レビュー

編集だよりー 2010年2月12日編集だより

2010.02.12

小岩井忠道

 京都大学基礎物理学研究所湯川記念館で行われた科学交流セミナー特別企画「科学普及・科学教育がどうあるべきか〜理科好きの入口から次のステップまで〜」に参加した(11日)。

 主催者は「NPO法人・知的人材ネットワークあいんしゅたいん」とNPO法人 サイエンスEネットなどで、前者の理事長、坂東昌子・愛知大学名誉教授には当サイエンスポータルに何度も寄稿していただいているし、名誉会長の佐藤文隆・京都大学名誉教授にもインタビュー欄に登場願ったばかりだ。ついでにパネルディスカッションのパネリストでもある西村和雄・京都大学経済研究所長にインタビュー取材の機会もいただき、京都に出かけた。

 「ついでに保田充彦・株式会社ズームス代表の講演で司会役を」。坂東先生に頼まれて引き受ける。株式会社ズームスは、科学技術振興機構が昨年11月から始めたインターネット映像ニュース配信サービス「サイエンスニュース」のひとつ「サイエンスニュースネットワーク」の製作・配信業務を受託している。これに坂東先生、佐藤先生ら「NPO法人・知的人材ネットワークあいんしゅたいん」の方々が全面的に協力しているのだ。「サイエンスニュースネットワーク」はわがサイエンスポータルのトップ画面にあるバー「サイエンスニュース」のバーをクリックすると視聴できる。

 保田氏の講演が一番短かったのだが、終わった後の質問は一番多かった。大学や高校などで実際に物理や数学などを教えている人たちや科学コミュニケーションの仕事にかかわっている人たちが多いせいか、インターネットで科学情報を伝えることの意味が実感として理解できるためだろう。

 「これは素晴らしい試みだが、注意すべきことがあるとすると出演者が仲間同士になりサロンみたいになること」。こういう趣旨の発言をした方は、自然科学教育ネットワークの世話人も務めるなど科学教育の世界で長年汗を流しておられる大阪の府立工業高校の教師だった。講演の前に当方が一言述べた感想が念頭にあったのかもしれない。

 「新聞、放送に代表される既存メディアは、当事者の話をまずそのままは伝えないというのが一つの特徴。官僚や政治家の言うことをその通り伝えても意味があるかどうかを考えていただければ、こうした姿勢も理解いただけると思う。ただ、科学や技術となるとちょっと違うかもしれない…」。編集者の言いたかったことは、科学や技術の分野は当事者の言葉を素直に伝える場合がもっとあってもよいのでは、ということだ。例えば、原子力などは事故があった時などばかり大きく報道されるのに反し、原子力にかかわっている研究者、技術者の意見などが伝えられることは恐ろしく少ない。これでは、新聞や放送の情報から一般の人は正確な判断ができないのでは、というかねてからの思いが根底にあった。

 「坂東さんや佐藤文隆さんが自ら話し、あるいは研究者の聞き役になる、というサイエンスニュースネットワークのやり方は貴重だ。ひょっとすると旧メディアにとって脅威になるかもしれない」。こんな感想を述べてみたのだ。

 新聞、放送といった古いメディアで活動してきた科学記者の役割もこれまでとは違ったものにならざるを得ないのではないか。セミナーでのさまざまな人々の発言を聞きながら思った。科学を分かりやすく伝える。これに力を入れているだけでは、科学記者は食べて行けない。やさしくかつ正確に伝えられる人々は記者以外にも年々多くなるだろうし、インターネットによりそうした人々の活躍の場も急速に拡大するだろうから。

 現役の科学記者諸兄姉も新しい時代への早急な対応を求められているに違いない。問題は、新聞という代表的メディアの雇用能力、つまり記者の活躍ずる場自体が急激に小さくなってしまうのでは、という心配だ。

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