日経新聞朝刊の文化欄にバイオリン奏者の熊澤洋子さんという方が書かれた「東欧民謡『ロマ』に導かれ」という記事が載っていた。
共同通信の記者ハンドブックには「ジプシー」という語は使わないと書いてある。「ロマ」ないし「ロマ民族」と表記する、ただし「ジプシー音楽」は使ってよい、と。熊澤さんの記事もロマで統一されていた。
この記事を読んで「ツィゴイネルワイゼン」が、まさに「ロマの歌」という意味だと初めて知る。この曲は、中学生の時、レコードで何度か聴かされたのを思い出す。音楽室の壁には、バッハ、ヘンデルから始まる大音楽家の肖像画が並んでいたが、パガニーニの顔はなかった。「ツィゴイネルワイゼン」以外にもいろいろなクラシック音楽を小さな蓄音機で聴かせてくれた音楽の先生は、校長、教頭に次いで3番目に偉いといわれていた。「○○先生は、戦争直後、チンドン屋でクラリネットを吹いていたことも」。手広く米穀業を営んでいた大叔母に聞かされ、少々驚いたことを覚えている。
ロマと聞くとすぐ思い出すのが、「滅びのチター師」(軍司貞則著、文藝春秋、1982年)だ。映画「第3の男」のテーマの作曲者であり、チター演奏家でもあるアントン・カラスの一生を追った感動的なノンフィクションである。ある年齢以上の日本人ならアントン・カラスと言えばチター、仮にカラスの名前は思い浮かばなくてもあのメロディを知らない人はまずいないだろう。
「滅びのチター師」では、そのカラスが地元、ウイーンの人々には全く忘れられた人物であることに興味を持った著者が、その理由を追い求める。カラスの足跡を追って著者がたどり着いた事実とは。カラスの出自がロマで、それがオーストリア人に無視されている大きな理由では、というものだった。
熊澤洋子さんの記事によると、ロマ音楽のルーツは東欧の民謡ということだ。多くの日本人にもっともしっくりくる外国音楽は何か。ロシア民謡、フォスターの歌曲などと並び、ジプシー音楽も上位に来るのではないだろうか。熊澤さんの記事を読んでふと思った。
「滅びのチター師」が出た直後だと思うが、軍司氏が文藝春秋だったかに書いた記事も思い出す。この作品の映画化権を有名な監督(確か「戦場にかける橋」や「アラビアのロレンス」のデヴィッド・リーン)が買った、と書いてあった。そのころは、それが即、映画化を意味するものとばかり思っていたので、楽しみにしていたが、これは実現しなかった。