日本の新世代大型ロケット「H3」の初打ち上げが15日に迫った。2001年から運用中の「H2A」の後継機で、人工衛星の大型化に対応する高性能と低コストを両立させ、宇宙開発利用の大黒柱となる。その実現の切り札となったのが、設計思想を転換した新1段エンジン「LE9」。技術の壁が開発チームの前に立ちはだかり、デビューは2年延期された。関係者は「考えていた通りのロケットとして完成させ、世界に貢献したい」と気を引き締め、準備を進めている。
「力を合わせる最後の場面」
「開発は概ね完了し、打ち上げ作業に入る。多くの関係者が力を合わせて臨む最後の場面、頑張りたい」
H3開発を率いる宇宙航空研究開発機構(JAXA)の岡田匡史プロジェクトマネージャは、開発の最後の山場となった昨年11月のエンジン試験の結果を受けた昨年12月20日の会見で力説した。
この試験は「1段実機型タンクステージ燃焼試験」。エンジン試験の総仕上げの位置づけだ。実際の打ち上げと同様に種子島宇宙センター(鹿児島県南種子町)で、H3の1号機を発射地点に運び燃料を入れ、搭載した2基のLE9を25秒間燃焼させた。機体は発射台に固定され、飛び立ちはしない。地上の関連設備も含めシステム全体が正しく機能するか、一連の作業で検証する大がかりなものだった。
改善点はあったものの、結果は概ね良好。JAXAは12月下旬に、今月12日の打ち上げを発表。その後に確認事項が生じ、10日午前の時点では15日午前10時半過ぎに打ち上げる計画だ。
世界を意識、機体に「JAPAN」
H3はH2Aと、2020年まで運用した強化型「H2B」の後継機で、同様に2段式の液体燃料ロケット。全長はH2Aより10メートル長く、最大63メートル。重さは575トン。最大能力はH2Bの6トンを上回る、6.5トン以上となる(静止遷移軌道、赤道での打ち上げに換算)。JAXAと三菱重工業が共同開発し、これまでの開発費は2061億円。
機体構成は用途により変わる。H2Aの1段エンジンの1.3倍の推力を持つLE9を2または3基、1段機体の脇の「固体ロケットブースター」を0または2、4本取り付けるパターンがある。ブースターなしを設定したのが、H2Aとの大きな違いだ。先端部の衛星を覆う「フェアリング」も大小3通り用意。世界への浸透を強く意識し、側面にH2Aまでの「NIPPON」に代わり「JAPAN」と記したのが目を引く。
1号機はLE9を2基、ブースターを2本備えたパターンを採用し、陸上を撮影するJAXAの先進光学衛星「だいち3号」を搭載する。
燃費をちょっと犠牲に、仕組みを簡単に
LE9はH3の技術の目玉であり、最難関となった。2段に用いてきた日本独自の燃焼方式「エキスパンダーブリード」を1段に初採用。H2Aの1段エンジンの「2段燃焼」に比べ、燃費をわずかに犠牲にする代わりに仕組みを簡素化するもの。これがH3の低コスト化の鍵を握っている。1段では地上の重力に打ち勝って機体を上昇させるため、2段とは桁違いの能力が必要となる。
どちらの方式も、燃料の液体水素と液体酸素をポンプで加圧して燃焼室に送り、発生したガスをノズルから出してロケットを飛ばす基本の仕組みは同じ。2段燃焼では水素をまず副燃焼室で燃やし、そのガスでポンプを動かした後、燃焼室に送り、つまり2段階で燃やす。燃料を無駄なく使い燃費は良いが、制御は極めて複雑だ。
H2Aの先代の「H2」は1999年、飛行中に2段燃焼の1段エンジンが爆発した。H2Aは2003年に1度だけ失敗したが、原因はエンジンではなかった。H2Bと合わせて現在までに49機連続で打ち上げに成功し、2段燃焼の技術は安定したといえるが、複雑さやコストがネックとなってきた。
一方、エキスパンダーブリードではまず、水素を燃焼室の熱で膨張(エキスパンド)させてポンプを動かす。副燃焼室がないので部品数が2割以上減り、コスト削減と信頼性向上が図れる。しかもトラブル時に爆発する心配が、極めて少ないという。ただ、ポンプを動かした水素は燃焼室に送らず、ノズルから出して(ブリード)捨ててしまう。こうして燃費を3%だけ犠牲にするのと引き換えに、制御は容易になる。
H3の開発は2014年にスタート。当初は20年度の打ち上げを目指した。しかし、岡田氏がかねて口にしていた「ロケットエンジンは魔物」の言葉は的中。開発が詰めにさしかかったと思われた20年5月の燃焼試験で、燃焼室の壁に小さな穴が多数空き、またタービンの羽根にひびが入ったのを受け、打ち上げを21年度に延期した。これらを克服したものの、22年1月にはタービンに異常な振動が見つかったとして再延期。9月にようやく、対応策にめどが立ったとした。
国民生活、科学、ビジネスに「顧客第一」
政府はH2AやH3、小型の固体燃料ロケット「イプシロン」を「基幹ロケット」と呼ぶ。政策に基づき打ち上げるさまざまな衛星や探査機、宇宙船を、外国に頼らず自力で打ち上げるのに必要なロケットのことだ。地球観測や測位の衛星、安全保障のための情報収集衛星などがあり、お馴染みの気象衛星「ひまわり8、9号」や小惑星探査機「はやぶさ2」もH2Aが手がけた。国際宇宙ステーション(ISS)の物資補給機「こうのとり」はH2Bが搭載した。H3はこうした大役を引き継ぐことになる。
用途のもう一つの柱はビジネスだ。基幹ロケットを存続させるにはロケットを高頻度に打ち上げて関連産業を維持する必要があり、政府の衛星だけでなく、商業衛星の受注が欠かせない。H2Aは2007年、打ち上げ業務をJAXAから三菱重工業に移管して市場に参入。これまでに外国の衛星や探査機を有償で5回打ち上げた。H3も1、2号機は試験機としてJAXAが打ち上げるが、早ければ3号機から同社に移管する。
H2Aの成功率は97.82%と信頼性は世界最高水準だが、海外勢に比べ割高。H2Aの開発後、商用の通信衛星などが大型化し、能力が足りず需要に応えきれない問題も生じていた。H3はこれらの克服を目指して開発してきた。「柔軟なサービスで顧客第一のロケットにする」と岡田氏は語る。初打ち上げを待たずして2018年、三菱重工業は、英国の移動体衛星通信大手インマルサット社の衛星をH3で打ち上げることで合意している。
民生品、自動点検…合理化追究、費用半減へ
H3ではLE9開発のほか、さまざまな工夫で合理化を追究した。各種の部品は極力、宇宙専用ではなく自動車などの民生用を採用。近い将来には、LE9に3Dプリンターで作った部品を組み込む。また、H2Aのブースターはイプシロンの1段と共通仕様だが、H3でも開発中の後継機「イプシロンS」と共通にする。
機体の自動点検などにより、発射台の至近にあった管制室を約3キロ離れた場所に置けるようにした。現在の100~150人の作業要員は30~40人に削減できるという。生産ラインも効率化。受注から短期間で打ち上げられるようにし、また打ち上げの所要間隔もH2Aの2カ月弱から、1カ月程度に縮めるという。
一連の取り組みを通じ、H2Aの基本型で約100億円とされる打ち上げ費用を、H3のブースターなしのタイプで半減の約50億円にする。なお、H3の打ち上げが始まっても、H2Aは2024年度まで併存する計画だ。
市場は深刻なロケット不足、存在感発信を
大型ロケット開発に苦しんできたのは、日本だけではない。欧州の「アリアン6」は、設計変更やコロナ禍が影響し、また燃焼試験にも時間がかかり、初飛行が2020年から今年第4四半期へとずれこんでいる。アリアンスペースのステファン・イズラエルCEO(最高経営責任者)は昨年10月の来日会見で、H3や米国の「バルカン」の遅れにも触れ「大がかりな、高みを目指す規模では、どうしても遅れが出てしまう。3つのロケットは同じ道を歩んでいる」と開発の厳しさを語っている。
価格競争を加速させた米スペースX社は2017年、「ファルコン9」の1段機体の再利用を実現し、優位をさらに固めている。世界市場を開拓してきたアリアンは根強い人気を誇る。こうした中、H3が地道に成功を重ねて基幹ロケットの役割を果たしつつ、世界にどこまで浸透できるか注目される。
多数の衛星を連携させる「コンステレーション」をはじめ近年、衛星の利用が急速に進んでいる。一方、ウクライナ侵攻によりロシアの機体が利用できなくなるなどして、市場は深刻なロケット不足に陥っている。安定して利用できるロケットが切実に求められている。H3の初打ち上げが、岡田氏が「一点の曇りもなく打ち上げる」と繰り返してきた通りに成功すれば、その価値を世界に強く発信することになる。
関連リンク
- JAXA「H3ロケット」
- JAXA「COUNTDOWN H3×ALOS-3」
- 三菱重工業「打上げ輸送サービス」