サイエンスクリップ

バイオロギングで追跡。海鳥がクラゲで魚獲り

2015.10.30

 昨今、世界各地でクラゲの大発生が報告され、海の生態系への影響が懸念されている。クラゲが大発生することによって、ある海域では現存量の50パーセント以上の動物プランクトンが消費されることもあり、海の食物連鎖のバランスを崩す「悪者」と考えられている。しかし、ベーリング海の東側に生息するクラゲはある生き物の役に立っているようだ。

 総合研究大学院大学・極域科学専攻の佐藤信彦(さとう のぶひこ)氏らを中心とする総研大、国立極地研究所、北海道大学、アラスカ大学フェアバンクス校の共同研究チームは、ハシブトウミガラスという海鳥が、アカクラゲの触手に集まる小魚を頻繁に捕まえており、クラゲを餌取りに利用していることを明らかにした。この発見をもたらした、「バイオロギング(Bio- Logging)」と呼ばれる注目の研究手法とともに紹介しよう。

セント・ジョージ島で繁殖するハシブトウミガラス Uria lomvia。体長約45 センチメートル
写真1.セント・ジョージ島で繁殖するハシブトウミガラス Uria lomvia。体長約45 センチメートル

動物の目線で観察できる「バイオロギング」とは

 佐藤氏は、「今回の発見は偶然だった」と言う。当初、調査の目的は、ベーリング海のセント・ジョージ島に生息するハシブトウミガラスがどのように行動して効率よくエサを捕るのかを観察することだった。だが、観察を続けるうちに、ハシブトウミガラスの視線の先に大型のクラゲが高頻度で現れることに気付き、海鳥とアカクラゲの意外な関係を発見するに至った。佐藤氏は、「これまで想像していなかった結果を得て、海洋生態系についてのわれわれ人間の知見は、氷山の一角なのだと思い知らされた」と話す。

 海鳥の視線を追体験できたのは、「バイオロギング」と呼ばれる研究手法のおかげだ。動物の体にカメラ、加速度計、温度計などのセンサーを取り付け、その動物の行動を観察した。バイオロギングは、1980年代後半に確立された比較的新しい手法で、デジタル技術の進歩とともに機器の小型化、精密化が進み、近年では急速に世界中に普及している。かつて、動物の生態を知る手段は定点観察しかなく、限られた時間と場所での情報しか手に入らなかった。しかしバイオロギングでは、動物に取り付けたカメラによって、まるで動物の上に乗っているような視点で長時間観察できる。この手法により、例えばアホウドリは46日間で地球を1周し、ウェッデルアザラシは1時間近く息を止められるなど、驚くような野生動物の生態が次々と明らかになっている。

 今回用いたビデオセンサーは重量14.5グラムで、マッチ箱よりも小さい。加えて、単4電池ほどの大きさで9グラムのセンサー(深度センサー、加速度センサー、温度センサー)も用いた。これらの軽量センサーで、体が小さく、しかも時速約60キロメートルで飛行する活発な海鳥のバイオロギングに世界で初めて成功した。水道管修理に使われる防水テープでセンサーを鳥の背の羽毛に巻き付け、羽毛をテープでなめしてできるだけ映像に映り込まないように工夫した。だが、子育て中の8羽に取り付けたもののうち、4機は潜水行動を記録することができなかった。センサーは、巣に戻ってきた鳥を再び捕獲したときに回収される。そこでデータを得るまで結果は分からないのだ。

小魚が多くいればいるほど狙う

 ハシブトウミガラスはどのようにして水中で獲物を捕まえるのか。カメラや他のセンサーを取り付けた4羽の映像と、同時に温度センサー、加速度センサー、圧力センサー、振動センサーが取得し記録した2羽分の行動・環境データから、数多くのことが分かった。独特の潜水軌跡(図1)や、約2?3分間の潜水時間。魚だけでなく100回に4回程度の割合でオキアミも捕ること。秒速2メートルのスピードで飛び込み、水深100メートル以上も潜ること(水深20メートル付近は、表層より7℃下がる「変温層」となっていることも今回確かめられた。これまでハシブトウミガラスはこの「変温層」より浅い場所で獲物を捕まえると考えられてきた)。さらに、潜水後、水面に向かう上昇時に獲物を捕まえること(ハシブトウミガラスは、水平に泳ぐ間に捕獲すると考えられてきた)。「水平に泳ぐ間に十分に餌が取れなかった場合、水面に上昇する間も餌取りに利用しているのかもしれない」と佐藤氏は推測する。

図1.ハシブトウミガラスが水中で獲物を捕まえる時の運動データ。加速時センサーや深度センサーによって、底部を水平にまっすぐ泳ぐ独特な軌跡や潜る深さ、羽ばたきの様子などが分かった。
図1.ハシブトウミガラスが水中で獲物を捕まえる時の運動データ。加速時センサーや深度センサーによって、底部を水平にまっすぐ泳ぐ独特な軌跡や潜る深さ、羽ばたきの様子などが分かった。

 そして、5回に1回ほどの割合で、4羽全てがアカクラゲに接近して小魚を捕獲していることが分かり、クラゲの触手付近にいる小魚の数が多いほど、ハシブトウミガラスはその集団を狙うことも分かった。これらはセント・ジョージ島に生息する海鳥にとって日常的な狩りの方法であると考えられる。クラゲの数が増えることで、海鳥にとっては密集している小魚と遭遇するチャンスが増え、エサも捕りやすくなる。クラゲの大発生は、ハシブトウミガラスにはありがたいことなのかもしれない。

ビデオロガーが記録したクラゲと触手に集まる小魚。このクラゲ種(Chrysaora melanaster) は、触手の長さが3メートルに達するほどの大型種。小魚がクラゲの触手付近に集まる理由は、天敵から身を守るためと、触手が捕らえた動物プランクトンを狙うためという2つの可能性が考えられている。このクラゲと小魚間の共生関係に、海鳥が介入していることが明らかになった。
写真2.ビデオロガーが記録したクラゲと触手に集まる小魚。このクラゲ種(Chrysaora melanaster) は、触手の長さが3メートルに達するほどの大型種。小魚がクラゲの触手付近に集まる理由は、天敵から身を守るためと、触手が捕らえた動物プランクトンを狙うためという2つの可能性が考えられている。このクラゲと小魚間の共生関係に、海鳥が介入していることが明らかになった。
クラゲ1匹あたりに集まる魚の匹数(横軸)とハシブトウミガラスが捕獲する確率(縦軸)の関係。黒丸の大きさは、ビデオロガーを装着した4個体で観察された、各イベント数(上:捕獲を挑んだ回数。下:挑まなかった回数)を表す。魚の数が増えるほど、クラゲに挑む確率(図中、赤線)が高くなる結果だった。
図2.クラゲ1匹あたりに集まる魚の匹数(横軸)とハシブトウミガラスが捕獲する確率(縦軸)の関係。黒丸の大きさは、ビデオロガーを装着した4個体で観察された、各イベント数(上:捕獲を挑んだ回数。下:挑まなかった回数)を表す。魚の数が増えるほど、クラゲに挑む確率(図中、赤線)が高くなる結果だった。

人間が思いもよらない生態系の姿がまだまだある

 クラゲが減少することで、海鳥の採餌生態に影響を与え、その繁殖率が低下することも考えられそうだ。佐藤氏は、海鳥とクラゲの意外な関係を知った今回の研究を通して、次のようなメッセージを投げかける。

 「ある特定の種の利益のために天敵の種を駆除することがあるが、生物の相互関係とは、それほど単純なものなのだろうか?今回の結果を機に、もっと広く、他の動物間のことも考えてほしい。人間が生態系に手を加える場合には、綿密な下調べが必要であり、想定し得ないことも考慮しなければならない」

 今後、バイオロギングはますます活用されるだろう。佐藤氏はこの技術のトレンドについて、「単独のデータのみで論ずる研究から、動物の代謝量などの多様なデータを組み合わせ、バイオロギングをひとつのツールとして活用する研究へと、移行するフェーズに来ている」と話す。バイオロギングがさらに進化し新しい形となって、これからも自然界の全貌を知るための試みを応援し、「無知の知」を知る機会を与えてくれることを期待したい。

*写真および図版提供:総合研究大学院大学/国立極地研究所
サイエンスライター 田端萌子

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