レビュー

編集だよりー 2009年8月7日編集だより

2009.08.07

小岩井忠道

 内外の関心を集める大強度陽子加速器「J-PARC」を運用するJ-PARCセンターの広報委員会で東海村に出かけた。

 委員は独立行政法人や国立大学法人で広報活動に従事しているか地元自治体の人がほとんどだ。J-PARCセンターは、日本原子力研究開発機構と高エネルギー加速器研究機構の共同運営機関だが、やはり新しい組織のハンデだろうか。広報業務に割ける人員は限られているようだ。委員の多くはとうにお見通しらしい。この人手でJ-PARCの広報担当者たちはよくやっている、と思っていることが、何回か委員会に出るうちに分かって来る。

 とは言うものの編集者のように立場、バックグランドがいささか異なる人間としては、「広報担当者はよく頑張っている」と褒めるのも能がない。少しは役に立つようなことも、と今回も注文を付けてきた。前から気になっているのだが、素粒子物理のような話になると学問的な話をいかに分かりやすく説明するかに気が行き過ぎていやしないだろうか。しかし、いくら分かりやすく説明したところで素人には所せん別世界の話である。

 頭の柔らかい子どもたちに分かりやすく素粒子の世界を説明するのも大事だが、同時に大人も子どもも現実的、実体的に理解できる話も必要ではないか。例えば、素粒子物理の世界で米国や欧州がどのようにして主導権を握ろうとしているのか。欧米が巨額な費用をやりくりして建設し、あるいは建設しようとしている巨大加速器と比べて、J-PARCがどのような位置を占め、どんな優れた機能を持つのか。そんな比較話も交えないと、この巨大な研究施設に対する国民の理解は限られたものにしかならないのではないか。

 偉そうなことを一くさりぶって、何番手かの投手の心境になる。本日の“責任登板回数”はなんとかクリア、と。

 独立行政法人の研究開発機関は広報担当者同士の横のつながりが深く、日ごろよく顔を合わしている間柄ということだろうか。限られた時間で、実際にはなかなか内容のある議論がこの日も交わされた。表面的な議論に終わらないのは特に気持ちがいい。広報担当者の育成をどうするかといった課題にも話題は広がる。この辺になると、気楽に意見は述べにくい。会議終了後、東海駅までセンター職員にワゴン車で送ってもらう途中で、農林水産関係の研究機関の広報は弱いのではないか、という感想を言ってみた。それほど確たる根拠があるわけではないが、毎日、主な公的研究開発機関、大学などのプレスリリースをチェックしている経験に基づいての実感ではある。記事にしたいと思われるプレスリリースが明らかに少なく、時々出るのも何か素っ気ないという印象が強い。「何とか大きな記事にしてほしい」。そんな気持ちが伝わってこないプレスリリースが多い、ということだ。

 「その通り。○○あたりは一応、及第点を付けられるが、後は明らかに見劣りする」。そんな意味の言葉がすぐ返ってきた。文部科学省傘下の有力研究機関の広報担当者である。すると隣からすぐに「××大学も一番広報が弱いのは農学部」という相づち。学部は異なるが当の××大学で広報業務にかかわっている人だ。

 調子に乗って、また一くさり、ぶってしまった。

 農林水産関係の研究機関が広報意欲に乏しいことは、役所との関係で説明ができないことはない。農林水産省を担当する記者は、経済部関係が大半。経済記者、特に農林水産行政を追う経済記者が研究ものを一生懸命フォローするということは考えにくい。農林水産省の広報担当者にも傘下の研究・試験機関の成果を広く知らせようという意欲は同様にわかないという状態がずっと続いているのではないか。例えば品種改良で気象条件や環境変化に強くてうまいコメの新品種が開発されたとしても、喜びも中くらい、ではないだろうか。一方で減反政策がとられているのだから。

 そんな業界の舞台裏などにかかわることまで講釈した後で、すぐに反省した。記者として歩き回っていた時代と違い、つくばに多くの公的研究機関が集まってから久しい。「新聞やテレビが研究成果をさっぱり伝えてくれないのは監督官庁と官庁詰め記者のせい」。つくばに移った農林水産関係の研究機関がそんな言い訳をしたら、各報道機関のつくば支局記者に笑いものにされるだけだろう、と。その上、名だたる大学でも農学部関係の広報意欲が見劣りするというのでは…。

 別の理由を考えないと説明はつかない、ということだろうか。

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