レビュー

編集だよりー 2010年12月2日編集だより

2010.12.02

小岩井忠道

 昔、耳慣れない名の企業がテレビコマーシャルを流しているのを見て、妙な気がしたことがある。名前からしてエレクトニクス関係とは推測できた。しかし、明らかに生活用品を売っている会社ではない。そんな会社が、何のために高い宣伝費をかけてCMをテレビで流す必要があるのか、と。

 科学技術振興機構で行われた内輪の講演会で、ある化学会社の広報担当者の話を聞いた。こちらの化学会社も冒頭に紹介した会社同様、一般消費者向けではない製品を製造・販売している会社だ。なぜ、そんな会社がキャラクターを作ったりすることに人も金もつぎ込み、さらにテレビコマーシャルにも力を入れているのか。

 製品の販売促進だけを狙ったものではない。むしろ社名を社会に広め、それでもって社員の愛社精神やプライドを高めることも目的。自分の経験でも、これはと思う新卒予定者に採用寸前で逃げられたことがあった。本人は入社に傾いていたのにどうも親が「そんな知名度の低い会社はやめとけ」と言った可能性がある…。人事担当だったこともあるという方のユーモアに富んだ話に、なるほどと納得する。

 この会社が、頭に創業地の名をかぶせた“分かりやすい”社名から、短いカタカナ文字の社名に替えたのは1970年のことだそうだ。その前に大学の工学部を卒業している編集者にとっては、旧社名の方がピンと来る。話を聞いているうちに、通信社記者時代を思い出す。

 通信社というのは、この化学会社と似たようなところがある。小売業者ではなく卸業者なのだ。ニュースという商品を売るのは、読者や視聴者というエンドユーザーではなく、新聞社や放送局が主である。時事通信社の方は、ニュースの配信社である新聞社、放送局と毎年、ニュース配信料について交渉し、契約を取り交わしているのに対し、共同通信社は社団法人のため、社員社である全国の新聞社とNHKが必要な経費を分担して負担する仕組みになっている。

 両通信社は、太平洋戦争終了直後に前身の同盟通信社から分かれて再発足した。組織のあり方はだいぶ異なるが、新聞社やNHKに比べると知名度が恐ろしく低い共通点がある。今でこそ、学校の教科書にも通信社の名前が載っているそうだが、特に編集者が入社したころ、世の中で社名を知っている人は限られていた。前身の同盟通信の方がまだ年配の人たちにはよく知られていただろう。

 「○○通信社というのはかくかく次第の報道機関で、記事はこれこれのところに配信されます」。普通の市民に取材するときは無論のこと、大学の先生などに取材を申し込む場合ですら、こんな前口上から始めなければならない。多分、「○○新聞社ですが」あるいは「NHKですが」と言えば喜んで取材に応じた相手に「ちょっと忙しくて」などと体よく断られたケースも相当あったのではないだろうか。

 できれば社名というのは、最初にきちんと付けてみだりに変えない方が社員はやりやすい。講演者の話から昔の苦労をつい思い起こしてしまった、というわけだ。

 いい社名とはどんなものか。自然科学にかかわらず学問の世界では、普遍的な規則や関連を見いだすことが重視される。しかし、社名や氏名となると普遍的というのはマイナスでしかないように思う。例えば何も予備知識がない読者が「ワシントン共同」という海外ニュースの頭に付く表示を見て、「共同」が共同通信社を意味すると分かるだろうか。編集者自身、共同通信社という組織があること自体、大学生になってもずっと知らなかった。固有名詞とすぐに分からないような社名も一つの理由ではないだろうか。

 ちなみに科学技術振興機構というネーミングはどうだろう。組織としての役割を説明するには必要にして十分。誰も文句を付けようがない組織名と思えるが、他方、多くの人にすぐ覚えてもらうにはもう一つ、といったところだろうか。

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