レビュー

編集だよりー 2012年4月1日編集だより

2012.04.01

小岩井忠道

 和歌山の山奥で、パンダの先祖とみられる新種の撮影に女性写真家が成功した。パンダと毛の白黒模様が逆なのが特徴。残されていたふんをDNA鑑定し、中国のパンダとの遺伝的つながりが分かれば証明できる。古文書に1,700万年前にいたと書かれている、模様があべこべのパンダの生きた化石が日本に生き残っていることが。だが、中国のパンダ研究の権威が「ツキノワグマの亜種だ」と否定し、鑑定にも難色を示して…。

 4月1日、東京新聞の朝刊看板ページ「こちら特報部」の記事がよくできていた。最後まで読んでも気付かず、次の記事「低速増殖炉『みろく』—ウラ原子力ムラの野望」の途中から、「?」という気になりだし、3番目の記事「怒力発電も着々」を読み始めるに至って、ようやくだまされた、と気付く。

 エイプリルフールの記事に引っかかったのは、これが初めてではない。オバマ米大統領が就任して間もないころの記事だったろうから、3年前の今日だ。同じ「こちら特報部」面に、オバマ大統領の異母弟だったか異父弟だったかの日本人がいた、という記事が載っていた。あまりにうまく書かれているため、完全に信じてしまったのを思い出す。精悍(せいかん)な感じの写真の人物は、実は大統領とは縁もゆかりもない東京新聞の記者だった、と後日、週刊誌だったかで、知った。

 数日前、都心のある場所であったことを思い出す。いつもご馳走になっている高校の大先輩が海外からの客人をマジックバーで接待して戻って来た。同行の皆さんが、「不思議だ」「信じられない!」などと見てきたばかりのマジックについて興奮気味に話している。しばらく聴いていて、昔の嫌らしい記者根性が飛び出してしまった。

 「そりゃー、最初から本物のコインを瓶になど入れていません!」。根拠も確信もまるでないのに、である。

 好きなカードを客に選ばせ印を付けさせた後、なんと冷蔵庫から取り出したメロンだかレモンの中から、そのカードが現れる。そんな話にも、よせばよいのにまた口を挟んでしまった。「果物を切った包丁に仕掛けがある(そのカードをすり込ませてある)か、包丁を入れたとき一緒にカードを滑り込ませるかのどっち」

 皆さんその時は、特に不快な表情を示したわけではない。しかし、こんな振る舞いこそ、空気が読めない、というのだろう。全く別の話題に移った際に、思わぬ人から反撃を食う。もっともその時も、マジックを話題にしていた時の会話に対するしっぺ返しだろうとは気付かない。帰宅後寝床に入って、はたとわが未熟さに思い至った、というお粗末さであったのだが…。

 2007年に文化勲章を受章された有機化学者、中西香爾コロンビア大学教授は、マジックが得意だ。大勢が集まる学会で妙技を披露するよう実行委員からよく頼まれたという。学会に出かける前、旅行かばんにいそいそとマジックの小道具類を詰め込む姿を奥方に見つかって、よく笑われた、と通信社記者時代に聞いたことがある。これは面白い、とインタビュー記事の中に数行入れたら、デスクにバッサリ削られてしまったが…。

 「180度近い方角から数百人の視線にさらされて、だれにもタネを見破られないものか」。編集者の質問に対する答えをよく覚えている。「見られては困る方向と逆の方に注意を向けさせる仕草をすると、ほぼ全員の視線がそちらを向く」。その一瞬に別の方の手で何かを取り出したり、すり替えたりしてしまう、ということらしい。

 それにしても大きな会場ほど、観客の視線の動きはわずか、せいぜい数度でしかないはず。それでも肝心の方の手の動きに気付かないものか、とえらく感心したことを思い出す。

 よくできたマジックとエイプリルフールの記事に、共通点はないだろうか。いかにも本当らしく見せかける工夫や仕掛けがみそ、という。今年の東京新聞のエイプリルフール記事面は4分の3が科学、技術に関わるものだった。もっともらしい装飾や味付けに、科学、技術は格好の材料になり得るということだろうか。

 それはともかく、タネも仕掛けもない手品などあるわけない、などとわざわざ言うようなばかげた行為は金輪際やめることにしよう。安くないお金を払ってマジックショーを楽しんできた、それもひとかたならぬお世話になっている人々に対して…。

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