レビュー

編集だよりー 2009年12月18日編集だより

2009.12.18

小岩井忠道

 書類の上に置きっぱなしにしておいた新聞通信調査会発行の「メディア展望」(12月1日号)の見出しにふと目が止まり、読んでみた。元日本経済新聞社論説主幹で作家の水木楊氏が調査会主催の特別講演会で話した内容が再録されている。「新聞はもっと自己主張を現代日本の病とジャーナリズムに思う」というタイトルだった。

 これを読んでいるうちに10日ほど前、日本記者クラブで行われたメキシコ大使館主催の催しで観たメキシコ映画「価値のある男」(イスマエル・ロドリゲス監督)を思い出した。1962年につくられたこの作品はアカデミー賞とゴールデングローブ賞の外国語映画賞にノミネートされたという。主演は三船敏郎だ。「用心棒」(1961年)と「椿三十郎」(1962年)が撮られた間を縫って制作されたらしい。

 三船の役は、飲んだくれで定職も持たない子だくさんの父親役だ。小さな息子が病気になっても医者に診てもらう金もなく死なせてしまうというだらしない男なのに、愛人までいるという。妻は決して見捨てようとしないが、家族からみるとどうしようもない人物だ。小学生くらいかと思われる息子をささいなことで殴りつける場面も出てくる。鼻血を出しながらも涙も流さず耐えている子役をみていたら、ジーンと来てしまった。昔、自分の身の周りにはこんな親父も子どももたくさんいたなあ、と子どものころを思い出して…。

 さて、水木氏の講演記事からなぜ、この映画が思い浮かんだのか。「今の日本は異端者に対する度量を失いつつある社会ではないか」と氏が言っていたからだ。水木氏は、昭和30年に権謀術策をもちいて保守合同を成功させた政治家、三木武吉と、「電力の鬼」と言われた財界人、松永安左エ門のエピソードを紹介している。

 「あそこに座っている三木という男には妾が3人もいる」。公開討論会で政敵に批判された三木がすっくと立って答えた。「あそこに座っている人は天下の大うそつきである。なぜなら私には妾が3人ではなく4人いる」。松永の方はもっとスケールが大きい。「あなたのお妾さんは小田原(松永の自宅がある地)から東京に来るまでの駅の数だけいるんじゃないですか」。水木氏の先輩記者に聞かれて答えたそうだ。「そんなにいねーよ。急行の止まる駅ぐらいだよ」

 水木氏はこうした昔話を紹介して今の日本の状況を次のように断じている。

 「今の日本、つまらないことをクチャクチャたたき合って、重箱の隅をほじくるようなことをやりながら異端を排除しているのではないか。異端を許容する度量を失っているのではないか。これは実はマスコミの責任が非常にある」

 自分がこれまでしてきたことを棚に上げて思った。「同感!」と。氏が最も強調していたことは、これからの日本が最も必要とするのは「多様性」ということだった。

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