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新しい年、変異種の登場で世界はコロナ禍拡大の懸念―日本は首都圏に緊急事態宣言へ―高まるワクチンへの期待

2021.01.06

内城喜貴 / サイエンスポータル編集部、共同通信社客員論説委員

 新しい年を迎え、世界中の人々がコロナ禍の収束を願った。だが、世界の感染者は年末に8000万人を突破。日本国内でも感染拡大は止まず、大みそかには東京都の新規感染者が1300人を超えた。政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は1月5日、東京、埼玉、千葉、神奈川の1都3県は爆発的感染拡大(ステージ4)の段階にある、との認識を示した。政府は7日に首都圏1都3県に緊急事態宣言を出すことを正式に決める見通しだ。

 英国で見つかり、感染力が強いとされる変異種は世界の30カ国以上にあっという間に広がり、日本でも相次いで確認された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる現実が厳しさを増すにつれ、欧米で接種が始まったワクチンへの期待はいやがうえにも高まる。免疫学、感染症学、公衆衛生学の多くの専門家は、ワクチンの効果に期待しつつも過剰な期待はできない、と指摘。日常的な感染予防対策の重要性を訴えている。

 世界の感染者は年の瀬も押し迫った12月27日に8000万人を超えた。地球人口の1%を上回り、100人に1人が陽性になった計算だ。米ジョンズ・ホプキンズ大学の集計によると、米国の感染者は年が明けた1月1日に2000万人を超え、人口の6%以上に達した。 変異種が見つかった英国では年末年始、連日1日当たりの新規感染者が5万人を超え、英国政府の判断で5日からロンドンを含むイングランド全域で3度目のロックダウン(都市封鎖)に入った。

 日本も感染者、重症者ともに増え続けている。厚生労働省や東京都によると、12月31日に東京都の新規感染者は1337人を数え、年が明けた後も全国の新規感染者は増加の一途で累計感染者は6日現在約25万人に達した。PCR検査結果の陽性率も上昇傾向が続き、市中感染率が高まっていることを示している。大都市を中心に医療現場は確実にひっ迫した。こうした事態を重視した日本政府は年明けから首都圏を想定した緊急事態宣言発出の是非の検討を始め、7日に発出を正式に決める見通しで、6日は宣言内容や期間、発効日時などについて詰めの作業を進めた。

新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像(NIAID提供)
新型コロナウイルスの電子顕微鏡画像(NIAID提供)

欧米で先行する3ワクチン、安全性確認が課題

 このように欧米を中心に世界で、日本で、年をまたいでコロナ禍の拡大が続く中、欧米ではワクチン接種が始まっている。

 世界保健機構(WHO)などによると、世界で200を超えるワクチン開発が進み、このうち約50種類が臨床試験段階という。その中でも接種に向け最も先行したのは、米製薬大手ファイザーとドイツのバイオ企業ビオンテック、米バイオ企業モデルナ、英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカの3つのワクチンだ。

 ファイザーのワクチンは昨年末に米国と英国で接種が始まり、WHOは昨年大みそかに緊急使用を初承認した。ワクチン使用の是非は各国が決めるが、独自の審査ができない発展途上国などはWHOの判断を参考にすることが多く、発展途上国へのワクチン普及を進める国際組織「Gaviワクチンアライアンス」の調達にも影響するとみられる。

米製薬大手ファイザーとドイツのバイオ企業ビオンテックが開発したワクチン(米ファイザー提供)
米製薬大手ファイザーとドイツのバイオ企業ビオンテックが開発したワクチン(米ファイザー提供)

 米国では昨年末にモデルナのワクチン接種も始まり、英国ではアストラゼネカのワクチンがやはり昨年末に承認され、年が明けて接種が始まった。

 ファイザーとモデルナの2つのワクチンはいずれもRNAワクチン。前者は95%、後者は94.1%の「有効性」が確認できたと開発企業が公表している。有効性とはワクチンを接種すれば偽薬と比べて発症するリスクが下がる確率のことで、この数字の公表によりワクチンへの期待が一気に高まった。

 RNAワクチンは、COVID-19ウイルスの抗原であるスパイクタンパク質をコードする人工的メッセンジャーRNA(mRNA)を体内に投与し、体内でスパイクタンパク質が発現して抗体が産生される仕組みだ。病原性を弱めたウイルスなどを投与していた従来のワクチンと仕組みが根本的に異なり、これまで実用化された例はなかった。短期間で開発できる一方、壊れやすいために脂質ナノ粒子で包むなどの工夫がなされている。ファイザーのワクチンは零下75度程度の低温で保存する必要がある。

 ワクチンは病気になった人のための治療薬と異なり、多数の健常者に投与するために安全性は特に重要になる。特にRNAワクチンなどの核酸ワクチンは、重い副反応が出る可能性が高まるとされる100万人単位の投与実績がない。それだけにとりわけ慎重な対応が必要で、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会は日本での実用化を前に昨年夏に「安全性の監視を強化して接種を進める必要がある」と提言している。

ウイルス感染やワクチン接種に対する免疫反応の仕組み(宮坂昌之氏提供)
ウイルス感染やワクチン接種に対する免疫反応の仕組み(宮坂昌之氏提供)

日本でも接種開始へ審査中

 菅義偉首相は1月4日の記者会見で「ワクチン接種をできる限り2月下旬までに開始する準備を進めている」と述べた。米ファイザーは昨年12月18日に開発したワクチンの承認を日本国内で初めて申請した。政府は6月末までに6000万人分(1億2000万回分)の供給を得ることで同社と基本合意している。審査が順調に進めば2月中に承認するかどうかの結論が出る見通しで、菅首相の発言はこうした経緯を踏まえたものだった。政府は米モデルナと5000万回分の、英アストラゼネカと1億2000万回分の、それぞれ供給契約を結んでいるが、承認申請はまだ出されていない。

 厚生労働省は昨年12月、接種の工程表を全国の市町村に示している。工程表によると、2月下旬から同意を得られた医療従事者約1万人に接種し、体調の変化を1カ月間観察する調査を実施。3月中旬には新型コロナの診療・搬送に当たる医師や看護師、救急隊員ら約300万人に接種できる体制を整える計画だ。

 優先対象となっている65歳以上の高齢者約3000万~4000万人には3月上旬から市町村が「接種券」を配り始め、同月下旬には接種を目指す。一般の人の接種は4月以降に始まる見通しで、その中では高齢者施設や障害者施設で働く人、重症化のリスクが高い慢性の心臓病や腎臓病、肥満など14種類の持病がある人が優先される。

 日本国内の審査では、数万人規模の臨床試験を実施するのが難しい。このため厚労省は、比較的少人数での初期段階(第1、第2相)の臨床治験と、海外での大規模臨床試験の結果を合わせ、総合的に評価するとみられる。既に接種が始まった英国と米国ではごく小人数ながら重いアレルギー反応が出たと報告されており、厚労省は近く本格的な審査作業を慎重に進める。

昨年11月30日に日本科学ジャーナリスト会議主催の「JASTJ月例会」で講演する宮坂昌之氏
昨年11月30日に日本科学ジャーナリスト会議主催の「JASTJ月例会」で講演する宮坂昌之氏

 昨年12月15日に行われた日本記者クラブ主催の「記者ゼミ」で大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之・招へい教授(免疫学)はワクチンへの期待があることを前提に「ワクチンはゼロリスクではない。海外での接種結果を見極め、国内の感染状況とワクチンの健康リスクとをてんびんにかけてしっかり見ていく必要がある」などと述べている。こうした見解は宮坂氏以外の多くの専門家で一致している。

変異種が広がってもワクチンへの影響はない?

 英国で感染者を急増させた変異種は年末から年明けにかけて間に欧州を越え、日本を含む世界各国に広がり、現在30カ国以上で確認されている。英国からの報道によると、昨年9月20日に英国南東部で最初の例が報告された変異種は、年末までに英国の新規感染者の過半数を占めた。

 日本の国立感染症研究所が1月2日に公表した変異種に関する最新の情報によると、この新規変異種「VOC-2020 12/01」には23カ所の変異があり、ウイルス表面のスパイクタンパク質の変異も9カ所含まれるという。同研究所は英国研究機関からの情報を基に「伝播のしやすさは最大70%程度増加することが示唆され、再生産数(R)を0.4以上増加させる」としている。

 「最大70%」という数字は、英国政府の専門家チームの初期分析結果を同国のジョンソン首相が昨年12月に引用したために世界中に伝わった。その後、ロンドン大学の研究者は「この変異種の感染力の強さは従来のウイルス比で56%増し」とする論文を発表している。

 変異種の病原性について詳しいことは不明で、国立感染症研究所は「現時点では重症化を示唆するデータは認めないが、症例の大部分が重症化の可能性が低い60歳未満の人々であり、評価に注意が必要」としている。仮に病原性は変わらないとしても感染力が強まって感染者数が一気に増えれば、それに伴って重症者は増えることは確実で、日本国内で変異種の拡大を防ぐことが強く求められている。

 もう一つ心配なのは変異種のワクチンへの影響だ。米ファイザーと独ビオンテックは具体的な根拠は提示していないが、いずれも「ワクチンの有用性に影響しない」との見解を示している。

 ビオンテックは「ウイルスが変異しても6週間以内に変異に対応できるワクチンを開発できる」と自信を示したが、日本の専門家も変異種のワクチンへの影響については比較的冷静に見ている。宮坂昌之氏によると、新型コロナウイルスはRNAウイルスで一重らせん構造なのでもともと変異しやすいが、同時にmRNAワクチンは変異に対応しやすいという。

 年末から年始にかけ、英国で見つかった変異種のほかに、南アフリカでも新たな変異種が見つかり、世界に拡散しつつあるとのニュースが伝えられた。国立感染症研究所はこの変異種は「501Y.V2」と命名されたとした上で「(ウイルス感染で重要な)細胞受容体と結合する3カ所の変異を含む8カ所の変異で定義される」とした。この新たな変異種については、ワクチンにも影響する可能性があるとする英国からの報道もあり、引き続き詳しい情報を待つ必要がありそうだ。

「一番のワクチンは正確な情報と教育」

 国立感染症研究所は「変異株(種)であっても個人の基本的な感染予防策としては従来同様、『3密』の回避、マスクの着用、手洗いが推奨される」と強調している。

 日本を含め、今年は世界各国でワクチン接種が進むとみられる。昨年、新型コロナウイルスに翻弄(ほんろう)された世界は今年、ワクチンの実用化に明るい兆しを見出している。感染が広がれば広がるほどワクチンへの期待は膨らむばかりだ。決定的な治療薬がまだない中でそれは当然だろう。

 だが「ワクチンが行き渡れば収束が見込める」「ワクチンを接種すればずっと感染予防できる」と考えるのは残念ながら楽観的すぎる。ワクチンの効果がどの程度続くかを示すデータはまだない。

日本記者クラブ主催のオンライン記者会見で発言する石井健氏(日本記者クラブ提供)
日本記者クラブ主催のオンライン記者会見で発言する石井健氏(日本記者クラブ提供)

 国内で独自のワクチン開発を製薬大手の第一三共と取り組んでいる東京大学医科学研究所感染免疫部門の石井健教授(ワクチン学)は昨年12月22日、日本記者クラブ主催によるオンライン記者会見に臨んだ。

 石井氏は「ワクチン接種ですぐに我々の生活スタイルが変わるとは考えにくい」などと述べ、感染者がほとんど現れなくなるといったワクチンの効果が実感できるようになるまでに最低4、5年はかかる、との見方を示した。同時に「一番のワクチンは正確な情報と教育」と強調している。

メッセンジャーRNAワクチンの仕組み(日本記者クラブ・石井健氏提供)
メッセンジャーRNAワクチンの仕組み(日本記者クラブ・石井健氏提供)

 変異種が登場しても、ワクチンへの期待が膨らんでも結局は、一人一人がどのような行動が感染リスクがあるかをしっかり考え、「3密」を避けるといった個人レベルでの感染予防策を改めて徹底する―そのことが何より求められる年になりそうだ。

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