石破茂政権が提唱する「防災立国」実現に向け、司令塔と期待される防災庁。その組織概要が明らかになった。防災庁の役割などを検討する政府の有識者会議(防災庁設置準備アドバイザー会議)が6月4日に報告書をまとめて公表した。これを受け石破首相は同6日に防災立国推進閣僚会議を官邸で開催し、2026年度の設置を目指す同庁の組織概要を表明した。

「いつか来る」ではなく、「いつ来るか」
その組織概要によると、現在内閣府の防災担当組織が担う現行体制を一新。防災庁が平時からの「事前防災」や、災害が起きた直後の初動対応から復旧・復興までを一元的に担う。首相直属の専任大臣を置き、他省庁に対する勧告権を付与し、勧告を受けた省庁には勧告を尊重する義務を負わせる。防災の専門人材を採用、育成するなどして防災関連他省庁を調整できる組織を目指すという。
有識者会議の報告書は「災害は『いつか来る』ではなく、『いつ来るか』という意識に切り替える」ことを求めた。活断層型の地震はいつ、どこで起きても不思議ではない。南海トラフ巨大地震や首都直下地震は30年以内にそれぞれ約80%、約70%という高い確率で起きると予測されている。防災庁には防災・減災のための適切な政策立案能力に優れた「目利き人材」をそろえた強い組織づくりが求められる。

「戦略・戦術の再構築が必要だ」と明示
有識者会議の報告書は冒頭、「国民と共に考え、共に備え、共に守る。災害から命を守り抜き安心して暮らせる社会、防災により新たな価値を生み出す未来を創る。そのような社会・未来を実現するのが防災庁である」と“宣言”した。防災・減災対策は政府に大きな責任があるが、全国どこでも起こり得る大地震や大災害の被害を減らすためには、中央政府と自治体、そして地域や民間企業、研究機関が連携することの大切さを強調している。
同会議は福和伸夫・名古屋大学名誉教授や廣井悠・東京大学先端科学技術研究センター教授、喜連川優・情報・システム研究機構機構長ら、防災に関係する広い分野の有識者20人で構成。防災庁に求められる役割と責務を、これまでの大震災や大災害で明らかになった課題を整理する形で体系的に網羅している。
報告書はまず「社会に内在する構造的・制度的な脆弱(ぜいじゃく)性により被害が劇的に拡大する現象を平時のうちに先回りして発見し、産官学が連携して被害を劇的に低減させる抜本的な防災戦略・戦術の再構築が必要だ」と明示した。「再構築」という言葉を使い、現在の国の防災・減災対策や体制では、巨大地震や直下地震には対応できないと間接的ながら指摘した形だ。

「ワンストップ窓口」運営や民間団体との連携強化も要望
「地震大国」「災害大国」と呼ばれる日本。気候変動によるとみられる「極端気象」による、具体的には強い豪雨や強力になった台風などによる被害が増えている。この国の防災は分野別にこれまで内閣府や総務省、国土交通省のほか、厚生労働省、文部科学省、防衛省、警察庁など、既存の多くの省庁が関わってきた。これら既存省庁の役割は防災庁設置後も基本的には変わらない。
そこで、報告書が明記し、政府の防災立国推進閣僚会議が決定したのは防災庁の司令塔機能だ。「あらゆる事態を想定し、起こり得る被害を先読みした防災の基本政策・国家戦略の企画・立案」「徹底的な平時からの事前防災の推進・加速」「災害発生直後の初動体制、被災自治体への迅速な応援体制の構築、過去の災害経験を生かした復旧・復興支援」を柱に据えた。
既存の防災関連省庁はどれも、予算規模や人員が多い大きな組織だ。こうした既存組織を適切に「動かす」ためには強い組織になる必要がある。欠かせないのは山積する課題を解決する政策立案や状況判断力、決断力、そして組織に説得力を持たせることができる「目利き人材」の確保と育成だ。報告書も民間からの人材登用を含めた防災エキスパートの確保・育成や環境整備、処遇改善などの必要性を指摘している。
これまでの大地震や自然災害の被害では、被災地自治体との連携不足から支援が遅れたケースもあった。こうした事態を改善するために、報告書は防災庁に、被災自治体の窓口を集約する「ワンストップ窓口」として現地対策本部を運営することや、地域の民間防災関連団体・ボランティア団体との連携を強化し、地域の防災力の強化を主導する役割を担うことも要望している。

国難級被害を大幅低減するために
「国難級の被害は避けられない」とされる南海トラフ巨大地震の被害想定を検討してきた政府の作業部会は3月31日に「最悪29万8000人が死亡し、経済被害額は最大292兆円に上る」とする報告書を公表している。
その後、土木学会が6月11日、南海トラフ巨大地震の発生後20年余りの経済的被害は推計1466兆円に上るとする報告書を公表。首都直下地震の被害推計も1110兆円に上るとした。災害による税収の落ち込みや復興費用を合せた財政的被害は、南海トラフでは506兆円、首都直下では433兆円に上るという。

いずれの報告書もすさまじい規模の被害だ。これを減らすためには事前防災の徹底しかない。南海トラフ巨大地震では、想定死者の約7割を占める津波による死者は「すぐに避難できる人の割合を想定20%から70%にできれば津波犠牲者を9万4000人に減らせる」とした。
土木学会の報告書も、例えば南海トラフ巨大地震で58兆円以上の対策により、396兆円分の、首都直下地震で21兆円以上の対策で410兆円分のそれぞれ被害を低減できる、としている。
これらの指摘はあくまで推計ではあるが、事前防災の重要性を如実に示している。ただ、例えば死者数低減策の「すぐに避難すれば」の条件を考えてみても「言うは易し行うは難し」だ。高齢化が進み、地域コミュニティの維持が難しくなっている地方は多く、事前防災の徹底のために防災庁の実力が問われる。

防災庁設置は出発点、私たちも「備え」の徹底を
政府は年内をめどに、防災庁の具体的な人員規模を含む組織の詳細を決定し、来年の通常国会で関連法案を提出する方針だ。
昨年9月の自民党総裁選挙で「防災省」新設を主張した石破首相は6月6日の防災立国推進閣僚会議で「人命・人権最優先の『防災立国』の実現に向け、政府全体の司令塔になるのが防災庁だ」と断言した。「人命・人権最優先」としたその言葉は重い。強い指導力を発揮してほしい。
政府の有識者会議の報告書は、最後に「防災庁設置によっても、すぐに全ての課題が解決できるわけではない」とした上で「(新組織)設置は全てが整った『到達点』ではなく、これからの課題解決に向けた『出発点』だ」と強調している。
ただ、大地震はいつ、どこで起きても不思議ではない。事前防災の徹底は「待ったなし」だ。できる対策は速やかに始める必要がある。防災庁設置作業が本格化したのを機会に、政府や全国の自治体、地域の民間団体も、そして私たちも今できる「備え」を徹底したい。
関連リンク
- 内閣官房「防災庁設置準備アドバイザー会議」
- 内閣府報告書「南海トラフ巨大地震 最大クラス地震における被害想定について」
- 土木学会「2024年度国土強靱化定量的脆弱性評価・報告書」