レビュー

奨学金の重荷減らせるか 全員対象の所得連動返還型へ

2016.02.17

小岩井忠道

 社会人になって奨学金返還が重荷になっている低所得層拡大に対応するため、新しい奨学金返還制度を創設する文部科学省の作業が進んでいる。所得連動返還型奨学金制度有識者会議のこれまでの議論を基に「第一次まとめ(案)」が公表され、一般からの意見募集が始まった。意見募集の期間は2月23日までとなっている。

 日本は、高等教育に対する公的支出が少ないことが国際的にもよく知られている。経済協力開発機構(OECD)の調査で、2012年の支出は対国内総生産(GDP)比0.5%にとどまっている。OECD加盟国の中で下位から2番目の低さだ。保護者や学生自身による負担がそれだけ大きいことを示している。「第一次まとめ(案)」によると、大学生や大学院生の生活費に対する家庭からの給付額は02年度の155万7千円をピークに減少を続け、12年度は121万5千円まで下がっている。これに対応して奨学金による収入も増え、02年度の22万6千円から12年度には40万9千円になった。奨学金を受給する学生の割合も、大学学部(昼間部)で02年度の31.2%から12年度には 52.5%に増えている。

 「第一次まとめ(案)」は、大学や大学院を卒業・修了した後の所得に応じて返還額を軽減することで、負担を減らすことを狙っている。現行制度でも2012年度から導入されたばかりの所得連動返還型はあるが、奨学金申請時の家計支持者の年収が300万円以下という学生が対象となっており、卒業後、年収300万円になるまで返還を猶予するという内容だ。新しい制度は、全員を対象にしているところが大きな違い。2017年度の新規貸与者から適用し、卒業・修了後の課税対象所得が年300万円以下の人たちに対し、返還額を所得の9%または10%に抑える。課税対象所得が300万円とすると、毎月の返還額は8,500円ないし、9,500円になる。

 欧米の高等教育における公的支出の実情に詳しい永野博(ながの ひろし)慶應義塾大学特別招聘(しょうへい)教授によると、ドイツでは大学の授業料は無く、博士課程の大学院生には給料が支払われている。オランダでも博士課程の大学院生には給料が出ている。フランスも09年に「公的高等教育・研究機関の博士課程学生との契約に関する政令」が公布され、博士課程の学生に、国の契約職員と同じように生活費を払うようになったという。(2015年12月21日オピニオン・経済協力開発機構(OECD)グローバル・サイエンス・フォーラム議長 永野 博 氏「授業料? 日本の博士課程制度設計はガラパゴス」参照)

 「第一次まとめ(案)」には、所得連動返還型奨学金制度を導入している英国とオーストラリアの例が紹介されている。それぞれ年収が一定額を超える金額部分に対し、9%(英国)、4?8%(オーストラリア)の変換率を掛けた額を返還額とする仕組みとなっている。興味深いのは、こうした制度によって政府の奨学金予算にどの程度の赤字が出ると見込まれているかだ。英国は、12年度末に160?180億ポンド(約3兆円)、42年度末に700?800億ポンド(約16兆円)の赤字が見込まれている。オーストラリアも2013年6月時点で71億豪ドル(約7千億円)の赤字が発生しており、13−14年の新規貸与者について11億豪ドル(約1千億円)の赤字が生じるとの推計がある、という。

 さらに目を引く記述がある。「両国とも、もともと授業料全額を公的負担(無償)としていた経緯があり、授業料を徴収することに転換した時点で政府の収入増になっていることに留意する必要がある」というのだ。

 新しい所得連動返還型奨学金制度案によっても、日本は高等教育の公的支出が低い国という評価を覆すのは難しい、ということだろうか。

関連記事

ページトップへ