数日前、韓国技術助成研究所(KIAT)の人々の訪問を受けた。KIATというのは産業界、特に中小企業への技術支援を目的とする新しい政府機関らしい。特に科学技術情報サービスについて当機構の実情を学びたいということのようだった。サイエンスポータルにも関心があるということで編集者も同席したのだが、つい相手の立場に立って考えている自分に気づいておかしくなった。
海外の政府機関を取材する場合、1-2時間のインタビュー取材で分かることなど、たかがしれている。そもそもその機関が数ある公的機関の中でどういう位置づけにあるか、を知るだけでも容易ではない。さらに、その機関でしかできない主たる任務と、そうでない業務の「仕分け」など至難の業といえる。「この機関で実は一番力を入れているのは○○で、そこそこ手がけている(つまりその組織の中ではさほど重要視されていない)のは○○や△△」などと自分から明言する公的機関などまずないからだ。
肝心なことはそっちのけで、先方にしてみたらどうでもいいことを一生懸命聞き出そうとしているのではないか…。長年の記者生活でしばしば不安になった経験をついつい思い起こしてしまった、というわけだ。
韓国からのお客さんたちも同様では、と勝手におもんぱかって、科学技術振興機構におけるサイエンスポータルの位置づけを相当、乱暴な比喩(ひゆ)を用い説明した。詳しく話すより、簡潔に話す方が相手のため、と考えてのことだ。それに続くやりとりの中に興味深い反応があった。「理科離れが大きな問題になっている。1960年代は、大学進学を目指す高校生に一番人気のあった(入学も難しかった)のは理工系。しかし、いまや理工系とりわけ工学部の人気は惨憺(さんたん)たるものになってしまっている」と言ったら、即座に意外な返事が返ってきたのだ。「韓国も同じ」というのである。
20年近く前、日本新聞協会の日韓科学部長交流企画で訪ねたことのあるKAIST(韓国科学技術院)を思い出した。「KAISTも同様か。ソウル大学以上の難関と当時、聞いたが」。この問いに対しては「KAISTは別格」という答えである。ただし、KAISTの役割は、単に研究者、技術者の養成にとどまらず企業経営者になり得る人材の育成も担っている、という意味の言葉が付け加えられた。
そこで前日、当サイトで紹介したばかりの記事「朝食きちんと摂る効果」を思い出す。川島隆太・東北大学教授らが大学生400 人・ビジネスマン500 人を対象に朝食をきちんと摂る習慣があったかどうか、と在学する大学のレベル、企業での年収に優位な差があるかを調べたプレスリリースを基にした記事だ。
記事を書いた後、最もレベルが高い偏差値65以上の大学学部というのは一体いかなるところか気になった。大手進学塾3社それぞれが出している偏差値が載っているサイトを見つけ、ある程度想定したとはいえ、あまりの偏りにがくぜんとする。
3社平均の偏差値で65以上にランクされている学部(類)は、大半が医学部(類)でこれにいくつかの薬学、獣医学部を加えると残る理工系は、東京大学の理科1類と理科2類だけである。旧帝大、東京工業大学を含む残る国公立大学の理、工学部(類)は軒並み65に届かない。私立大学も理学、工学系は全滅で、何かないかと探してやっと慶応義塾大学の環境情報学部が65以上であることを見つけた。
要するに偏差値65以上の学部は医・獣医・薬学系か文科系にほぼ限られてしまっているというのが日本の現状ということだ。ちなみに文科系は東京大学、京都大学、一橋大学という昔からの難関大学のすべての学部(類・系)が65以上にランクされており、これに東京外国語大学の英語科とフランス語科を加え国立大学で14もある。さらに私立の慶應、早稲田、上智の3大学併せて15もの学部が65以上だ。
偏差値の出し方というのはよく知らないが、理工系、文科系を同等に比較できるのだとすると明らかに、理学部、工学部は成績の良い学生を集められなくなっているということではないか。日本以上に科学技術政策を重視していると思われる韓国ですら、既に理工系が不人気というのである。
この際、理・工学部は学部で徹底したリベラルアーツ教育を実施し、文理どちらでも通用する幅広い能力を持つ人材育成を旗印に掲げる。このくらいの軌道修正を図らないと、学力、意欲ともに秀でた若者を呼び戻すことはできないのではないか。
鳩山首相(東京大学工学部卒、スタンフォード大大学院博士課程修了)、菅副首相・財務相(東京工業大学理学部卒)は、今の状況をどう見ているのだろうか。