レビュー

編集だよりー 2011年9月24日編集だより

2011.09.24

小岩井忠道

 1週間延期したおかげで山中湖近くの山歩きを十分、堪能することができた。前回、7月に奥多摩で多摩川沿いの遊歩道を一回りした時のような失態は繰り返せない。新宿駅でJRホリデー快速に乗り換える際、ホームを探すのに手間取り、目の前を電車に走り去られてしまったのだ。仲間を追いかける途中、乗り換え駅のホームで同じように遅刻した2人とばったり出会って、笑ってしまったが…。

 通信社時代の仲間たちは、口が悪いのが多い。2度続けて遅刻ともなれば何を言われるか分からないので、幹事が勧めるよりも30分以上早い電車で待ち合わせ場所の富士急「富士山口駅」に向かう。大月で富士急に乗り換え、しばらくすると携帯の受信音が鳴る。「今富士急の車内で間もなく富士山口に着くところ」。また遅れたに違いない。そう思いながら電話をしたと思われる幹事の、拍子抜けした顔を思い描きながらニンマリする。

 バスで三国山ハイキングコース入口まで移動し、急でかつ滑りやすい山道をパノラマ台まで上り切る。上から見下ろしていた先客から「暑いのにご苦労だね」との声。「1人だったらばかばかしくて歩きません」と応じて笑わせる。この場所は車でも来ることができ、右下に山中湖を入れて富士を捉えることができる有名な撮影スポットらしい。富士山に向かって10近い三脚が行儀よく並んでいた。

 人間、仕事というものがなくなっても、楽しみというのが無くなるわけではなさそうだ。辛抱強く富士山が見えるのを待っている人々を見て、ホッとする。

 ここから鉄砲木の頭(標高1,291メートル)までは単調だが歩きやすいコースだ。頂上で弁当を開いている間に、今日は無理かとあきらめていた富士山頂が右側から少しずつ見え出してきた。雲の動きというのは速いというのがよく分かる。食べ終わるころには、中腹を覆う雲の上に山頂がくっきりと姿を現した。富士山をバックに皆で記念写真に納まる。

 迷わずスケジュールをこの日に再設定した幹事をひとしきり褒めた後、再び歩き始めた道はブナ林の中でなかなか心地よい。次なる目標地点、高指山の頂上に着くと、一部開けた場所にアヤメに似た草が明らかに人為的な配置で生えている。「ヒオウギ(檜扇)。ヌバタマという黒い実が特徴」。植物に詳しい東京大学農学部卒の元同僚が即座に教えてくれた。

 「ヒオウギ」という言葉が一度で聞き取れず、何度も問い直したが、ヌバタマというのは確か枕ことばにあったような記憶がある。そんなことを考えながらしばらく歩くと木に掛かった小さな説明板があった。黒いヌバタマの実の実物とともに、山部赤人の歌が書いてある。いずれにしろ、なんのことやら知ろうともしないまま、かすかにヌバタマという語だけを覚えていたということだ。

 高指山から湖畔の山中湖村平野に下る道は初めてとはいえ懐かしい感じがする。伸びたススキの間をぬって歩き回るのは、幼少時に郷里の茨城県北部ではよく経験したことだから。あのころ家の裏はすぐ山で、わざわざ大荷物をしょって登山に出かける人の気が、初老になるまで理解できなかったものだ。

 体力に不安のない幹事が皆の歩く速度を読み間違えたらしい。平野に下りたときは、数少ない富士山口駅までのバスの出発時刻まで30分ほどしか余裕がなかった。予定の石割の湯に浸かるのは断念し、次の目当てである富士山口駅ビル内の飲食店に直行となる。帰り道に接する山中湖は、道路に水があふれ出しそうなほど湖面が高い。湖の中には倒れている木もある。台風の影響がまだ残っているのだ。

 「下流の合流地点で水があふれる心配があるので、こちらの都合だけで水を流せない」。サービス精神に富むバスの運転手が、ハンドルを握りながらいろいろ説明もしてくれる。市街地に入ると、再び雲に覆われてしまった富士山がまた顔を出していた。家屋の屋根越しあるいは建物の間から見る富士山というのは、とても大きい。静岡県側から眺める姿も雄大で見事だが、山梨県から望む富士の姿も場所をちょっと移動しただけでいろいろな表情を見せてまた別の魅力がある、とあらためて感じた。

 「今日は晴れているから空が明るい。曇りだと6時には暗くなってしまう。皆さんは幸運、初雪の日にぶつかったし」。バスの運転手の説明で初めて気づいた。昼に鉄砲木の頭から眺めた富士山頂付近で上下方向に伸びる数本の白い筋は雲ではなく雪だった、と。

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