レビュー

編集だよりー 2010年5月13日編集だより

2010.05.13

小岩井忠道

 古川展生のチェロリサイタルを東京文化会館小ホールで聴いた。「ハンガリーの誘い」というタイトルがついている。演奏作品は1曲をのぞいて初めて聴くものばかりだし、そもそもこれまで名前を聞いたこともない作曲家が半分もいた。わが音楽に対する知識の程度をあらためて思い知る。

 とはいうものの、最初の曲(バルトーク「ルーマニアン・フォークダンス」から「退屈でどうにもならない」と感じる作品がない。演奏家が相当の実力者だからだ、と思う。加えて、なぜか前に聴いたことがあるような気にさせる心地よさ、懐かしさを感じさせる演奏が続いたからではないだろうか。ハンガリー音楽は、ジプシー音楽と密接な関係があるとされるし(本来は違うらしいが)、マジャール人もロマ人も元をたどれば東洋人。音楽が日本人にしっくり聴けても不思議ではない、と勝手に納得する。

 ハンガリーの作曲家による作品が続いた後、「これからは自分の好きな曲を」と弾いた最初の曲が、マルチェロという作曲家の作品(アダージョ)だった。よくもまあチェロとピアノがうまく絡み合うものだ、とすっかり感心する。

 チェロのための曲というのは、おそらくピアノ、バイオリンより少ないと思うが、生で聴くなら、編集者レベルの音楽ファンにもチェロはお勧めではないだろうか。

 1988年に第4回目の国際エイズ会議がストックホルムで開かれたことがある。通信社記者時代にこれを取材したとき、「ノーベル賞関係でだれかにインタビューできないだろうか」と軽い気持ちで言ってみた。顔の広いストックホルム通信員がインタビューの約束を取り付けてくれたのが、スウェーデン・アカデミーの会長である。スウェーデン・アカデミーというのはノーベル文学賞の選考機関だが、この記事を書くためにあらためて調べてみたら会員(終身)は定員制で、わずか18人しかいないという。権威という観点から見ると日本の学士院や学術会議より相当、上を行くということらしい。

 実はせっかくのインタビューもわが英語力のひどさでほとんど分からなかった。質問するのもしどろもどろだったのだから、どうにもならない。唯一、「いい文学作品のほとんどはローカルである」。そんな意味のことを会長が言われたと思った。

 前後の応答もあやふやだし、「すべてがローカル」なのか「ほとんどがローカル」か、あるいは「ローカルなものが多い」ということだったかも定かではない。ただ、その時、確たる根拠もなく、しかしすぐに思ったことを覚えている。「なるほど三島由紀夫にノーベル賞はむずかしかったということか」。日本人は川端康成が1968年に受賞して以来、まだだれも取っていないときだった。大江健三郎氏の受賞はこのインタビューをした6年後の94年。ノーベル賞受賞を望んでいたともいわれる三島由紀夫は、川端康成が受賞した2年後に既に自殺してしまっていた。

 クラシック音楽の世界というのは、ドイツ、オーストリアが頂点に位置し、次にイタリア、フランスと続き、ロシア・東欧はその下という序列が歴然としている。そんな記述を読んだ記憶がある。確かに高校まで習った音楽の授業は、まさにその通りだったような気がする。バルトーク、コダーイ、ポッパーといった古川展生が演奏した作曲者たちは、音楽史の授業でもちょっとだけ触れられるか、全く出てこなかったように思う。日本国内で演奏される機会もドイツ、オーストリア、あるいはイタリア、フランス、ロシアの作曲家たちに比べるとはるかに少ないだろう。

 もし、アルフレッド・ノーベルが、文学賞だけでなく、音楽賞の創設も遺言していたとしたらどうだっただろうか。クラシック音楽の世界も変わっていただろうか。ドイツ、オーストリアの音楽が一番。何世紀にもわたってそんな評価・秩序が続く現状と異なり、時代によっていろいろな国の音楽が頂点を極める。多様な国々からノーベル賞受賞者が輩出している文学の世界のように。

 なんてことが、ひょっとしてあり得ただろうか。

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