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プラごみ防止条約、生産規制で対立解けず合意先送り 各国は早期に交渉再開し成立を

2025.08.27

内城喜貴 / 科学ジャーナリスト、共同通信客員論説委員

 プラスチックごみによる世界的な環境汚染を防ぐ国際条約制定を目指す第6回政府間交渉会合(INC6)が、8月5日から15日まで180カ国以上の政府代表らが参加してスイス・ジュネーブで開かれた。しかし、プラスチックの生産規制などを巡り最後まで賛成・反対両派の対立は解けず、合意に至ることなく今後に先送りされた。

 身近で便利なだけに世界的に生産と消費が増える一方のプラチック。だが、環境中に放出すると分解されにくいことから、使い捨て容器などがごみとなって一部が海洋に流出する。このため、問題は国境を超え、気候変動や生物多様性の損失と並んで「3大地球環境問題」とも言われる。

 プラごみ問題は気候変動枠組条約の下の「パリ協定」のような国際枠組みによる解決が必要とされていた。それだけに韓国での会合に続く今回の合意先送りは極めて残念だ。だが、国際社会が一つになって強力な対策を進める必要がある。各国は早期に交渉を再開して実効性あるプラごみ防止条約内容の合意、条約成立に向けた努力が求められる。

スイス・ジュネーブで開かれたINC6の一幕(UNEP提供)
スイス・ジュネーブで開かれたINC6の一幕(UNEP提供)

欧州+島嶼国VS産油国+米中

 防止条約は、深刻化する一途のプラごみ問題を食い止めるために2022年3月に開かれた国連環境総会で策定が決まった。同年11~12月にウルグアイで開かれたINC1以降、廃棄物管理の在り方や生産量の規制など広範な項目で議論を重ねてきた。国連環境総会では24年末までの条約合意を目指していたが、期限となる韓国でのINC5でも生産規制などを巡って意見の隔たりは大きく、会合は合意を断念。先送りされた今回のINC6での条約成立が期待されていた。

 条約策定の事務局的役割を担う国連環境計画(UNEP)によると、INC6には183カ国から1400人を超える政府代表のほか、400以上の環境保護関連団体など1000人以上のオブザーバーが参加した。開幕日の5日にINC6のルイス・バジャス議長(エクアドル)は「(プラごみ汚染は)人類が起こした危機であり、人類の努力と協力で取り組まなければならない」と述べ、会期内での合意に期待を寄せた。

 しかし、UNEPや会合に参加した関係者によると、今回会合の最大の焦点だった生産段階からの規制の在り方を巡っては、早い段階からINC5を引きずった形で折り合わない議論が続いたという。プラごみ規制に積極的な欧州連合(EU)や海洋に流れ出たごみが標着する島嶼(とうしょ)国は、INC5から一致して生産量と消費量の国際的な削減目標を条文に盛り込むことを要求した。一方、プラスチックの原料となる石油を産出するサウジアラビアやロシアなどの産油国は、「廃棄物管理を優先すべき」との立場を今回の会合でも崩さなかった。そして米国や中国も生産規制には反対の意向を示したという。

 バジャス議長は会合終盤になって生産規制に直接言及する条項を削った条文案を提示した。しかし、規制賛成派の反発は激しく、会期を1日延長した15日になっても合意点は見いだせなかった。結局再び合意はまたも先送りされた。会合参加者は今回の結末について「中国のほか、トランプ政権になった米国が規制反対派に回ったことが大きかった」と述べている。

プラスチックの生産規制を巡って激しい議論が続いたINC6の議長席周辺(UNEP提供)
プラスチックの生産規制を巡って激しい議論が続いたINC6の議長席周辺(UNEP提供)

生産規制以外はかなり固まっていた条文

 このように条文案は生産規制を巡る対立から合意に失敗した。このため、会場ではバジャス議長の議事運営に厳しい声も聞かれたという。だが、条文案はプラスチックの不適切な管理による廃棄物(ごみ)を削減するための条項など、生産規制に関する部分以外はかなり固まっていたことが議長案からも分る。成果は一定程度あったのだ。

 議長が15日に提示した条文案は31条から成る。まず第1条で条約の目的を「海洋環境を含む環境と人間の健康をプラスチック汚染から保護する」と明記。第2条の「原則」では「(条約参加の)国家が自国の管轄権または管理下にある活動が他国の環境または管轄権の限界を超える地域に損害を与えない責任」にも言及している。

 また、第4条「プラスチック製品」では条件付きながら、製品の製造や消費を削減する方向を示している。さらに有害化学物質を含むプラスチックの生産削減の必要性にも触れていることも注目される。このほか、プラごみの原因とされる不適切な管理についても細かく規定している。

会合最終場面で提示されたバジャス議長による条約案の前文(UNEP提供)
会合最終場面で提示されたバジャス議長による条約案の前文(UNEP提供)

 UNEPのインガー・アンダーセン事務局長は会合を終えた後「プラスチック汚染は私たちの地下水、土壌、川、海洋、そして私たちの体の中にも存在している」と述べ、UNEPとして引き続きプラごみという人類共通の危機と闘うことを宣言している。

INC6で演説するアンダーセンUNEP事務局長(UNEP提供)
INC6で演説するアンダーセンUNEP事務局長(UNEP提供)

年間610万トンが海などに流出

 プラスチックは安価で軽く丈夫で加工しやすい。1970年代から生産量は先進国を中心に急拡大した。経済協力開発機構(OECD)の報告書などによると、世界の生産量は1950年から2019年の約70年間で年間200万トンから4億6000万トンへと約230倍にも増えた。今後約30年間に世界中で260億トン以上が生産されるとの推計もある。

 問題は生産、消費された製品の多くが不適切な形で環境中に放出されることで、再利用される割合は世界平均で1割未満とされる。2019年の廃棄量(ごみ)は3億5300万トンで20年間に倍増したという。川や海に流れ込むプラごみ量は年間約800万トンとされてきたが、OECDの最新の推計では19年時点で年間610万トン。推計数字は減ったが、いずれにせよたいへんな量だ。50年までにその量は魚の総重量を超えるとの試算もある。

増加傾向が続く世界のプラスチック消費量を示すグラフ(OECD提供)
増加傾向が続く世界のプラスチック消費量を示すグラフ(OECD提供)

健康リスクを示す研究が相次ぐ

 プラごみは漂流中に砕けて微小になる。直径5ミリ以下は「マイクロプラスチック」(MP)と呼ばれる。これを魚やウミガメ、海鳥などの海洋生物がえさと間違って食べると、こうした生物が死んでしまうだけでなく、食物連鎖を通じて人間の健康に悪影響を与える。このようなリスクを示す研究が相次いでいる。

 例えば、イタリアの研究グループが頸(けい)動脈疾患の患者257人の血管にできたプラーク(塊)を切って分析したところ、患者の6割からMPなどの微小なプラスチックが検出されたという。微小プラと疾患との関係ははっきりしないものの、研究論文は2024年3月の米医学誌に掲載され、世界的に反響を呼んだ。

 日本では東京農工大学の高田秀重名誉教授(環境汚染化学)らのグループが長くプラごみが海洋生態系に与える影響調査を続けている。この中で特に製品に含まれる難燃剤や紫外線吸収剤などに添加される化学物質の有害性について再三警鐘を鳴らしている。

海を汚染するプラごみのイメージ画像(UNEP提供)
海を汚染するプラごみのイメージ画像(UNEP提供)

実効性ある国際条約策定は急務

 INC6にオブザーバー参加した環境シンクタンク関係者によると、トランプ米大統領の地球環境問題での国際協調に後ろ向きの姿勢がそのまま米政府の対応に反映し、会合に影を落としていたという。同大統領はバイデン前政権が進めた紙製ストローへの転換を中止する大統領令を出すなど、「プラスチック回帰」を鮮明にしている。

 米国は1人当たりのプラ容器廃棄量が世界で一番多い。米政府の現在の「自国第1主義」は地球環境問題に不可欠の多国間協調体制と相容れない場面が多い。憂慮される事態だ。この廃棄量が2番目に多いのは日本だ。日本は2019年に大阪で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議で議長国として「50年までの海洋プラごみの新たな汚染をゼロにする」との目標策定を先導した経緯がある。

 現地からの報道は、「日本政府は今回、多くの国が参加できる条約にすべきだと訴え、中立的な立場を取りながら調整役としても奔走した」と伝えた。だが、時間的な制約もあり、残念ながら合意に向けて存在感は十分に示せなかったようだ。

 次回のINCの時期や場所は未定だが、実効性ある国際条約策定は急務だ。交渉が再開されても生産規制を巡る対立解消は容易ではないだろう。具体的な規制策は、気候変動枠組条約の下のパリ協定のような形で条約成立後でも盛り込める。

 各国はまず条約をまとめることに努力すべきだろう。同時に各国内でプラごみの海洋流出防止策や代替品の開発、リサイクル率の向上などできる対策は多いはずだ。

使い捨てにされ、環境中に放置されたプラスチック容器類のイメージ画像(UNEP提供)
使い捨てにされ、環境中に放置されたプラスチック容器類のイメージ画像(UNEP提供)

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