レビュー

編集だよりー 2009年8月14日編集だより

2009.08.14

小岩井忠道

 旧盆で郷里に帰ると行動形態も気持ちの持ちようも急に変わるから、不思議だ。あれもしなければ、これもしなければといった脅迫観念のようなものが、どうでもよくなってしまう。そんな気分、とでも言えるだろうか。

 仕事を片付けるのに手間取ったが、とにかく13日中に上野発特急に乗り故郷に着く。翌14日朝食の後、午前中、風が抜ける木造家屋の布団に寝転がって、たまたま本棚にあった古い本を読んで過ごす。著者は海外協力隊で夫と知り合った東京出身の元小学教師。教師をやめ、牧場労働者になった夫について沖縄の石垣島に移住、都会とはまるで異なる生活を、という人だ。新婚旅行を沖縄の無人島にした話が傑作で、首尾よく落とし穴にかかったイノシシを2人で(実際には夫がほとんど)解体してしまうくだりに仰天する。一部は一応の保存処理はしたものの、頭部を含め残りもそのまま持ち帰ったというからすごい。和歌山県勝浦(夫の出身地)あたりの人には狩猟民族の血が色濃く引き継がれているのだろうか。

 夕方、出身高校の体育館に出向き、合宿中の運動部後輩たちを激励する。毎年、この時期に合宿が組まれており、わずかのカンパを携えて顔を出すことにしている。昔は、娘や孫たちを連れて行ったこともあったが、「子も孫も 付いてはこない いつまでも」である。部の創立80年記念誌刊行でも獅子奮迅の活躍をした地元の後輩が、2、3年前からありがたい慣行を考え出してくれた。先輩の合宿激励日を事前に決め、その日に出かけると労せずして地元の先輩、元顧問の先生方と体育館で顔を合わすことができる、というわけだ。

 「汗みどろになってボールを追いかけるなんてことができるのも人生のわずかな時だけ」。そんな説教をそれぞれ垂れて、後は街の居酒屋へ移動となるわけだ。練習を続ける選手と現役の顧問を残して…。

 この日は、いつも気配り満点の後輩が、特等席を用意してくれた。日本中を襲った豪雨のため、花火大会が1週ずれこんだのである。会場の千波湖を見下ろすビルの店で、グラスを傾け、時々花火も見ながら皆で四方山話に花を咲かせた次第だ。

 この花火大会にはささやかながら貢献もしている。数少ないボランティア活動の一つとして水戸(ふるさと)大使というのを加藤水戸市長から委嘱されており、その水戸大使の会から花火大会に寄付をしているのだ。水戸大使の会が集める年会費(確か年1万円)を納めるている大使はせいぜい100人程度だろうから、その懐具合から推測すると提供した打ち上げ花火も1、2発くらいだろう。

 あまり自慢になりそうもなかったので、この話は宴会の席で披露しなかった。

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