レビュー

編集だよりー 2012年7月29日編集だより

2012.07.29

小岩井忠道

 何事も疑ってかかる、というのは記者の基本動作の一つである。しかし、通信社記者時代から相当甘かったのだろうなあ。今に至るまで…。ロンドンオリンピック開会式のテレビ中継を見ながら苦笑した。

 ジェームズ・ボンド役のエスコートを受けてエリザベス女王がバッキンガム宮殿の庭からヘリコプターに乗り込む。「ちょっと大胆すぎない。女王が乗っているというのに」。テームズ側にかかる橋のゲートの間をくぐり抜けたときも、まだ気づかない。開会式会場近くでヘリコプターからボンド役が身を乗り出すようにして何度か下をのぞく姿に違和感もなく、この時点でもまだ何の不審も抱かなかった。ボンド役と女王が相次いでヘリから飛び降りるのをみてギョッとし、ようやく「実際にパラシュートを背負って飛び降りた女王(ボンド役の男優も恐らく)は、スタントパースン」と分かった次第。

 開会式の総合演出は高名な映画監督が担ったそうだが、王室それも女王陛下まで引っ張り込んでしまう大胆さにすっかり感服してしまった。ヘリコプターに乗り込むまでの映像は女王ご本人だったと思われる。日本だったら皇室に話が届く前に、準備委員会の企画段階で葬り去られるのではないだろうか。これは日英両国民の皇室、王室に寄せる思いの違いというより、民族のユーモア感覚の差ではないか、と思いを巡らす。

 すっかり見事な開会式の演出に感心し、とりわけ聖火点灯の場面の意外さ、秀逸さに脱帽する段階で、疑問がわいてきた。ビートルズが出てこないのはなぜ?

 ということもあり、最後の最後にポール・マッカートニーが登場したので、大いに満足する。会場にいた人々、テレビ中継を見た特に英国の人々の感激はもっと大きかったのではないだろうか。ポールの声に合わせ、「ヘイ・ジュード」を一緒に大声で歌えるというのだから。4年に一度のスポーツ最大の祭典の開会式を、世界が認めるとはいえ自国の音楽界の英雄に締めさせる。なんとも心憎く、素晴らしい着想ではないか。そう感じたテレビ視聴者も多いのではないだろうか。

 結局、引き続きオリンピック中継を見続ける結果となった。柔道については、あらためてスポーツとしてのありようにいくつか疑問点を感じる。相撲ではまわしをあえてゆるく締めている、と指摘された力士が昔いた。前みつを引きつけて一気に寄り切る、あるいは強烈な投げが得意といったタイプの相手に十分力を出させないという効果があったのだろう。柏鵬時代と呼ばれ大鵬、柏戸の実力が抜けていたころ、柏戸が大鵬と同部屋の大麒麟によく負けていた。この大麒麟のまわしが最初からゆるめだったことはよく知られていたと記憶する。

 柔道の場合、上着がきちんと帯で固定されていないまま、試合が続けられることが、またしても気になった。上着がしっかり帯で固定されている場合と、帯からはずれてだらりとたれている状態とでは、えりやそでをとられても引き付けられる力がまるで違うではないか。上着をきちんと帯で固定するよう審判の注意の仕方に統一性がないとしか見えないのは、なぜなのだろう。そうでなくても腰を引いて相手にしっかりえりをとらせまいとする手先だけの争いが延々と続く、興ざめの試合が多いのだ。柔道関係者がどうしてこんなことがきちんと正せないのか不思議でならない。

 と、ぶつくさ胸の内でつぶやきながら柔道のテレビ中継を見続けたのは、同郷の福美友子選手に関心があったからだ。しかし、不安が的中してしまう。翌29日午前、TBSテレビのサンデーモーニングに出ていた山口香・筑波大学大学院准教授の「最初の試合から体が硬いままで、棒のようだった」という言葉に納得する。モスクワオリンピックに日本が不参加だったため、全盛期を過ぎたロスオリンピックにしか出場できず優勝できなかった。そんなマラソンの瀬古利彦選手を引き合いに、ピーク時の北京オリンピックに出られなかった福美選手の不運を指摘していたことも「同感!」という思いだ。北京オリンピックでは、谷亮子選手が過去の実績を買われて出場したものの準決勝で「指導」をとられて負け、銅メダルに終わっている。

 サンデーモーニングのレギュラー出演者である張本勲氏も、「まじめすぎるから」という意味の短い言葉で福見選手の敗退を表していた。やはり一流のスポーツ選手だった人たちのコメントは一味違う。

 福美選手が小学生か中学生のころ練習に励む映像をテレビで見たことがある。相当ハードと思われる単調な反復練習を繰り返す動きが、おそろしく敏捷なのに驚嘆した。性格も多分あの表情通りで、真っ向勝負のスタイルを変えられない選手なのだろうと感じる。

 「金メダルを取れなかったのが悔しい」という試合後のコメントも福美選手らしい、と思った。「みなさんの応援に応えられず申し訳ない」などと体裁を飾らない…。

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