千葉県付近で2月下旬から地震が相次いでいる。政府の地震調査委員会や気象庁は「今後も震度5弱程度の強い揺れが観測される可能性がある」と警戒を呼びかけている。注目されているのは主にプレート境界付近の断層がゆっくり動く「スロースリップ」の現象だ。国土地理院は3月1日に房総半島沖で検出したと発表。「相次いでいる地震はこの現象が誘発しているとみられる」との見解を示した。
地震の専門家はスロースリップ現象による地震の頻発が首都直下地震などの大地震の引き金になるとは見ていない。だが首都圏に近いところで観測された地殻変動はやはり不気味だ。首都直下地震などの大地震に限らず、活断層型の地震はいつ、どこで起きても不思議ではない。今後も発生が予想される千葉県付近の地震に注意しつつ、自分たちでもできる身近な「備え」を徹底したい。
プレート境界面で地殻変動続く
国土地理院の1日の発表によると、房総半島の電子基準点の観測データに2月26日ごろから「非定常地殻変動」と呼ばれる、通常とは異なる地殻変動が検出された。この変動は房総半島が載る陸側のプレートと、その下に沈み込んでいるフィリピン海プレートの境界面で発生している。
2月28日までのデータの解析から房総半島沖のプレート境界面上で推定最大約2センチメートル南東方向に動いたとした。相次ぐ地震はスロースリップ現象によるものと考えられるという。
国土地理院が解析に用いたのは「GNSS測量」と呼ばれる2つ以上の測定機材で同時測定する方法だ。人工衛星から送られる電波信号が測定機材に到達する時間の差を測って2点間の位置関係を求める。同院では全国約1300カ所に電子基準点を設置。茨城県つくば市にある「GNSS連続観測システム中央局」と連携して地殻変動を常に監視している。
千葉県付近では今回以前に1996年、2002年、2007年、2011年、2014年、2018年の計6回、同じような場所でこの現象による地震が頻発し、いずれも1週間から数カ月地震活動が継続している。つまり地震頻発を誘発するスロースリップ現象は今回が初めてではない。今回を含め6回を数える発生間隔は、それぞれ77カ月、58カ月、50カ月、27カ月、53カ月で今回は68カ月。つまり3年近くから6年半程度の頻度で発生しているわけだ。
過去6回のスロースリップ現象では房総半島を中心とした領域で非定常地殻変動がそれぞれ約10日間観測されている。国土地理院は非定常地殻変動は現在も継続していると指摘。引き続き、この地殻変動を注意深く監視するとしている。
巨大地震との関係はまだよく分かっていない
政府の地震調査研究推進本部などによると、通常の地震はプレート運動などによって地下のプレートに蓄積された「ひずみエネルギー」が断層運動によって解放される現象だ。断層が高速でずれ動くと蓄積されたひずみエネルギーが解放され、地震波を放射する。
一方、スロースリップ現象による地震はプレート境界の断層がゆっくり動く。多くの場合は揺れを感じないが、わずかな地殻変動や通常より周期が長い地震波を放出する低周波微動がとらえられることがある。また房総半島沖の一連の現象のように有感地震を伴うケースもある。この現象による地震(スロー地震)は房総半島沖のほか、四国沖、九州の日向灘などで観測されている。このタイプの地震で大きな被害が出るケースはなかったが、2007年には震度5弱の地震を観測しており、今回も同程度の揺れに注意が必要だ。
この現象には短期的スロースリップと長期的スロースリップがあり、短期的なケースは数日間かけて、長期的ケースは数か月から数年かけてプレート境界がゆっくりすべり、東海地方や四国地方で過去に繰り返し発生していたと考えられている。
ここで気になるのは南海トラフ巨大地震など甚大な被害を出す巨大地震との関係だ。スロースリップ現象は巨大地震の発生メカニズム解明のための研究対象として注目されているが、最も気になる巨大地震との関係は現在の知見では未解明だ。つまりこの現象による地震の頻発が巨大地震の引き金になるのか、逆にたまったひずみが穏やかに解消されて巨大地震の危機は遠のくのかは、残念ながらよく分かっていない。
ただ、2011年3月11日に東日本大震災をもたらした東北地方太平洋沖地震ではマグニチュード(M)9.0の本震の2日前に前震(M7.3)が発生し、この後にスロースリップ現象が起きて、それが本震の破壊開始点に向かって移動。これが断層破壊を促進させた可能性があることがこれまでの研究で示されている。
解明に向けさまざまな研究で挑戦続く
スロースリップ現象に対する研究は1990年代から始まったが、盛んになったのは観測技術が進歩した2000年代に入ってからだ。日本だけでなく世界中のプレート境界でこの現象の検出報告が相次いだ。東日本大震災の前にこの現象が起きていたことが分かり、さまざまな研究機関による調査研究に拍車がかかった。
海洋研究開発機構(JAMSTEC)は国際深海科学掘削計画(IODP)の一環として地球深部探査船「ちきゅう」を運用して2007年から19年まで長期にわたり紀伊半島沖や高知県室戸岬沖で掘削調査を続けた。一連の調査には東京大学や産業技術総合研究所、筑波大学なども参加している。07~08年に実施された研究航海では海底下400メートルを超える南海トラフの沈み込み付近でプレート境界断層の「コア試料」を採掘。試料の解析から津波を生じさせる高速すべりの痕跡を確認した。
「ちきゅう」は2016年に室戸岬沖の南海トラフで海底下700メートル超のプレート境界断層をも貫通する掘削作業を実施した。地下深部で流体が噴出する様子を撮影することに成功し、プレート境界に厚さ数十メートル、水平方向数百メートルの広がりを持つ高圧の“水たまり”があることを突き止めている。JAMSTECは一連の調査研究から研究対象の海底では高速のすべり現象の後に低速のすべり、つまりスロースリップ現象があったとの見解を示した。
このほかにも京都大学や神戸大学、九州大学などがこの現象の解明に向けてさまざまな調査研究を行い、新たな成果を発表している。京都大学防災研究所などの共同研究グループは「日本海溝海底地震津波観測網(S-net)」など多くの地震観測データを活用して、日本海溝付近のスロースリップ現象が東北地方太平洋沖地震の拡大を阻止したとの興味深い研究成果を2019年8月に発表した。この現象がなかったら地震規模はさらに大きかったとの見方だ。
神戸大学はまた、豊後水道や房総半島沖などで発生したこの現象に関するデータを解析し、発生前後のプレート境界付近のゆがみの蓄積と解放とに関する貴重なデータを2023年2月に発表している。
今後の経過は不明だが注意は必要
政府の地震調査委員会は1日に臨時会合を開き「今後も(千葉県東方沖を震源とする)震度5弱程度の強い揺れが観測される可能性がある」との評価をまとめた。この根拠は2007年のスロースリップ現象による地震では最大震度5弱を観測しているからだ。
これまでの房総半島沖、千葉県付近を震源とするスロースリップ現象による地震の最大エネルギーはM5程度だ。ただ、今回一連の地震が発生しているエリアは南側からフィリピン海プレートの下に東側の日本海溝から太平洋プレートが沈み込んでいる。このエリアは地震調査研究推進本部による「相模トラフ沿いの地震活動の長期評価」の対象で、M7程度の大きな地震の「30年以内の発生確率は70%」だ。
多くの専門家はスロースリップ現象では、すべった部分のひずみは解消しているがその周辺のひずみによるストレスまでは解消されずに溜まっているとみている。地震調査委員会の平田直委員長(東京大学名誉教授)は会合終了後の取材に「地震活動が今後どのような経過をたどるかどうか分からない」としている。
現在頻発している千葉県付近の地震。専門家は巨大地震が切迫しているとは言っていないが、いずれ来る大地震、巨大地震と無関係と断定もしていない。現在の地震学ではまだ未解明なことが多い。過去の大地震では「想定外」のことが度々起きている。一連の頻発地震を可能な限り地震被害を低減するための警告と受け止めたい。
関連リンク
- 気象庁「令和6年2月の地震活動及び火山活動について」
- 国土地理院「房総半島沖でプレート境界面のゆっくりすべり現象を検出」
- 地震調査委員会「2024 年2月 26 日からの千葉県東方沖の地震活動の評価」