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知床で人工林の成長が低下、セミの幼虫を食べるヒグマの掘り返しで 動物による環境影響が明らかに

2024.04.05

長崎緑子 / サイエンスポータル編集部

 北海道の知床半島でヒグマがカラマツの人工林の地面を掘り返してセミの幼虫を食べており、掘り返しのために樹木の成長が低下していることが、高知大学などの調査で明らかになった。人の手が入った生態系で動物が新しい行動をし、これまでなかった影響を環境にもたらす事例として注目される。

ヒグマは夏に天然林で草本を食べていた(左)が、2000年以降は人工林でセミ幼虫を掘って食べ、樹木の成長に影響をもたらしている(イラスト・イスキュルの小泉絢花氏、高知大学の富田幹次助教提供)
ヒグマは夏に天然林で草本を食べていた(左)が、2000年以降は人工林でセミ幼虫を掘って食べ、樹木の成長に影響をもたらしている(イラスト・イスキュルの小泉絢花氏、高知大学の富田幹次助教提供)

開拓で天然林を伐採した地域で調査

 高知大学農林海洋科学部の富田幹次助教(動物生態学)は北海道大学生だった2019年~20年、ヒグマの行動が樹木へ与える影響を、知床半島でも観光客が多く訪れる幌別‐岩尾別地域で調査した。

 幌別‐岩尾別地域はもともと天然林が広がっていたが、明治時代以降に開拓が進み、森林が伐採された。1970年ごろから森林を取り戻そうという運動があり、地域住民らが植樹した。ただ、植えたのは在来ではないカラマツなど。現在は人工林や耕作放棄地、広葉樹のミズナラやイタヤカエデ、針葉樹のトドマツなどの天然林が混在した地域となっている。

地面を掘り返すヒグマの親子(高知大学の富田幹次助教提供)
地面を掘り返すヒグマの親子(高知大学の富田幹次助教提供)

 ヒグマの掘り返しはカラマツの人工林で多く、セミ幼虫がほとんどいない天然林ではほぼ見られなかった。ヒグマが食べるセミは、7月下旬から8月上旬に地面から出てくるコエゾゼミの羽化直前の終齢幼虫(体長2、3センチ程度)で、5月ごろから羽化が終わるまで掘り返し行動が見られた。この時期に、カラマツ林でエサをとるヒグマのフンを分析すると15%程度セミの幼虫を食べていた。

羽化したてのコエゾゼミ(高知大学の富田幹次助教提供)
羽化したてのコエゾゼミ(高知大学の富田幹次助教提供)

葉の窒素濃度が低く、年輪幅も小さく

 富田助教は、掘り返しの見られるカラマツ人工林と見られない人工林で、土壌やカラマツの葉、年輪を調査。掘り返しがあると葉の窒素濃度が低く、成長を表す年輪の幅(直径成長率)も小さかった。

 葉の窒素は、植物がエネルギーを生み出す光合成に関わっているとされる。掘り返しによって養分を摂取するための細い根の多くに傷がつき、窒素を葉に届けることができなくなって光合成の効率が下がり、成長できなくなるという仕組みが考えられるという。

調査した項目間の関係図。実線は統計的に有意な影響を示す。掘り返しが葉の窒素濃度の減少を介して直径成長率(年輪の幅)に負の影響を与えているとみられる(高知大学の富田幹次助教提供)
調査した項目間の関係図。実線は統計的に有意な影響を示す。掘り返しが葉の窒素濃度の減少を介して直径成長率(年輪の幅)に負の影響を与えているとみられる(高知大学の富田幹次助教提供)

 「以前は知床のヒグマは夏には天然林の林床に生える草本を食べていたが、増加したシカの採食圧で草本植物の量が減った2000年ごろから人工林でセミ幼虫を掘って食べるようになった」と富田助教。ヒグマは川でサケ、山で木の実を食べ、生態系では川と山との物質循環を担う役割があるとされていたが、セミの幼虫掘りという新しい行動は、生態系の中で樹木の成長に負の影響を与えてしまう役割をもつことが分かった。

 研究成果は、米生態学会誌「エコロジー」に3月1日に掲載された。

温暖化で夏が長くなり、エサは多様化

 北海道でヒグマの研究と調査を30年以上続ける酪農学園大学(北海道江別市)の佐藤喜和教授(野生動物生態学)によると、そもそもヒグマは森を生息地にしている。骨の安定同位体を用いた食性解析によって、明治時代以前のアイヌ民族が暮らしていたころは、シカやサケといった動物質を比較的多く食べていたという。

 それが、1980年代、90年代のヒグマの食性調査では動物質のエサは少なく、草や木の実といった植物質のエサの割合が増加。サケやマスの乱獲、シカの狩猟による減少といった歴史的背景が関わっていると見られる。

 しかし、1990年代後半にシカが爆発的に増え始めると、再びクマはシカを食べるように。当時は、狩猟や駆除後に放置された死体や冬を越せず餓死したシカを食べていたが、2010年頃からはシカの出産期にあたる6月に生まれたてのシカを襲って食べていることが分かった。

 現在は江戸時代以前と同じく、「ヒグマがシカを食べるようになってきているが、その状況は昔と違うと考えられる」と佐藤教授は話す。以前は冬眠明けに森の中の下草を食べることはできたが、シカが増えた現在はエサの下草を巡る競争が生じている。

 その上、温暖化が問題になっている昨今では、春の芽吹きが早くなることで、草が枯渇しがちな酷暑となる夏が長くなる。近年では5~7月には、セミ幼虫をはじめ、アリや牧草を食べ、ツキノワグマのように木の皮を剥いで食べるなどし、8月にはトウモロコシ畑に出没して農林被害を出すなど、これまでにないエサの多様化が進んでいる。

セミ幼虫がいるカラマツ林で地面を掘り返すヒグマの親子(高知大学の富田幹次助教提供)
セミ幼虫がいるカラマツ林で地面を掘り返すヒグマの親子(高知大学の富田幹次助教提供)

管理は生態系のつながりを考慮すべき

 市街地で生ゴミなどをあさるアーバンベアや田畑を荒らす害獣のヒグマの管理が近年注目される。ただ、出てきたクマを駆除するだけでは「春から夏にかけては分散する中でどこに行くか迷った若いオスが、夏から秋のエサ不足の中ではオスメス親子の区別無く、別のクマが出てくるだけでしょう」と佐藤教授は話す。

 人工林や田畑、市街地など自然に人の手が加えられていく中、生態系への影響を考慮した管理でなければ、動物の行動変容が生態系に思いがけない帰結をもたらし、期待した効果を得られない恐れがあるだろう。

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