないで、協力し合うと自分の利益を最大化できることがある。わずか1~2ミリの昆虫から、私たちが一つ、考えさせられることになった。
関連リンク
- 明治学院大学などプレスリリース「ほとんどオスを産まないハチの謎を解明 母親どうしの協力行動であることが明らかに」