レビュー

編集だよりー 2009年3月12日編集だより

2009.03.12

小岩井忠道

 旧知の元全国紙科学記者、官僚OBと白金の有名なそば店で久しぶりに一杯やった。

 「この間はショックだった。乗った電車一両の中で新聞を読んでいる人間が1人もいないのよ」。元記者が驚いたように言うのがおかしくて、すぐさま応じた。「いやあ、おれは先日、隣に座った女性が新聞を広げて読み出したので、感心した」。電車の中で近くの女性、それもすぐ隣の女性が新聞に見入っている。そんな好ましい姿に出くわしたのは何年ぶりだろうか。思い出せないくらい久しぶりの経験だった。

 2人の受け止め方がまるで違ったのは、出勤時間帯の違いのせいかも、とあとで気付く。大体が活字メディアの人間は、朝はゆっくりだ。その上、先方は相当な地位にあるから、編集者のようにラッシュの前に早々と職場に到着、というはずはない。ラッシュが終わった後でゆっくりと出社するような人々には、まだ電車内で新聞を読むような人が相当いる。ただし、その日は、何かの事情で、ぼんやりしているか携帯をのぞき込んでいる人たちばかりだった、ということなのではないか、と。

 「ちょっと前までは、通勤時に社内で新聞、とりわけ日経新聞を読んでいる人が大勢いたもんだけどね」。3人で苦笑いした。

 日本原子力研究開発機構の広報企画委員会で顔を合わせたミステリー作家の高嶋哲夫氏が言っていたのを思い出す。「○○新聞社から、新聞のあり方について意見を求められた」というのだ。新聞離れの危機に対し、編集、経営に抜本的な改革の必要を感じる新聞経営者が有識者たちの意見を集めているということらしい。

 映画「幸福の黄色いハンカチ」(山田洋次監督、高倉健主演、1977年)の原作者としても知られる米国の作家兼ジャーナリスト、ピート・ハミルが、どこかで書いていたのを思い出す。ニューヨークの子どもたちが荒れだしたのと、低所得層までテレビが普及したのと相関関係がある、と。子どもたちが家でテレビばかり見るようになってから、子どもたちの非行も増えたというのだ。しかし、そう簡単に原因を一つに決めつけてしまえるものだろうか。当時は疑わしく思ったものだが、どうもそうでもないらしい、と最近、考えるようになった。幼児期に長時間テレビやビデオを見せるのはよくない、というのが、米国だけでなく日本の小児科医の常識になっていると知ったからだ。

 小児科学会の警告にもかかわらず、乳幼児期からテレビの前に置きっぱなしにされる子どもたちは減っていないらしい。活字からイメージを膨らませるという習慣を身につける前に映像の伝達力に慣れてしまう。この影響の大きさを想像して、慄(りつ)然とするのは、小児科医以外では、活字主体のメディア業界で生きてきたような一部の人間だけなのだろうか。

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