2018年の夏は平成の時代最後の夏でもあった。その夏に記録的な豪雨、強烈な台風、そして強い揺れに次々と襲われて多くの犠牲者、甚大な被害を出してしまった。全国各地で連日の猛暑に悩まされもした。この国が「災害大国」であることを改めて思い知らされ、防災の大切さを身に染みて感じる夏でもあった。
北海道を除いて沖縄から東北までが梅雨入りし、蒸し暑さが増していた6月18日朝に大阪北部で震度6弱の地震が発生した。人口が密集する都市の直下型地震だった。規模はマグニチュード(M)6.1で最大震度も過去の例では甚大な被害を出す強烈な揺れではなかったが、一部破損を含めると住宅被害は4万棟を超えて犠牲者も出た。家屋が密集する地域の弱さを露呈し、ブロック塀や古い家屋の防災上の課題も明らかになった。
7月には西日本の中国、四国地方を連日記録的な豪雨が襲い、洪水や土砂災害により、約200人もの犠牲者を出した。政府により「激甚災害」に指定されたこの西日本豪雨では、多くの住民が長い時間の避難生活を余儀なくされた。その後全国各地でこれも記録的な猛暑に見舞われ多くの人が熱中症で亡くなった。そして8月下旬に西太平洋で発生した台風21号が9月4日に徳島県に上陸。進路となった四国、関西地方を中心に全国100カ所の観測点で最大瞬間風速の記録を更新する強烈な風台風となった。台風21号は北海道にも風雨をもたらし、その直後の9月6日未明に北海道胆振(いぶり)地方東部で最大震度7、マグニチュード(M)6.7(暫定値)の大きな地震が発生した。山の斜面が崩れるなどしてここでも多くの犠牲者を出してしまった。
関東大震災が起きた月日に当たる9月1日の防災の日や、東日本大震災の「あの日」に当たる3月11日には毎年、多くの犠牲者や甚大な被害を思い出す。そして防災の大切さが語られる。だが今年の夏ほど、自然の猛威と防災の不備、不徹底を思い知らされた夏は近年なかったのではないだろうか。「酷暑」「激暑」とも呼べる猛暑や進路が従来と異なるパターンの台風の到来に「気候変動」を実感した人も多かった。
大阪北部地震や北海道の地震では、関連が疑われる断層帯は指摘されているが、ずれた断層は最終的に特定されていない。国内には2千以上の活断層があり、知られていない断層も無数にあるとされる。いつ突然揺れるか、予測できないのだ。東京もいつ首都直下型地震に襲われてもおかしくない中でゲリラ豪雨に襲われるリスクもある。美しい自然の恵みを得ることができる一方、「災害大国」であるこの国は都市部も地方も高い災害リスクを抱えている。そしてこの国に住む一人一人が災害リスクを抱えている。政府は東日本大震災の後の2014年6月に「国土強靭化(きょうじんか)基本計画」を策定し、国内の防災体制を強化してきたが、この夏は中央政府から各地の自治体、そして個人のレベルでもまだまだ防災上の不備が多いことが明らかになった。
「天災は忘れた頃にやってくる」。この言葉は地震にも詳しい物理学者だった故寺田寅彦博士の警句と伝えられている。優れた警句だが、ここ数年の自然災害や異常気象は「天災は忘れる間もなく起きる」ことを物語っている。「完全な防災」は無理でも少しでも犠牲者や被害を軽減する「減災」の観点から、身の回りから地域や国のレベルに至るまで、自然災害への「備え」を再確認することが喫緊の重要課題だ。
大きな自然災害が相次いだことを受けて、災害や防災に関わる学会で構成される「防災学術連携体」が9月10日に日本学術会議講堂(東京都港区)で緊急報告会を開いた。防災学術連携体は、東日本大震災後の2011年5月に日本学術会議の土木工学・建築学委員会が幹事役となって30学会が連携して発足。その後地震、火山、気象や土木・建築分野だけでなく、社会科学系も含めて災害・防災に何らかの関りがある数多くの学会が加わった。現在参加学会の数は168に及ぶ。同連携体は、国内で大きな災害が起きる度に連携して被災地での調査や情報交換を行ってきた。
今回の緊急報告会は西日本豪雨が発生した後に企画されたが、開催直前に台風21号が日本に上陸し、北海道では大地震が発生したためにこれらの災害も含めた緊急報告会になった。この緊急報告会には約30人の専門家・研究者が危機感をもって登壇した。いくつかの調査結果や問題提起のごく一部だが以下に紹介する。
地球温暖化と気候変動との関係などに詳しい東京大学先端科学研究センター教授の中村尚さんは西日本豪雨による降水量などについて報告した。その中で、高知県安芸郡馬路村で1853ミリを記録するなど、西日本各地で過去の記録を大きく更新する降雨量があり、全国685観測地点平均で217ミリという過去35年で最大の降雨量だったことを明らかにした。
その上でこうした豪雨をもたらした大きな要因を説明した。中村さんは、日本近海の海温が上昇したことで熱帯からの気流が多くの水蒸気を含み、その結果、連続して積乱雲が発達したプロセスを例示した。台風についても日本近海の温暖化に伴って台風が衰えないまま日本列島に接近する傾向を指摘し、「これからも猛烈な台風の発生頻度が高くなるだろう」と予想している。
また、西日本豪雨の土砂災害を緊急調査した砂防学会の執印康裕さん(宇都宮大学農学部教授)は、広島県内の土砂災害被害を中心に解説。被害を大きくした要因として、降雨量そのものが多かっただけでなく、集中的に強い雨が降って(高降雨強度)、表層崩壊が尾根付近から発生し、結果的に大量の水を含む土石流や土砂流が広範囲に起きたことなどを挙げた。
西日本豪雨では短時間に広い範囲で土砂災害や洪水・浸水被害があったために、大量の災害廃棄物が生じた。廃棄物資源循環学会の研究者である森口祐一さんは、この豪雨により広島、岡山、愛媛3県で230万トンもの災害廃棄物が発生したとのデータを示した。その上で生活環境の保全や公衆衛生の確保のためにも事前に災害廃棄物処理計画を作成し、災害発生後速やかに廃棄物処理作業を始める重要性を指摘した。その中で計画通り作業を進めるために必要なポイントとして、事前に人材や仮置き場を確保することや周辺自治体との連携体制を構築しておくことなどを挙げている。
西日本豪雨の人的被害について報告した静岡大学防災総合センター教授の牛山素行さんは、死者・行方不明者231人を対象に調べた結果などを報告した。牛山さんは231人のうち125人が土砂災害で亡くなっており、洪水による81人より多かったこと、181人もの人が避難行動をとらずに犠牲になったことなどのデータを示して、山間部での避難の在り方がいかに大切かを訴えた。西日本豪雨についてはこのほか、ダムの洪水調整機能の向上が必要なことや、ダム放流時期の判断などについての問題提起や緊急医療活動報告など、今後の防災、減災につながる具体的な提言、提案が相次いだ。
台風21号に関して登壇した研究者は、地域ごとの最大瞬間風速を示した「最大瞬間風速マップ」や強風による建物被害の映像をスクリーンに映し出した。こうした報告からさまざまな地域や場所、施設で強風対策が十分に取られていない実態が浮き彫りになった。
北海道胆振東部地震についての緊急報告も行われた。この中で政府の地震調査委員会委員長でもある東京大学地震研究所教授の平田直さんは最大震度7を記録した大地震の被害状況のほか、震源や地殻変動など関する詳しいデータについて解説した。この中で平田さんは震度7を記録した北海道勇払郡厚真町が全国地震動予測地図(2018年版)で「30年以内に震度6弱に見舞われる確率が16.0%」とされていたことを紹介している。
2018年版の予測地図は6月26日に地震調査委員会が公表している。18年版は首都圏や南海トラフ巨大地震が懸念される西日本太平洋岸などの多くの地点で震度6弱以上の地震に見舞われる確率が前年より高まっている。例えば首都圏の千葉市は85%、横浜市は82%。近畿地方の奈良市は61%、四国の高知市は75%。こうした確率は地下や沿岸のプレートの構造や活断層の有無、地盤の固さなどが考慮されてはじき出されている。あくまで予測の数字だが、自分たちが住む地域の確率は、地震に対する備えを急ぐための動機付けになるだろう。
全国地震動予測地図は誰でもインターネットで検索できるが、防災科学技術研究所は、全国の市区町村ごとに、地震、津波、洪水などの危険度を5段階で示す「地域防災Web」をインターネットで公開している。連日の猛暑ばかりでなく、多くの自然災害に見舞われた今年の夏が終わった。今こそ、一人一人が災害リスクを認識して減災への備えを急きたい。
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