大地にそびえる日本最高峰の富士山。その円錐形の美しい姿は周囲の景色とともに四季折々の表情を見せている。世界的に知られ、多くの外国人観光客も訪れる観光メッカだが、過去何度も噴火を繰り返した活火山でもある。その富士山について火山の専門家は「もう300年以上噴火しておらず、いつ噴火しても不思議ではない」と指摘する。
東日本大震災の被害の衝撃があまりに大きく、その後も大地震が相次いだために日本が「地震大国」であるとの認識は広まったが、同じように「火山大国」でもあるとの危機感はそれほど強くない。そうした状況の中で内閣府が8月26日、富士山で大規模噴火が発生した場合の降灰などの被害イメージを伝えるCG動画を公開した。
この動画は、東京などの首都圏が時間の経過とともに降灰被害が甚大化し、都市機能がマヒする様子を鮮明に伝えている。内閣府の担当者は「大規模噴火に備えるきっかけにしてほしい」と呼びかけている。南海トラフ地震や首都直下地震と同じように、富士山噴火も「国難級災害」であることを忘れないようにしたい。

「大きな噴石」など5種類に分類
内閣府の動画は約10分間でナレーションが付いている。噴火の規模は1707年に起き、16日間にわたって断続的に続いた「宝永噴火」と同規模を想定。具体的な被害状況は政府の中央防災会議の「大規模噴火時の広域降灰対策検討ワーキンググループ」(主査・藤井敏嗣東京大学名誉教授)が2020年4月にまとめた報告書などを基に作成された。
「日本は111の火山を有する火山国であり、これまで数多くの火山被害が発生してきた。近年は比較的規模が小さい噴火しか発生していないが、広範囲に影響が及ぶ大規模噴火がいつ起きても不思議ではない。富士山も例外ではない」。公開動画はこうしたナレーションで始まる。そして具体的な想定被害を、噴火によって火口から飛び出す「大きな噴石」、流れ落ちる「溶岩流」「火砕流」「融雪型火山泥流」、そして広範囲に影響を及ぼす「降灰」の5種類に分類した。
このうち、大きな噴石は火口から最大4キロの範囲に飛散するとみられる。2014年の御嶽山(長野県・岐阜県県境)の噴火では約1キロに飛散し、63人が犠牲になっている。溶岩流はマグマが火口から噴出して山の斜面を流れ下り、農耕地や家屋などを焼失させる。想定では神奈川県内にも及ぶ。


融雪型火山泥流は熱によって山の斜面の雪が溶けて大量の水となり、土砂や岩石を巻き込んで広範囲に流れ下る。1926年の十勝岳(北海道)の噴火の時は2つの村が埋没して140人以上が犠牲になったとの記録があり、富士山噴火でも大きな被害が想定されている。
火山灰は直径2ミリ未満の細かい粒子で、鉱物結晶・ガラス粒子などから成り、場合によっては目を傷付けたり、鼻などを通じて健康被害をもたらしたりする。宝永噴火では当時の江戸市中にも大量の降灰が長期にわたり、最遠では房総半島まで降り注いだ。
木造家屋倒壊、水質悪化、物資輸送も困難に
降灰についての動画も、宝永噴火時をモデルケースとした。降灰は時間の経過とともに影響が大きくなる。富士山の火口からの距離を、約25キロ、約60キロ、約100キロに分けて詳しくシミュレーションした。
約25キロ地点では主に直径2ミリを超える火山礫(れき)が降り、より火口に近いところでは直径数センチの噴石が飛来する危険があるという。富士山から約60キロ離れた神奈川県相模原市付近では噴火後間もなく直径2ミリ以下の砂浜の砂のような灰が降り、2日後には約20センチ積もる。また約100キロ離れた東京都新宿区付近では直径0.5ミリ以下の微細な灰が降り、2日後には5センチ以上の厚さになるとした。

降灰による被害については、木造家屋の屋根に30センチ以上積もって雨が降ると火山灰と水分の重みで倒壊する。下水管や雨水管も降灰により詰まって汚水などがあふれ、上水道は原水の水質が悪化し、施設も処理能力が落ちて断水の恐れがあるという。
動画はさらに生活上重要なインフラへの影響も示した。3ミリ以上の降灰があり雨が降ると、碍子(がいし)の絶縁低下による停電の可能性が出る。降灰が微量でも鉄道に影響が出て、3センチ以上になった上に雨が降ると、自動車の走行にも支障をきたす。生活物資の輸送が困難になる状況も示した。
また、降灰被害に伴う安否確認などで通信が集中して通信設備の能力を超えると通じないか通じにくくなるという。このほか、農作物にも甚大な被害が出る可能性が高いという。

「静かな状態は少し異常で必ず噴火する」
富士山の噴火の歴史ははっきりしないことも多いが、「富士山火山防災対策協議会」によると、過去5600年間に約180回の噴火があったという。このうちの96%は小~中規模噴火だったとされる。この中で確かな記録が残る大噴火は864~866年ごろにかけて発生したとされる「貞観噴火」で、広大な樹海(青木ヶ原樹海)ができたとされる。その後の宝永噴火が発生。以降噴火はしていない。
公開動画の基になる報告書をまとめた藤井氏は、富士山の噴火のリスクについて公開動画の中で次のように語っている。「富士山は元々非常に活発な火山で、平均すると30年に1回噴火してきた。それが最近300年以上非常に静かな状態が続いていて、富士山の活動としては少し異常な状態だ。(平均より)10倍以上休んでいる。次の噴火がいつ起きても不思議ではない。富士山は若い活火山なのでかならず噴火する」。日本の火山研究の第一人者の言葉は重い。

富士山噴火のリスクが指摘され、国や自治体も2000年以降対策に大きく動き出していた。00年秋から01年春にかけて富士山の地下で低周波地震が頻発した。この地震はマグマに由来する流体が揺れることにより発生したと分析され、噴火を前提とした防災対策の強化が求められるようになった。
2012年には政府と山梨、静岡、神奈川3県と関係市町村に火山の専門家らを交えた富士山火山防災対策協議会が設立され、対策の検討作業が本格化した。14年には「広域避難計画」を策定。21年には富士山火山防災マップ(ハザードマップ)を改定し、被害想定区域を拡大するなどしてきた。
近年では、同協議会が2023年3月、最新のハザードマップを基に9年ぶりに避難計画を改定し、新たな「富士山火山避難基本計画」をまとめている。溶岩流が24時間以内に到達する地域の住民は原則徒歩避難で、遠方に身を寄せることができる住民は噴火前に自主避難することなどが柱だ。
1都10県、降灰30センチ以上で原則避難
ただ、この避難基本計画は溶岩流や火砕流が襲う恐れがある山梨、静岡、神奈川の3県の住民らが主な対象で「逃げ遅れゼロ」を目指した。降灰による首都圏の広範な被害は想定していない。3県以外の東京都など首都圏住民はどうしたらいいのか。
こうした指摘に応え、内閣府の有識者会議はことし3月、降灰量が「30センチ以上」の場合は「原則避難」とする首都圏の広域降灰対策指針を公表している。微量も含めて降灰する可能性がある福島、栃木両県も含む1都10県が対象だ。
指針は、降灰量に応じて対応を4ランクに分類。降灰量3センチ未満は「ステージ1」、3センチ以上30センチ未満は「2」、「2」と同じ降灰量でも大規模な電力障害など被害が比較的大きくなれば「3」、30センチ以上は「4」とした。「1」「2」は鉄道、電気・ガスなどのライフラインに影響が出るも復旧できる状況を想定。自宅で暮らしを続け、地域内にとどまる。「3」は復旧に長時間かかる可能性がある場合、自宅がある地域外への移動も検討する。
雨が降れば灰の重みが増し、木造家屋が倒壊する恐れなどがあり、命の危険がある降灰量「30センチ以上」の「4」は原則避難だ。車で避難できない状況が考えられるため、高齢者や重病人など歩行が難しい場合は早い段階での避難が必要になる。住民への呼びかけは自治体が行うことを想定し、地域の防災計画づくりにも生かすという。
とはいえ、避難呼びかけのタイミングなどは自治体に委ねられていて、富士山噴火という国難級災害に地域が的確に判断できるか難しい面がある。気象庁などの観測情報を基に、何らかの形で国・政府が関与する必要がありそうだ。

「火山灰警報」「注意報」を導入へ
現在、運用されている火山防災情報には噴火警戒レベルにより出される「噴火警報」や登山者、周辺住民らに警戒を呼びかける「噴火速報」、降灰に関しては「降灰予報」があり、「定時」「速報」「詳細」の3種類がある。
もっとも、降灰予報は最も多い場合でも「1ミリ以上」を想定し、大量の降灰には対応していない。このため、富士山を含む火山で大規模噴火が発生した際の情報発信の在り方を議論する気象庁の有識者検討会は4月、「火山灰警報」導入に向けた報告書をまとめた。
この報告書によると、降灰量の累積が3センチ以上予想される場合に「火山灰警報」(仮称)を、0.1ミリ以上で「火山灰注意報」(同)をそれぞれ市町村ごとに発表する。大規模な噴火に至らない場合でも降灰量によって発表される見通しで、例えば活動が活発な桜島(鹿児島県)の周辺では注意報が出る可能性が高いという。
報告書は降灰量が「30センチ以上」の場合では火山灰警報よりさらに強い警告をする必要があるとし、気象庁などで検討する見込みだ。警報、注意報は市町村単位で発表される見込みで、気象庁は富士山だけでなく全国の活火山を対象に、数年以内の運用開始を目指して準備を進めている。
気象庁の説明では、現行の降灰予報は噴煙の高さなどから火山灰の噴出量を予測し、風力や風向きなどの気象データも加味。スーパーコンピューターを駆使して降灰予想地域や降灰量を発表している。富士山噴火のような巨大、大規模噴火の場合は影響が各段に大きいだけに、噴火の兆候を捉える技術だけでなく、噴火に伴う被害予測の技術向上もより重要になってくる。そのための予算措置も必要だ。

古来の「詠嘆的な無常観」に代わる覚悟を
政府の火山調査研究推進本部・火山調査委員会は昨年9月、日本の111火山の現状を評価した結果を公表した。この中で活動状況などに変化が見られるなどとして岩手山(岩手県)や焼岳(長野、岐阜両県)、桜島(鹿児島県)、八幡平(岩手、秋田両県)、硫黄島(東京都)、薩摩硫黄島(鹿児島県)、口永良部島(同)、諏訪之瀬島(同)の8火山を重点的に監視・評価していくことを決めている。
富士山については「活動は平穏」としてこの中には含まれなかった。噴火が切迫した状況ではなさそうだ。だが、火山活動は火山性微動や低周波地震などから始まって急に活発になることがある。大規模噴火の影響が極端に大きいだけに油断は禁物と言うべきだろう。

日本は世界の7%の火山がある世界有数の火山大国だ。マグマ学が専門で、藤井氏と並んで日本を代表する火山学者の巽好幸・神戸大学海洋底探査センター客員教授は、日本人には古来特有の災害倫理観があると言う。
「日本人は古来自然の恩恵を受けてきた一方で大きな自然災害に見舞われる宿命にあった。そうした経験から特有の災害観ができたが、災害に対して無力さを認めてしまった」。巽氏は約6年前に科学技術振興機構(JST)が主催したシンポジウムでこう語っていた。仏教の「諸行無常」と相まって「詠嘆的な無常観」になったという。
その上でこう強調していた言葉が忘れられない。「(火山大噴火や巨大地震には)無常観に代わる倫理観で対応しなければならない。今こそ(地震・火山大国に住む)覚悟を持つべきだ。その覚悟は諦念ではなく、自然災害に立ち向かう覚悟だ」。富士山噴火についてはプレート境界型の巨大地震のような発生予想確率はない。しかし、いずれは「必ず来る」とされる大規模噴火の被害を最大限低減するための覚悟と備えも求められている。

関連リンク
- 内閣府「富士山の大規模噴火と広域降灰の影響」動画の公表について
- 内閣府CG動画「富士山の大規模噴火と広域降灰の影響(全体版)」

