20年以上前だったと思う。通信社勤務時代に職場の先輩が、中国から訪日したグループの面倒を見る役割をした時の面白い経験談を話してくれた。よかれと思って連日、高級中華料理店に連れて行ったところ、いよいよ日本を離れる日が近くなって団長格の人が言ったそうだ。「日本のラーメンが食べたい」
世界的に名を知られるチャン・イーモウ(張藝謀)監督が、2005年の東京国際映画祭に国際審査委員長として来日した時のことだったろうか。映画関係者に同じような話を聞いたことがある。滞日中、イーモウ監督は毎日ラーメンを食べていたそうだ。それもあちこち店を替えて…。要するに日本のラーメンは相当前から、中国人の間でも確たる評価を得ていたということだろう。
ノーベル文学賞は、前評判が高かった中国人作家、莫言氏に贈られることになった。映画「紅いコーリャン」(1987年)の原作を書いた人だと初めて知る。映画の方は、チャン・イーモウ監督のデビュー作品だ。この映画の後半に出てくる抗日活動の描写、特に日本軍の残虐な行為がすさまじかった。
もう一つ鮮明に覚えている場面がある。些細なことで腹を立てた主人公が、腹いせに自分たちの商品であるコーリャン酒の入った甕(かめ)の一つ一つに小便を注ぎ込む。ところがそれによってうまい酒ができて…、という思わぬ話になる。実際にそんなことがありうるだろうか。アルコール好きの人間としては見終わった後、大いに気になったものだ。
中国映画が、いつごろから世界的に大きな評価を得るようになったかは知らない。編集者に関しては、レンタルビデオ店で借りた「紅いコーリャン」が、中国の映画作家のパワーに驚嘆するきっかけだったような気がする。続けて何本か見たうちでは「變臉 この櫂に手をそえて」(呉天明、1996年)が特に印象深い。小舟を家にしている大道芸人の老人と後継者にするために買われた少年(実は少女)の物語だ。いい作品だと思ったのは、個々の庶民を律する心情は共通で分かり合えるものが多そうだ、と感じたからではないだろうか。今の日本と中国では、国家のありようからしてだいぶ異なるにしても…。
表現の自由に著しい制約が加えられているとみられている中国で、莫言、チャン・イーモウ(張藝謀)、呉天明という人たちが世界の人々を感動させる映画、小説を創り続けていることをどう考えるべきなのだろうか。芸術家というのは、国家の干渉など制約が大きいとかえって創作力がかき立てられ、多くの人を感動させるような作品を生み出すということだろうか。
15日から始まる新聞週間に合わせた記事が各紙に載り始めている。芸術に限らずジャーナリズムも制約が増すほどよい記事が多くなると考えれば、新聞・通信業界も悪いことばかりでもないと思う。電車の中で見ているのは携帯の画面ばかり。そんな大人が増えているのは間違いないが、通り一遍の見解や解説に満足しない人間もまた、年齢にかかわらずいつの時代にも相当数いるだろうから。
かえって読み応えのある記事を求める読者の比率は高くなっているのではと思うが、どうだろう。