発がん性など健康への影響が懸念される有機フッ素化合物「PFAS(ピーファス)」が全国の河川や地下水などから相次いで検出されており、検出地点付近の住民の不安も高まっている。政府は事態を重視し、環境省を中心に対応策を進めている。同省では現在、PFASに特化した水道水の汚染状況調査を実施中で、専門家会議では水道水の暫定目標値の見直しに向けた議論を始めた。
PFASは人工的に作られた物質で長く身近な製品にも使われてきた。代表的な物質は既に製造と輸入が禁止されているが、自然環境では分解されにくく、過去に廃棄された分が残留している。米国の環境保護局(EPA)が厳しい飲料水基準を設けるなど、欧米では基準厳格化の流れになっている。「安心・安全な水」は国民にとって重要な生活基盤だ。日本でもPFAS汚染状況についての正確な実態把握と客観的なデータに基づく適切な対策が求められている。
自然界に残留する「永遠の化学物質」、国際的な規制進む
環境省によると、PFASは有機フッ素化合物のうちペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物の総称で、英語の「Per-and Polyfluoroalkyl substances」の略称。4730種類以上、定義によっては1万種類以上あるとされる。耐熱、水や油をはじくなどの性質があり、2000年ごろまではフライパンなどのコーティングや食品包装、衣類の防水加工などの身近な製品のほか、半導体や自動車の製造過程にも使われてきた。
PFASの中でも特に使用されてきたのがPFOS(ピーフォス)とPFOA(ピーフォア)の2物質で、PFOSはメッキ処理剤や泡消化剤などに、PFOAは撥水(はっすい)剤や界面活性剤などが主な用途だった。この2物質は難分解性、高蓄積性のほか長距離移動性も高く、北極圏を含めて世界各国で広く残留しているとされる。こうした性質から米国などでは 「永遠の化学物質」とも呼ばれている。
これら代表的PFAS物質について2009年以降、動物実験で肝臓機能や体重減少などの影響のほか、人体に対してもコレステロール値の上昇、発がん性や免疫機構への影響を示す報告が出された。
このため「ストックホルム条約(POPs条約)」による国際的な規制が進み、PFOSは2009年に、PFOAは19年に廃絶される対象物質になった。これを受けて日本では21年までにこれら2物質の輸入や製造が原則禁止された。代替物質のPFHxSも24年6月から同様の禁止物質に追加されている。
日本では政府が2020年に設けた水道水や河川での水質管理上の暫定目標値はPFOSとPFOAという代表的2物質合計で1リットル当たり50ナノグラム(ナノは10億分の1)と定めた。ただ、この基準値を超えた場合に水道事業者らに基準値以下に下げる法的義務はなく努力目標になっている。
16都府県の100地点以上で目標値超え
環境省は3月29日、2022年度の調査で、PFASのうち、PFOSとPFOAが全国16都府県の河川や地下水など111地点で暫定目標値を超えていたと発表した。水質汚濁防止法に基づく調査と全国の自治体による独自の調査を併せての結果で、さまざまな有機化合物や重金属類などの汚染調査の一環だ。
調査対象は38都道府県の1258地点。「代表的2物質合計で1リットル当たり50ナノグラム」という暫定目標値を超えていた16都府県は山形、茨城、埼玉、千葉、東京、神奈川、福井、愛知、三重、京都、大阪、兵庫、奈良、熊本、大分、沖縄。このうち合計の値が最高だった大阪府摂津市の地下水で、1リットル当たり2万1000ナノグラムだった。この値は目標値の約420倍の高濃度になる。
この環境省による公的調査のほか、自治体や市民団体など、さまざまな団体、組織による調査でもPFAS検出の報告が相次いでいる。その一例として規模の大きい水道事業などを対象にした日本水道協会の水道統計によると、2021年度調査の結果、三重県桑名市と岡山県吉備中央町では一時期、国の目標値を上回った。
このほかにも県や市など自治体レベルで目標値超えの調査結果が報告されている。工場や廃棄物処理場、青森県や沖縄県の米軍基地周辺などでの高い値の検出報告が目立っている。こうした個別の検出報告に対して周辺住民が不安や対策を求めるケースが多い。
米EPAは世界一厳しい基準設定し義務化
世界保健機関(WHO)は2022年9月、PFOS、PFOAそれぞれ飲み水1リットル当たり100ナノグラム、全てのPFASで同500ナノグラムとの暫定的な基準値を提案した。
PFASを巡る規制強化は世界の潮流だ。特に米政府は4月に飲み水に含まれる代表的2物質の上限はそれぞれ1リットル当たり4ナノグラムという世界一厳しい基準を設定して国際的に注目された。米国では以前は2物質合わせて70ナノグラムが基準値だったので大幅な強化だ。米EPAの発表では、ヒトの疫学データを基に規制値を検討した結果を受けての措置で、全米の水道事業者に基準値を下回るよう義務化した。
米国内6万カ所以上の公共水道は3年以内に汚染状況のモニタリングを義務付けられ、規制値を超えた場合は5年以内に削減措置を講じる。事業者らの検査・処理体制確立のため各州に10億ドルの資金支援をするという。
米EPAは厳しい飲料水基準を発表する際に「PFASにさらされている1億人の米国人を守るために史上初の全米基準を決めた」と強調。「この最終規則(新基準)によってPFASへの曝露を減らし、数千人の早期死亡と成人のがんや肝臓、腎臓への影響を含む数万人の重い疾患の影響を防ぐ」とし、人間での発がんとの因果関係の立証を待たずに踏み込んだ。EPAのリーガン長官は「バイデン政権はPFASへの取り組みを最優先し、全米のコミュ二ティを守るために投資している」などと自賛している。
ドイツは現在PFOS、PFOAの飲み水基準値はそれぞれ1リットル当たり100ナノグラムだが、昨年法令が改正されて飲料水の基準が厳格化した。28年から4種類のPFAS合計で同20ナノグラムになる。このほか、カナダやオーストラリアなどでも規制強化の方針を明らかにしている。
日本も規制強化を議論
こうした海外の規制強化の流れなどを受け、環境省は7月17日に専門家会議の会合を開いて水道水の暫定目標値の見直しに向けた議論を始めた。現在、代表的2物質のPFOSとPFOAは水道事業者に暫定目標値に沿った水質管理の努力義務を課す「水質管理目標設定項目」に位置付けられている。
環境省関係者によると、今後の議論のポイントは現行の暫定目標値を水道法に基づいて法的拘束力がある水質基準に引き上げるか、また代表的2物質合計で設定している基準値を個別に設定するか、水質基準とした場合の検査体制などだという。
環境省と国土交通省は8月末現在、改めてPFASに特化した水道水の汚染状況調査を実施中だ。この調査は水道の小規模事業者にも対象を拡大した初の大規模調査で、47都道府県の担当者や国が認可する水道事業者などに文書で調査を要請している。調査期限は9月末で、結果は専門家会議での議論にも反映される。
環境省はこのほか、PFOSなど特定のPFASを含む泡消化剤の在庫量調査や、特定の場所での土壌中のPFAS測定調査なども行っている。
発がん性評価で日本は慎重姿勢
PFASは人体には水のほか、魚介類や農作物を介しても消化管から吸収されると考えられている。その後徐々に排せつされるが、例えばPFOSの体内での濃度が半分になるには数年程度かかるとの指摘もある。ただ、PFASが人体に与える詳しい健康への影響はまだ解明されていない。
WHO傘下の国際がん研究機関(IARC)はPFASのうちPFOAについては4段階ある発がん性評価のうち最も高い「発がん性がある」に、PFOSについては4段階の下から2番目の「可能性がある」に分類している。米科学・工学・医学アカデミーも腎臓がんや胎児の成長抑制との関連について「十分な証拠がある」と評価している。
一方、日本国内では健康への影響について今のところ慎重姿勢が目立つ。内閣府の食品安全委員会(山本茂貴委員長)は6月25日にPFASの健康影響に関する初の評価書を決定した。海外の論文などを分析した結果で、PFOSやPFOAと、出生時の体重低下やワクチン接種後の抗体低下との関連については、「否定できない」としつつ、「影響は不明」「証拠は不十分」などとしている。
またPFOAと腎臓がん、精巣がん、乳がんの発がん性との関連については「研究調査結果に一貫性がなく証拠は限定的」、PFOSと乳がんの発がん性との関連については「証拠は不十分」との評価にとどめている。
そして人が1日に摂取する許容量(TDI)は代表的2物質についてそれぞれ体重1キロ当たり20ナノグラムとした。この数値は米国の学術機関の調査研究などを参考にしている。ただ、食品安全委員会は今回の評価結果について「科学的知見が集積してくればTDIを見直す根拠となる可能性はある」と含みを持たせている。
市民団体など血液検査求める
大阪府摂津市の地下水から高濃度のPFASが検出されたことを受け、地域住民らに血液検査を実施した京都大学と市民団体「大阪PFAS汚染と健康を考える会」のグループが8月11日に記者会見して検査結果を公表し、国に公費での血液検査や血液濃度の基準値策定などを求めた。
記者会見での公表によると、大手空調メーカーのダイキン工業は過去、摂津市の淀川製作所を含めてPFOAを取り扱っていた。検査は摂津市など大阪府と兵庫県内の住民のほかダイキンの元従業員ら1190人が対象で、2府県の約30の自治体で実施した。
PFOSやPFOAなど4種類のPFASの血中濃度を米国などが定める指針値と比較した結果、米国の値(1ミリリットル当たり20ナノグラム)を超過した人が約30%いた。米国の指針値の約30倍もの高値を示した元従業員も1人いたという。
会見で京都大学大学院医学研究科の原田浩二准教授は「地域ごとの特徴を把握して、対策していくことが行政に求められている」と述べた。そして「日本では汚染度が高い地域での健康影響調査が乏しい」と指摘。「健康への影響の全体像を捉えるためにはPFAS曝露量が高い集団を含めた調査が必要」と強調している。
血液検査については高濃度のPFAS検出地点周辺の住民や自治体のほか、東京民主医療機関連合会など医療団体や医療関係者らも公費による広範な検査実施を求めている。だが、公費による血液検査については環境省内から「むやみに調査すると不安をあおる」「血中濃度を測っても個人の健康リスクは特定できない」といった声も聞かれる。
対策の基本は信頼できるデータ
対策の基本は客観的、科学的で信頼できるデータだ。環境省が改めて全国の水道水のPFAS調査を実施しているのは正確な汚染実態の把握をして効果的な対策を進めるためだ。ただ、肝心の「PFASの血中濃度と健康影響の関係」についての詳細は分かっていない。幸いまだ深刻な健康被害の報告はなく、国内外を問わず人の健康に与える科学、医学的データが十分得られていないためだ。
このため環境省は北海道大学や兵庫医科大学、国立医薬品食品衛生研究所(国立衛研)をそれぞれ中心とした各研究グループに委託して健康影響研究を6月に開始した。北大ではPFASの血中濃度などから発育や脂質代謝への影響を調査。兵庫医科大では動物実験や細胞実験で免疫機構への影響などを、また国立衛研では遺伝子解析の手法で毒性のメカニズムなどをそれぞれ調べるという。
ただこれらの研究期間は3年だ。健康への影響が顕在化して被害が広がる事態は絶対に避けなければならない。実際に被害が出てからでは手遅れになる。京大の原田准教授は「健康影響リスクが起きないよう対策すること、あるいはリスクを早く見つけて対処するといったリスク予防が大切だ」と強調している。
政府部内には広範な血液検査実施については依然慎重派が少なくないが、血液検査を求める要請は強まっている。環境省関係者によると、現在毎年3カ所で試験的に実施しているPFASを含む化学物質の血中濃度調査を全国規模に拡大する方向で検討しているという。
「予防原則」に立って対策を
「PFAS対策」といってもさまざまだ。健康被害リスク予防のための規制基準強化のほか、場合によっては水源の切り替えも検討対象になる。活性炭などに吸着させて除去する方法は既に何カ所かで実証実験が行われている。将来「除染」が必要と判断された場合は有力な方法になる。規制の強化の考え方に関しては動物実験データも重視した米国の例が参考になるだろう。
米政府はバイデン政権になってからPFASの規制強化を柱に水質環境対策に力を入れ、巨額の予算措置を講じてきた。PFAS汚染に対するこうした積極政策の背景には、健康影響・被害との因果関係が詳しく立証されるのを待つことなく、被害が拡大する前に適切な対策を講じる「予防原則」の考え方がある。1990年ごろから米国や欧州で取り入れてきた概念だ。
日本の政府にも予防原則の尊重が求められる。有害物質対策を主に担う環境省だけでなく、内閣府や厚生労働、農林水産、国土交通など関連する省庁が協力し、政府一体となって取り組む必要がある。そして「安心・安全な水」を確保するために地域住民の安全・安心を担う自治体と緊密に連携することが大切だ。
関連リンク
- 環境省「有機フッ素化合物(PFAS)について」
- EPA「Per- and Polyfluoroalkyl Substances (PFAS)」
- 内閣府・食品安全委員会「『有機フッ素化合物(PFAS)』の評価に関する情報」