レビュー

編集だよりー 2011年4月15日編集だより

2011.04.15

小岩井忠道

 2日前の編集だよりで紹介した18年前の文章を探している時に、別の文章が目に留まった。こちらは17年前に同じ編集週報という通信社の社内文書に書いた記事だ。当時、朝日新聞にトップで特ダネを載せられたことを褒める代わりに、その8年前、編集者が同じことを警告した記事を書いていたことをちゃっかりPRしている。

 すっかり忘れていたが、おかげで3月14日の朝日新聞朝刊に竹内敬二編集委員が書いていた「甘い想定 頼った『最終手段』」という記事との関連にもようやく気づいた。竹内編集委員の記事は、1号機に続いて3号機でも格納容器にある弁を開ける作業(ベント)が行われたことについて書いている。「このガス放出弁は、実は、原発の建設時には『日本では炉心溶融が起こらない』として装備されていなかった」という事実を明らかにした上で、「海外の動きにおされて導入した弁が、今は最悪の事態を回避する命綱になっている。当初の事故想定がいかに甘かったかを示している」と東京電力をやんわり批判している。

 記憶が少しずつよみがえってきて、昔、福島第一原子力発電所の1-5号機が、安全性に問題があるといろいろ指摘されていたことを思い出した。1-5号機は「マーク1型」といって、それ以後の対応に比べ格納容器が小さいという特徴があった。「マーク1」という言葉で検索すると、さすがに原子力発電所の安全問題に詳しい人はいるものだ。「世界に架ける橋」というブログサイトを持つ高橋浩祐という方が「なぜ東電は欠陥原子炉のマーク1型を使い続けたのか。なぜ国は使用を認め続けてきたのか。」という記事を載せていた。

 その中で米テレビ局ABCが、ゼネラル・エレクトリック社(福島第一原子力発電所1号機を造ったメーカー)の科学者ら3人が35年前にこのマークⅠ型の設計に欠陥があるとして、抗議目的で職を辞していた事実を3月15日に放送したことを紹介している。ABCのニュースサイトを開いてみると、冷却水喪失が起きるとエネルギーの急激な放出による衝撃で格納容器が破れ、放射性物質が放出される危険性をその科学者が主張していた。ABCのニュースは米原子力規制委員会(NRC)のハロルド・デントン原子炉規制部長が、既に1986年当時、マーク1の格納容器が小さいことを懸念する発言をしていた、という当時のワシントン・ポスト紙の報道も紹介している。

 「Successのブログ」という別のサイトには、1989年7月6日の日経新聞に載った滝順一ワシントン特派員(現・論説委員)の記事も載っていた。デントン部長が懸念を表明した86年の3年後にあたる。滝特派員は次のように書いていた。「米原子力規制委員会は5日、米国内で運転中の『マーク1型』原子炉について格納容器に圧力緩和用の緊急通気弁を取り付けることを承認した。(緊急通気弁は)炉心溶融などの重大事故で容器内の圧力が高まった場合、放射性ガスを外に出すための装置。『マーク1型』は米ゼネラル・エレクトリック社製の沸騰水型原子炉で、日本にも同型の炉がある」

 以上、いくつか紹介した記事からみると、1986年に既にNRCの原子炉規制部長がマーク1型原子炉の安全性を心配しており、89年には米国で緊急通気弁の取り付けが承認されている。冒頭に紹介した17年前(1994年)に朝日新聞がトップで報じた記事というのは、「炉心溶融含め大事故対策。電力業界が転換。原発の構造手直し」というものだ。竹内編集委員が3月14日に書いた記事の「90年代半ばから弁の設置を始めた」という記述と合う。

 福島第一原子力発電所では、1号機と3号機で水素爆発が起き、原子炉建屋の壁面が吹き飛んだ。格納容器内の圧力が高くなり、そのままでは格納容器が破壊されるのを防ぐため圧力緩和用の緊急通気弁を開いている。その結果、起きたことはまず間違いないだろう。圧力容器内の燃料被覆管と水蒸気との反応で発生した水素が、格納容器に漏れ出て、さらに原子炉建屋内に意図的に放出された結果、水素と酸素が反応し…。途中まではNRCが四半世紀前に予測していた通りのことが起きたわけだが、格納容器から放出した水素が爆発を起こさないようにする方策について、NRCはどう考えていたのだろうか。

 いずれにしろ、もし福島第一原子力発電所の1、3号機に緊急通気弁が後から取り付けられていなかったらどうだったろう。格納容器の爆発というさらにひどい破壊的な事態が起きていた可能性が高かった、ということになる。弁が取り付けられる90年代半ば前に今回のような地震が起きていたら…。そう考えて青ざめた東京電力や経済産業省の人たちもいたのではないだろうか。

 さて、冒頭に書いた25年前(1986年)に編集者が書いた特ダネとは何か。「深刻な事故が起きた場合、大量に発生するガスの圧力で格納容器が破壊する危険がある。こうした場合に備え、ガスを外部に逃がす改善策の検討を米原子力規制委員会(NRC)が始めている」という内容だった。ABCのニュースにも出てくるハロルド・デントン原子炉規制部長にインタビューして聞き出した話だから間違いはない。

 この記事が配信されるとすぐに通産省(当時)がわざわざ記者会見を開き「日本の原発には関係ない」ことを力説した、と後で聞いた。そのせいか地方のいくつかの新聞には載ったようだが、全国紙、テレビには確か、無視されたような気がする。

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