「人類が滅亡する最後の日」までの残り時間を1947年から長い間、概念的に示してきた「終末時計」の針が「残り85秒」まで進んだ。この時計を管理運営する米誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」が1月27日、発表した。過去最短だった昨年からさらに4秒縮まり、最短記録を更新した。同誌は大国間競争が加速して気候変動や核戦争による脅威や人工知能(AI)普及に伴うリスクなどが増大していると警告し、リスク軽減のための国際協力が阻害されていると強い懸念を表明した。
終末時計の残り時間は、米国の著名な科学者らで構成する「科学安全保障委員会(SASB)」がノーベル賞受賞者8人を含む別の委員会と過去約1年のさまざまな国際情勢を分析して決める。オンライン記者会見した米国の著名な科学者や同誌関係者は地球規模の課題解決に背を向けるトランプ米大統領や大国の指導者を批判しつつも「時計の針は戻すことができる」とし、国を超えて市民や科学者らが結束して行動することを求めた。

声明で大国間競争を懸念
米誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」は記者会見やプレスリリースで、今年の時刻を決めた要因として、地球温暖化の進行による継続的な気候変動危機や核兵器使用の脅威の増大、AIの急速な進歩がもたらす潜在的なリスクへの対応の遅れなどを挙げ、昨年の「残り89秒」からさらに4秒終末に近づいた理由を説明した。
同誌は会見と同時に「2026年の終末時計声明」を発表した。声明は「1年前に世界は地球規模の惨事に危険なほど近づいており、軌道修正しなければ破滅の可能性が高まると警告した。しかし、ロシア、中国、米国をはじめとする主要国はこの警告に耳を傾けず、むしろ一層攻撃的、敵対的、国家主義的になっている。苦労して得た国際的な理解は崩壊し、勝った者がすべてを取るという大国間競争が加速しており、終末的危険のリスクを軽減するために不可欠な国際協力が損なわれている」と指摘した。
そして「あまりに多くの国の指導者が現状に満足し、無関心になって(人類の)存亡にかかわるリスクを軽減するどころか、むしろ加速させる巧みな言説や政策をとっている。こうした指導者の指導力の欠如から人類滅亡までに、これまでで最短の時刻を設定した」と危機感をあらわにしている。
2026年の時刻を発表した同誌社長兼CEOのアレクサンドラ・ベル氏は「時間は刻一刻と迫っている。厳しい現実ではあるが、これが我々の現実だ。世界はこれまで以上に危機に瀕している」と述べた。

原爆投下50年の年は核の脅威を最重視
筆者が米シカゴ大学で「終末時計」を取材した1995年はドイツ・ベルリンで国連気候変動枠組み条約第1回締約国会議(COP1)が開かれ、国際協力による地球温暖化対策の動きが始まっていたが、終末時計ではこの問題での危機感はまだ希薄だった。同年は広島、長崎への原爆投下から50年ということもあり、「冷戦終えん後も依然続く核の脅威」を重視し、残り時間は「あと14分」だった。当時の同誌編集長は「原爆投下から50年を経過したが地球のどこかで核兵器が再び使われるリスクを想定した」として「残り14分」を設定していた。
1990年代後半は地球温暖化問題が世界の関心事となっていたが、まだ終末時計の針を前進させるほどの危機感はなかった。しかしその後2000年代後半になると、核拡散問題と並ぶ人類存続に対する脅威と捉えられるようになった。10年代に入ると次第に温暖化が関係するとみられる極端な気象による被害が顕在化してきた。
COPなどの国際協調を前提とする国際枠組みによる各国間協議は定期的に開催されたが、先進国を中心に温室効果ガス排出量は増え続けながらも、各国の対策は停滞した。そして世界的に危機感は高まっていった。特に大気や海水の温暖化による極端な気象による被害が拡大し、近年、終末時計もこの問題での危機感を高めていた。

気候変動危機も高まった
「2026年版終末時計」の時刻が発表された同じ1月27日、世界2位の温室効果ガス排出国の米国が地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」から正式に離脱した。トランプ政権が発足直後の1年前に国連に通告し、規定により離脱が確定した。トランプ大統領は気候変動対策を「史上最大の詐欺」と主張し、風力や太陽光発電などの再生可能エネルギー政策を敵視している。 パリ協定の前提となる国連気候変動枠組み条約からも離脱する方針を示し、国際社会では対策の大幅な遅れを懸念する声が高まっている。
今回、声明は気候変動の危機について「大気中の二酸化炭素濃度は産業革命以前の水準の150%に達し、過去最高を記録。2024年の世界平均気温は過去175年間で最も高く、25年も同様の気温になった。温暖な気温に刺激された水循環は一層不規則になり、世界中で洪水や干ばつが頻発し、欧州では、過去4年間で3度目となる6万人を超える熱中症による死者が出た。ブラジル南東部では記録的な大雨で50万人以上が避難を余儀なくされた」と具体的な被害を紹介した。
さらに「各国の、また国際間の対応は、全く不十分で深刻な破壊に向かった。直近3回の国連の気候サミットでは、化石燃料の段階的廃止や二酸化炭素排出量監視は強調されていない。米国ではトランプ政権は再生可能エネルギーと賢明な気候変動政策に事実上宣戦布告し、気候変動対策への各国の努力を容赦なく骨抜きにしている」と批判している。

宇宙軍拡競争やAIのマイナス面も危惧
今年の終末時計の声明は大国間の軍拡競争や急速に普及したAIのマイナス面への危惧も強調している。
声明は「大国間の競争は本格的な軍拡競争に発展しており、中国の核弾頭数などの増加や米国、ロシア、中国の核兵器運搬システムの近代化に象徴される。米国は宇宙配備型の迎撃ミサイルシステムを含む多層ミサイルシステムの配備計画をしており、宇宙軍拡競争をあおる可能性が高い」とし、「新戦略兵器削減条約(新START)が(2月5日失効)なくなり、米ロという二大核保有国間の核抑止努力が終わったことに懸念を示した。
AIについては、大規模言語モデルの高度化に伴う誤情報や偽情報の拡散や、AIの軍事部門への導入、AIで設計される新たな病原体出現による生物学的脅威を挙げた。そして「トランプ政権がAIの安全性に関する以前の大統領令を撤回したが、安全より技術革新を優先する危険な姿勢を反映している」と批判している。
ブレティン誌は、1945年に物理学者アインシュタイン氏や原爆を開発した「マンハッタン計画」を主導した同オッペンハイマー氏らが創設した。終末時計は人類の存亡に関わる問題の解決を呼びかける目的で、47年に「残り7分」で始まった。その後、当時のソ連が米国より早く水爆実験に成功、米国も後を追うなど危機が高まった53年に残り時間は「2分(120秒)」だった。

「針を戻すために結束して行動を」
ブレティン誌は今回、終末時計の時刻公表に合わせ、オンライン記者会見を開いた。
時刻決定に関わったSASB委員長も務める米シカゴ大学教授のダニエル・ホルツ氏は「国家主義的な権威主義的体制の台頭が世界で強まっていることに強い懸念を抱いている。こうした傾向が国際協力を妨げ、脅威を増幅させる要因となり、目の前に迫る存亡の危機に世界が対処できる可能性を低下させる」と述べた。
また、フィリピンのジャーナリストで2021年にノーベル平和賞を受賞した現在米コロンビア大学教授のマリア・レッサ氏は「核兵器の備蓄は拡大し、異常気象の記録は更新され、生物学リスクは増えている。またAIは私たちの統治能力を超える速度で進歩している。これらは国連の持続可能な開発目標(SDGs)のかつての問題に新たに加わった。(SDGsは)今や夢物語になり、状況は(目標設定時より)はるかに悪化している」と指摘した。
そして「(正しい)事実を共有できない限り国境を超えた協力は不可能だ」と述べた。明らかに地球温暖化など科学で立証された「事実」でさえ否定し、自国優先を前面に出すトランプ大統領を意識した発言だった。
同氏はその上で「核兵器は増え軍備管理は崩壊している。AI、感染症の大流行、地球環境といった分野で私たちが生き残るために必要な協力は一層難しくなっているが、(終末時計の)時刻を戻すことは可能だ。今こそ行動の時だ」と訴えた。
同誌のベル氏も「時計の針は過去にも戻ったことがある。世界中の人々が私たちを脅かすリスクに(大国の)指導者が本気で立ち向かうよう求めなければならない」と強調している。
米国は「国際協調や多国間協議より自国優先を前面に出す外交姿勢を鮮明にしている」と語られることが多くなった。その要因は主に地球規模の課題に無関心で国際法秩序を軽視する傾向がある現トランプ政権の方針による。こうした状況の中でも自国の政権に対峙し、再び国際社会の結束を訴えた著名な科学者ら。彼らの厳しい現実を直視しながら悲観的見方では終わらず、人類の英知にかける強いメッセージを感じた。


