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依然厳しい若手研究者の雇用環境 雇用促進の誘導策や新たな具体的制度設計を

2018.03.16

内城喜貴 / サイエンスポータル編集長・共同通信社客員論説委員

 大学院の博士課程を修了後、大学や公的研究機関に就職して3年半経っても半数以上は任期制雇用ー。こうした実態が文部科学省の科学技術・学術政策研究所による調査で明らかになった。博士号取得後の任期付き研究者は「博士研究員」、通称「ポスドク」と呼ばれる。増員された「ポスドク」の雇用環境問題が指摘されて久しいが、多くの「ポスドク」が安定的なポジションを得たいと考えている具体的データも今回示された。現在、科学技術イノベーションを支える人材育成のあり方をめぐる議論が盛んだ。今回の調査結果は、そうした議論の中でも「ポスドク」の具体的就職支援が極めて重要であることを物語っている。

博士課程修了して3年半後でも半数以上は任期制

 同研究所によると、2016年度の博士課程入学者は14,972人で、1997年以来19年ぶりに15,000人を下回った。入学者のピークは2003年で同年は18,232人だった。ピーク時と比べると3,000人以上減っているが、今回の調査結果を読むと博士課程修了後に博士号を取得しても雇用環境は依然厳しいことが分かる。

 基本的なことを振り返る。1990年代前半に科学技術立国を支える人材確保などを目的として「大学院重点化政策」が進められ、博士課程修了者は急増した。その後90年代後半に入ると「第1次科学技術基本計画」に沿って博士号取得者対策とした「ポストドクター等1万人支援計画」が始まった。しかし国内経済は低迷、少子化も始まって民間企業の研究開発費や大学のポストはいずれも削減された。そうした時代背景の中で博士号取得者の任期制雇用が急増した経緯があった。

 科学技術・学術政策研究所による今回の調査結果をみてみよう。同研究所は今回、2012年度に博士課程を修了し、有効回答した2,614人を対象に修了3年半後と、15年度に修了し、有効回答した4,922人を対象に修了半年後の、それぞれの状況についてアンケート形式で調査した。

 その結果多くのデータが示された。12年度修了者は3年半後には90%(コンマ以下は四捨五入)が博士号を取得していた。自然科学系はどの分野も90%を超えていたが、人文科学系は66%、社会科学系は76%と低かった。就職状況については、53%が大学に、7%が公的研究機関にそれぞれ就職し合わせると60%だった。この数字は民間企業に就職した26%よりはるかに多かった。非営利団体に就職した人は8%だった。

 同研究所は2012年度に博士課程を修了した人の1年半後も調べているが、就職先の割合は今回結果とほぼ同じだった。「ポスドク」の雇用環境問題が指摘されてから大学や公的研究機関だけでなく、企業の研究開発部門への就職をいかに増やすかが課題だったが、こうした結果について同研究所は「キャリアパスの多様化が進んでいるとは言い難い」と指摘している。

 今回の調査で注目されていた雇用状況については以下のような実態が明らかになった。12年度修了者の3年半後については、大学や公的研究機関に就職した人のうち52%が任期制雇用で、終身雇用(テニュア)制は37%。終身雇用に道を開く制度として期待されているテニュアトラック制(基本的には任期付きだが、任期終了前に公正で透明性の高い安定的な雇用に就ける審査が設けられている)は11%だった。任期制雇用の割合を自然科学系の分野別でみると、理学分野は69%で、終身雇用制の19%を大きく上回っていた。一方工学分野は42%で終身雇用割合の40%とほぼ同じ。理学と工学で目立った差が出ていた。人文、社会科学系は人文、社会科学とも任期制雇用割合は50%前後だった。

グラフ1 大学や公的研究機関に就職した人の雇用状況(科学技術・学術政策研究所提供)
グラフ1 大学や公的研究機関に就職した人の雇用状況(科学技術・学術政策研究所提供)

「研究者として安定的なポジションを得たい」

 大学や公的研究機関の任期制雇用の人を対象に「今後の職業キャリアに関する展望」を尋ねたところ、56%が「大学や研究機関で研究者として安定的なポジションを得たい」と答えていた。「大学や研究機関で、研究に関連した仕事をしたい」「雇用先にはこだわらないが、研究経験が生かせる仕事に就きたい」と答えた人がいずれも14%いた。

グラフ2 今後のキャリア展望( 2012 年度修了者の3年半後)(同)
グラフ2 今後のキャリア展望( 2012 年度修了者の3年半後)(同)

 調査は所得についても尋ねている。12年度修了者の1年半後から3年半後にかけて所得は全体に上がっていた。分布では300〜400万円層が減少し、600〜700万円の層が増えていた。しかし、人文、社会科学系では、3年半後になっても100〜200万円の層が減っておらず、厳しい状況が持続していることが分かった。

 このほか、15年度に博士課程を修了した人の調査では、38%が返済義務のある奨学金や借入金があり、博士課程の学生の42%が課程修了時に300万円以上の借入金があったことも判明するなど、若い研究者を取り巻く厳しい環境の一端が浮かび上がった。

グラフ3 2012 年度修了者の所得の変化(同)
グラフ3 2012 年度修了者の所得の変化(同)
グラフ4 2015年度博士課程修了時の借入れ状況(同)
グラフ4 2015年度博士課程修了時の借入れ状況(同)

 例えば以下の実例。「博士号を取得した後に複数の大学の理学部で『ポスドク』を経験。40歳代になり、子供も成長して出費がかさむようになった。このため、収入の安定を目指して民間企業の開発部門目指して就職活動を続けている」。今回の調査では若い研究者個々の状況は分からないが、こうした研究者のケースを頻繁に聞く。

 過去、博士号を多く輩出した時代に、景気低迷による企業の研究開発費削減や少子化傾向による大学のポスト不足という現実が重なっていった。しかしそれを「不幸な合致」の一言で片付けているだけでは問題は解決しない。

「卓越研究員」事業などさまざまな試みに期待

 問題解決は一朝一夕にはいかないものの、さまざまな試みも続けられている。その一つが2015年にスタートした若手研究人材育成制度(正式名称「科学技術人材育成費補助事業」)による「卓越研究員」だ。若手研究者に安定かつ自立して挑戦的な研究環境を与えるのが目的で、研究の場として大学、高専、国立研究開発法人、企業など全国の産・学・官の研究機関を対象にしている。

 2016年の2月に公表された公募要領によると、卓越研究員の受け入れを希望する研究機関が提示したポストのうち、要件を満たしたものを文部科学省がホームページで公表。並行して、若手研究者を対象に卓越研究員を公募し、中立的な公的機関によるピアレビューを経て、文部科学省が候補者を決定する。その後、各研究機関と候補者との調整の結果、新規雇用が決定されると、文部科学省が一定期間、研究費などを支援する。各研究機関が、雇用を希望する卓越研究員候補を推薦することも可能という。テニュアトラック制に準じた雇用形態のほか、上位職(教授相当)の全員に再任回数の限度のある任期制を適用している機関には同様の雇用も可能とし、さらには任期なしも認めるなど、雇用形態には大きな幅を設けている。18年度の公募要領は1月に公表されている。

 第5期科学技術基本計画では「科学技術イノベーションの基盤的な力の強化」(第4章)の中で若手研究者向けの任期なしポストの拡充促進やテニュアトラック制の原則導入促進、さらに大学での本務教員の1割増、女性研究者の新規採用割合増などを掲げている。こうした目標を達成するためには、研究者の雇用を促進する誘導策や、きめ細かい新たな制度設計が一層重要になっている。

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