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特別天然記念物のアホウドリ、実は2種あった 鳥島と尖閣で体やくちばしに違い

2020.12.01

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部

 翼を広げると2メートルを超える大型の海鳥のアホウドリ。19世紀末までは数百万羽も生息していたが、羽毛採取のために大量に捕獲されて一時は絶滅したとされた。しかし、1951年に伊豆諸島・鳥島で、71年に尖閣諸島でそれぞれ再発見され、国の特別天然記念物にも指定されて現在では大切な保護鳥だ。

 そのアホウドリは長い間1種類と考えられてきたが、実は2種類あることを形態調査から確認した―。このような研究成果を北海道大学総合博物館准教授の江田真毅さんや山階鳥類研究所(千葉県我孫子市)のメンバーが発表した。

 鳥島と尖閣のアホウドリは、別種である可能性が既に指摘されていたが、今回この2タイプは、体の大きさやくちばしの特徴に違いがあることが確認され、別種であると最終的に結論付けられた。特別天然記念物に指定されるような絶滅危惧種の鳥で、同じ種に見えたが実際は違ったという例は世界で初めてという。

伊豆諸島・鳥島のアホウドリの成鳥(左から鳥島タイプメス、鳥島タイプオス、尖閣タイプメス、尖閣タイプメス)。鳥島タイプは尖閣タイプより全体的に体が大きい(北大と山階鳥類研究所の研究グループ提供、撮影:今野美和協力調査員)

2種24羽の26ポイントを詳しく計測、比較

 山階鳥類研究所によると、アホウドリは5月ごろから10月ごろまでは鳥島や尖閣に滞在しない。この時期は非繁殖期にあたり、ベーリング海やアリューシャン列島、アラスカ沿岸までの北太平洋を、えさを求めて移動する。10月ごろに島に帰り、卵を産み、ヒナを育て、5月ごろには島を旅立つ。

 鳥島と尖閣のアホウドリは、それぞれ異なる系統のミトコンドリアDNAの遺伝子型を持つばかりでなく、巣立ちの時期も違うことなどがこれまでの研究で分かっていた。このため江田さんらアホウドリの研究者は別種の可能性が高いとみていた。しかし、中国が尖閣諸島の領有権を主張していることから2002年以降同諸島での現地調査ができず、別種かどうかの結論は保留になっていた。

 江田さんや山階鳥類研究所のメンバーは今回の調査研究にあたり、尖閣から鳥島に移住してきたアホウドリがいることに注目した。そして、鳥島生まれで標識が付いている鳥(鳥島タイプ)10羽と、尖閣から鳥島に移住してきた標識が付いていない鳥(尖閣タイプ)14羽を捕獲し、くちばしの長さや体重などを26のポイントについて詳しく計測、比較した。

 その結果、鳥島タイプのオスは全長や体重、足首の太さなどで尖閣タイプのオスを上回っていた。くちばしは鳥島の方は太く短く、尖閣の方は細く長い傾向があった。こうした形態的違いが明確になり、研究グループは2地域に生息する両タイプは「約60万年もの長い間、異なる歴史を持つ別種(隠ぺい種)である」と結論付けたのだった。

アホウドリの横顔(左:鳥島タイプオス、右:尖閣タイプオス)。尖閣タイプのくちばしは鳥島タイプに比べて細長い(北大と山階鳥類研究所の研究グループ提供、撮影:今野怜協力調査員)
アホウドリの計測値に基づく主成分分析。尖閣タイプはオス・メスともくちばしが細長い(北大と山階鳥類研究所の研究グループ提供)

 絶滅の危機から救った山階鳥類研の「デコイ作戦」

 アホウドリは現在、推定6000羽以上までに回復している。日本では国内希少野生動植物種、絶滅危惧Ⅱ類に指定されて保全活動が続けられた結果だ。だが、希少な鳥であることには変わりない。

 これからも保全への努力が求められるが、ここまで生息数が回復した背景には山階鳥類研究所などの多くの研究者の努力があった。「アホウドリを絶滅の危機から救った」として有名なのは、同研究所が1990年代に精力的に行った鳥島での「デコイ作戦」と呼ばれる繁殖作戦だ。

 「デコイ」とは鳥の実物大の模型のこと。同研究所のメンバーらは、鳥島内の繁殖地である島の南東側の斜面とは異なる西側の初寝崎の緩斜面に、アホウドリのデコイを数多く設置。アホウドリの音声を流し、あたかも繁殖地のような環境を作ってアホウドリを誘い寄せて新たな繁殖を始めさせようという試みだった。アホウドリは集団で繁殖する習性に着目した作戦だった。

 デコイはリアルに作った木型を元型に繊維強化プラスチックで複製し本物そっくりに着色され、立ち姿、抱卵の型、首を伸ばした求愛ポーズ型の3種類があった。流れる音声も、求愛の誇示行動の際の声と集団繁殖地の鳴き声のにぎやかな音を用意するという手の込みようだった。

 この作戦には繁殖のほかにもう一つの狙いがあった。鳥島は活火山で噴火する恐れがあり、島の南東側の繁殖地が甚大な被害を受ける心配があった。このため、繁殖地を移動させる試みだった。デコイ作戦に参加した関係者の努力により、2006年には鳥島・初寝崎から13羽のヒナがふ化して巣立った。江田さんによると、2016年には新繁殖地で155羽のヒナが確認されている。

 今回、江田さんや山階鳥類研究所のメンバーは、尖閣タイプの鳥を「センカクアホウドリ」と命名することを提案している。そして次のように強調している。「今回の研究は、保全政策立案にあたって、対象種の綿密な生物学調査が重要であるという教訓を改めて示した」「今後は鳥島のアホウドリと尖閣諸島のセンカクアホウドリの独自性を保つ保全政策が重要だ」

鳥島でごみ調査、小笠原諸島は人工飼育、尖閣諸島で調査計画も

 アホウドリの保護・保全は多くの研究者の努力により続けられてきたが、多くの研究者が今、心配しているのは、アホウドリのような海鳥が海洋プラスチックごみをえさと間違って取り込んでしまうことだという。調査した海鳥の約40%にプラスチックごみが蓄積していた、という研究結果を東京農工大学などの研究グループが2018年にまとめている。山階鳥類研究所は鳥島近海で浮遊するごみの調査も行っているという。

 同研究所は2008年から噴火の恐れがない小笠原諸島・聟島(むこじま)を繁殖地にする試みも続けている。同諸島には戦前まで数万羽のアホウドリが生息されていたが、乱獲により1930年代に絶滅した。既に鳥島から移したひなを人工飼育し、何羽も巣立ったことを確認している。

 長い間懸案事項だった尖閣諸島での調査も計画されている。環境省が尖閣での自然環境調査を行う予定で、アホウドリの生息状況を人工衛星で撮影した写真で確認するという。小泉進次郎環境相は10月16日の閣議後会見で「(尖閣諸島で)動植物がどのような状況にあるのか把握することは生物多様性の観点からも大事だ」と述べている。

 これからもアホウドリをめぐる調査研究から目が離せない。

鳥島西側になる初寝崎の緩斜面に設置されたたくさんのデコイと音声スピーカー(山階鳥類研究所のアホウドリ保全関連サイト「アホウドリ 復活への展望」から)

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